第8章 深入り(Ⅰ)
「ちっ、情けねえぜ……んだよ、その顔。死んだ人に会いに来た、ってかぁ?」
ジャックは、見るも痛々しい姿になっていた。ギプスをつけて、腕を自由に使うことができていない。
「安心してるんだよ」
と、吉光里利は返す。……目の前で血まみれになったら、そりゃあ心配もするか。友くんのことを自然に思い出してします。
「あー……具合はどうなの?」
「へっ、ちょっと入院が必要なくらい、どうってことはねえ。だが……これからどうするかだな」
「どうする。ジャックが抜けたら、戦力が大幅に落ちる……なんとかなったが、紗那とのコンビネーションでは、限界がある」
「そうだね……大きさは無制限ってわけじゃないから。あんまり大きなのは作れないし……重いのも無理。ルートさんも、見えない物体で攻撃するのは……なかなか難しいって」
「ちっ……このギブズくらい、なくても余裕なんだけどな」
「……そうなの?」
「駄目だ。安静にしてろ……あの傷で何が余裕だ。下手すれば死んでいたレベルだぞ」
「傷はふさがってんだろ? だったら大丈夫だ。痛いのくらい、どうにでもなる」
「病人はおとなしくしてろ。下手に動いて傷口が開いたらどうする……元も子もない」
「……この状況で、さすがに俺も呑気に考えているわけにはいかねえよ」
ジャックは言う。
「リリが化け物に近づいて。触れて。そして化け物が消えて、ハッピーエンド……そうはならねえんだよ。化け物は近づいてくるものを襲う習性……ってのがあるんじゃねえかって思う。だから、近くになればなるほど、化け物との激しさは激しさを増す――簡単に近づけやしねえってことだ」
「そうか……」
……ジャックも、ちゃんと考えているのだ。トートロと最前線で戦っていて何の感情も抱いていない、なんてことはないだろうから。
「……ごめんなさい」
ジャックの言葉を受けて、吉光里利は謝罪の言葉を口にする。
「あ? なんでリリが謝ってんだ?」
「だって、私が言いだしたことじゃん。私が言いだして、それでジャックが傷ついたんでしょ? ……謝っても、謝り切れないよ」
「はあ? んなもん、あの展望台で全部清算したろ」
「……え?」
「衝撃だったぜ。……まさか、化け物を殺してくださいとは言われても、殺させてくださいなんて聞いたことがなかったからな……約束は、ちゃんと守れよ。俺はお前に、化け物を殺させてやりたいと、思えるようになった」
約束。何があったのだろうか。展望台で……まあ、おそらく青春っぽいことをしたのだろう。
「……ジャック」
「……分かった。ちゃんと、倒し切る。いや――殺し切る」
「だがリリ。どうするんだ? これから」
「……どうするもこうするも、今ある戦力でなんとかするしかないですよ。ジャックは、申し訳ないけれどもう手札として使えません……」
「おおー。手札って言い方かっこいい」
「このままで行きましょう。化け物との戦いは、接近するほど危険です――臨機応変に、やっていきましょう」
「リーダーだね! さっすが!」
「……そうだね」
吉光里利が、リーダー……はじめは自業自得だと思っていたが、やはりこのメンバーをまとめるならば、彼女しかいないのだろう。
「はい! リーダーに質問!」
「……何、紗那」
「作戦とか、立てられないのかな。私の幻像創造とルートの拡張生命で、檻みたいなのを作れるんじゃないかって思ったの。これで、化け物をなんとか足止め、できないかな?」
「なるほど……ちょっとよく、考えてみる」
……私はその作戦を聞きながら、友くんのことをまた思い出していた。作戦の立案、その想像……トートロを、思い出さずにはいられない。
「……大丈夫? カノンちゃん」
自分の姿を見てみれば――かなめちゃんは、震えていた。がたがたと――友くんが死んだときと、同じように。
「こ……怖く、ない、の……?」
震えた声で、かなめちゃんは囁くように言う。いや、かすれた声だ。あの木の恐怖が、戻ってきている。
……こればっかりは、私でもどうしようもない。かなめちゃんの精神状態を直すことができるのは――私以外の役目だ。
「大丈夫。なんとかしてみせる。説得力なんてないのは分かってるけど……それでも、やってみせるよ。化け物を、殺してみせる。だから、任せて」
「……たたかう」
かなめちゃんは、言う。
「……え?」
「わたしも……戦う。ジャックおにいちゃんの代わりに……戦う」
「それは……」
「戦う!」
かなめちゃんは、震える身体をぎゅっと――骨が折れるんじゃないか、肉がそげるんじゃないかと言うくらいの強さで、抱きしめる。体を、力いっぱい――絞める。震えが、収まるように。
「……命を、そう簡単に投げ捨てちゃいけないよ、カノンちゃん」
サニーは膝立ちになり、かなめちゃんと目を合わせる。両手を肩に乗せて。
「ジャックの代わりなら、私が務める。だから――カノンちゃんには、カノンちゃんにしかできないことをやって」
かなめちゃんにしかできないこと。
情景移植。
……トートロに対して、何ができるというのだろうか。
「でも、それじゃあ……お兄ちゃんは……!」
「レンドくんのためにも、だよ。レンドくんも、カノンちゃんに生きてほしいと、思っているはずだよ」
……その言葉に、私は、反吐が出るほど嫌気がさした。
死者が、生きている人間に、生きろと思っている? だから――自殺をやめろって?
ふざけるな。
私が、どんな思いで死んだと思っているんだ。死ぬしかない恐怖を、死ぬかどうかという迷いを。半端な気持ちで克服できたなんて――そんなわけ、ないだろう。
それを、あろうことか、死者に引き留めさせるだなんて――ふざけるな。死者を、便利に使うな。そのくらい、分かってるんだ……天国にいる両親に、申し訳ないと、もう思っているんだ。
それでも、自殺したい。
それが、どれほどの渇望か……!
「お兄ちゃん、が……?」
「カノンちゃんの命は、カノンちゃん一人のものじゃない……私たちみんな、カノンちゃんの命が大事なんだよ」
命が、大事。かなめちゃんの。
でも、だから――私の命なんて、どうでもいい。そう。それが当たり前だ。でも――でもでも、それでも。トートロがいつまでたっても殺されないこの現状を――静観するだなんて――ふざけるな。
私が――今、この状況に対して、安全な位置から見ているとでも、思っているのか――いや、思うことなんてできやしないけれど。
私は――戦いたい。
かなめちゃんの肉体をすべて乗っ取って、私のこれまでの人生の知識を詰め込んで、吉光里利に思うがままの行動をさせて、トートロを殺させて、ついでに私が死んでやろう。
だから――イキテイレバイイコトガアルだなんて、無責任なことを絶対に口にするな。それを自殺志願者に言うんじゃねえ……てめえもろとも殺してやろうという気になってしまうから……!
「……でも、生きてても……生きてたって、だって……」
私は、耐えられなくなった――吉光里利の、この能天気な考え方に、嫌気がさした。だから――衝動的に、だった。
衝動的に、かなめちゃんの口を動かしてしまった。
「そんなこと言わない!」
吉光里利は、私を叱咤する。
「もう誰も殺させない。もう誰も傷つけさせない! みんな守る。みんな助ける! 化け物を殺して、ハッピーエンドを迎える!」
……できるわけ、ないだろう。
私の話は、バッドエンドで終わる。
自殺と言う名の、バッドエンドで。




