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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第3部 別れる時に出会う時
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第8章 深入り(Ⅰ)

「ちっ、情けねえぜ……んだよ、その顔。死んだ人に会いに来た、ってかぁ?」


 ジャックは、見るも痛々しい姿になっていた。ギプスをつけて、腕を自由に使うことができていない。


「安心してるんだよ」


 と、吉光里利は返す。……目の前で血まみれになったら、そりゃあ心配もするか。友くんのことを自然に思い出してします。


「あー……具合はどうなの?」


「へっ、ちょっと入院が必要なくらい、どうってことはねえ。だが……これからどうするかだな」


「どうする。ジャックが抜けたら、戦力が大幅に落ちる……なんとかなったが、紗那とのコンビネーションでは、限界がある」


「そうだね……大きさは無制限ってわけじゃないから。あんまり大きなのは作れないし……重いのも無理。ルートさんも、見えない物体で攻撃するのは……なかなか難しいって」


「ちっ……このギブズくらい、なくても余裕なんだけどな」


「……そうなの?」


「駄目だ。安静にしてろ……あの傷で何が余裕だ。下手すれば死んでいたレベルだぞ」


「傷はふさがってんだろ? だったら大丈夫だ。痛いのくらい、どうにでもなる」


「病人はおとなしくしてろ。下手に動いて傷口が開いたらどうする……元も子もない」


「……この状況で、さすがに俺も呑気に考えているわけにはいかねえよ」


 ジャックは言う。


「リリが化け物に近づいて。触れて。そして化け物が消えて、ハッピーエンド……そうはならねえんだよ。化け物は近づいてくるものを襲う習性……ってのがあるんじゃねえかって思う。だから、近くになればなるほど、化け物との激しさは激しさを増す――簡単に近づけやしねえってことだ」


「そうか……」


 ……ジャックも、ちゃんと考えているのだ。トートロと最前線で戦っていて何の感情も抱いていない、なんてことはないだろうから。


「……ごめんなさい」


 ジャックの言葉を受けて、吉光里利は謝罪の言葉を口にする。


「あ? なんでリリが謝ってんだ?」


「だって、私が言いだしたことじゃん。私が言いだして、それでジャックが傷ついたんでしょ? ……謝っても、謝り切れないよ」


「はあ? んなもん、あの展望台で全部清算したろ」


「……え?」


「衝撃だったぜ。……まさか、化け物を殺してくださいとは言われても、殺させてくださいなんて聞いたことがなかったからな……約束は、ちゃんと守れよ。俺はお前に、化け物を殺させてやりたいと、思えるようになった」


 約束。何があったのだろうか。展望台で……まあ、おそらく青春っぽいことをしたのだろう。


「……ジャック」


「……分かった。ちゃんと、倒し切る。いや――殺し切る」


「だがリリ。どうするんだ? これから」


「……どうするもこうするも、今ある戦力でなんとかするしかないですよ。ジャックは、申し訳ないけれどもう手札として使えません……」


「おおー。手札って言い方かっこいい」


「このままで行きましょう。化け物との戦いは、接近するほど危険です――臨機応変に、やっていきましょう」


「リーダーだね! さっすが!」


「……そうだね」


 吉光里利が、リーダー……はじめは自業自得だと思っていたが、やはりこのメンバーをまとめるならば、彼女しかいないのだろう。


「はい! リーダーに質問!」


「……何、紗那」


「作戦とか、立てられないのかな。私の幻像創造とルートの拡張生命で、檻みたいなのを作れるんじゃないかって思ったの。これで、化け物をなんとか足止め、できないかな?」


「なるほど……ちょっとよく、考えてみる」


 ……私はその作戦を聞きながら、友くんのことをまた思い出していた。作戦の立案、その想像……トートロを、思い出さずにはいられない。


「……大丈夫? カノンちゃん」


 自分の姿を見てみれば――かなめちゃんは、震えていた。がたがたと――友くんが死んだときと、同じように。


「こ……怖く、ない、の……?」


 震えた声で、かなめちゃんは囁くように言う。いや、かすれた声だ。あの木の恐怖が、戻ってきている。


 ……こればっかりは、私でもどうしようもない。かなめちゃんの精神状態を直すことができるのは――私以外の役目だ。


「大丈夫。なんとかしてみせる。説得力なんてないのは分かってるけど……それでも、やってみせるよ。化け物を、殺してみせる。だから、任せて」


「……たたかう」


 かなめちゃんは、言う。


「……え?」


「わたしも……戦う。ジャックおにいちゃんの代わりに……戦う」


「それは……」


「戦う!」


 かなめちゃんは、震える身体をぎゅっと――骨が折れるんじゃないか、肉がそげるんじゃないかと言うくらいの強さで、抱きしめる。体を、力いっぱい――絞める。震えが、収まるように。


「……命を、そう簡単に投げ捨てちゃいけないよ、カノンちゃん」


 サニーは膝立ちになり、かなめちゃんと目を合わせる。両手を肩に乗せて。


「ジャックの代わりなら、私が務める。だから――カノンちゃんには、カノンちゃんにしかできないことをやって」


 かなめちゃんにしかできないこと。

 情景移植(プラントビジョン)


 ……トートロに対して、何ができるというのだろうか。


「でも、それじゃあ……お兄ちゃんは……!」


「レンドくんのためにも、だよ。レンドくんも、カノンちゃんに生きてほしいと、思っているはずだよ」


 ……その言葉に、私は、反吐が出るほど嫌気がさした。


 死者が、生きている人間に、生きろと思っている? だから――自殺をやめろって?


 ふざけるな。


 私が、どんな思いで死んだと思っているんだ。死ぬしかない恐怖を、死ぬかどうかという迷いを。半端な気持ちで克服できたなんて――そんなわけ、ないだろう。


 それを、あろうことか、死者に引き留めさせるだなんて――ふざけるな。死者を、便利に使うな。そのくらい、分かってるんだ……天国にいる両親に、申し訳ないと、もう思っているんだ。


 それでも、自殺したい。


 それが、どれほどの渇望か……!


「お兄ちゃん、が……?」


「カノンちゃんの命は、カノンちゃん一人のものじゃない……私たちみんな、カノンちゃんの命が大事なんだよ」


 命が、大事。かなめちゃんの。


 でも、だから――私の命なんて、どうでもいい。そう。それが当たり前だ。でも――でもでも、それでも。トートロがいつまでたっても殺されないこの現状を――静観するだなんて――ふざけるな。


 私が――今、この状況に対して、安全な位置から見ているとでも、思っているのか――いや、思うことなんてできやしないけれど。


 私は――戦いたい。


 かなめちゃんの肉体をすべて乗っ取って、私のこれまでの人生の知識を詰め込んで、吉光里利に思うがままの行動をさせて、トートロを殺させて、ついでに私が死んでやろう。


 だから――イキテイレバイイコトガアルだなんて、無責任なことを絶対に口にするな。それを自殺志願者に言うんじゃねえ……てめえもろとも殺してやろうという気になってしまうから……!


「……でも、生きてても……生きてたって、だって……」


 私は、耐えられなくなった――吉光里利の、この能天気な考え方に、嫌気がさした。だから――衝動的に、だった。


 衝動的に、かなめちゃんの口を動かしてしまった。


「そんなこと言わない!」


 吉光里利は、私を叱咤する。


「もう誰も殺させない。もう誰も傷つけさせない! みんな守る。みんな助ける! 化け物を殺して、ハッピーエンドを迎える!」


 ……できるわけ、ないだろう。


 私の話は、バッドエンドで終わる。

 自殺と言う名の、バッドエンドで。

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