第7章 役割(Ⅲ)
今日も一人で、部屋に居る。
……のんびりした時間だ。
こんな一人の時間を過ごすことが、かなめちゃんは最近多くなった。いや、施設のときは友くんがいたけれど……いや、むしろ友くん以外に話す友達もいなかったというのが本当のことだろう。
……しかし、のんびりしているからと言って何も起きていないわけではない。
あぜなみ……とか、そんな名前の中学校で、化け物が出たらしい。
その情報が入ったあと、ルートとジャックは事務所を飛び出していった。かなめちゃんに関しては、危険だから来ないほうがいいということだった。
……ひょっとしてこの戦いが、吉光里利による最終決戦となるかもしれない。その可能性もあるけれど……どうだろうか。あれからまともな対策は立てられていない。
でもまあ、非戦闘要員として、当然のことか。
これで吉光里利が、トートロを助けてくれれば万事解決なわけだが……そう、もうトラブルなんか起きていないのだから。
あとは倒してくれるだけで万々歳だ。
だから……私は、私で、トートロの殺し方を吟味するだけだった。
ちなみに今、かなめちゃんは本を読んでいる。こっちに来てからも、そればっかりだ。施設にいたときよりも面白い本を読んでいる。
……化け物、とみんなが言っている存在。私はトートロと呼んでいるけれど……結局アレは、一言で言い表すところの、個性の器と言うことができる。
誰もみんな持っているという、個性、その器。
では、トートロは誰の器なのかと言えば――それは、吉光里利のものなのだ。
吉光里利は、個性の器を失っている。
だから、何の個性も入らない。個性がないから、何にも興味は湧かない。何かをしようと思わない。だから受け身でしかいられない。嫌なことがあったら逃げるしかない。信条も何もなく、ただなすがままにしかならない。
それに引き換え、トートロは――なくなってしまった個性を、誰かが失った個性を取り込んで――顕現する。なくしてしまった個性。
それを取り込んで――吉光里利に分けてあげよう。
それが、トートロの行動原理なのだ。
吉光里利に個性を与えるための、ただの装置――ただ、吉光里利に見間違えて、個性の確立していない人を襲ってしまうのは、考えものなのだけれど。
……事実、トートロによる被害は、若年層に偏っている。大人もいるけれど、いずれも個性を失っている――もしくは、見失っている人間だ。
見失っている個性の、その隙間に入り込んでくる――入り込もうとして、その人を傷つける。
……私みたいに、トートロの中に入った人は、少ないだろうけれど。
個性の器に、自ら入った――ならば、私は個性によって、守られたかったということだろうか。個性の殻の中で、静かに眠りたかったなのだろうか。だとしたら、この状況は非常に似合っている。
……なんてものか。ふざけるな。
あくまでも、これは想定外……私が今こうして生きているのは、ただの番外編だ。本編で、私は死んでいるのだ。だから――早く、本編に戻らなきゃいけない。
そのために――吉光里利に、化け物を殺さなければいけない。
吉光里利が、個性を捨てたから――いや、個性どころか、その器さえ捨ててしまったことが、すべての原因なのだから。
私たちは――吉光里利の、尻拭いをしているのだ。
「失礼します。カノンさん」
扉をノックする音が聞こえる。これは……ええと、利光さんだ。彼はトートロに襲われたわけではないので、特殊能力も何も持っていないけれど……なにかあったのだろうか。
かなめちゃんは本を閉じて、扉を開ける。入ってどうぞと声をかければいいものを、かなめちゃんは一向に喋らない。人見知りなのだろうか。……ううん。それは少し違うとは思うけれどなぁ。
黒い背広の威圧感に一瞬、びくん、とした後、かなめちゃんは利光さんの顔を見る。
「…………」
「……現在、畦波中学校に現れた化け物が、倒されたという報告が入りました」
ん、戦いは終わったようだ……かなめちゃんは少し、息を漏らす。しかし、利光さんの目から察するに、トートロを殺し切ったわけではなさそうだ。
「……しかし、ジャックが、左腕を負傷しました」
「……っ!」
かなめちゃんは一歩、のけぞる。
私も、目を見開く。――見開く目なんて、もうないけれど。
嘘だろ……どう、するんだよ。
ジャックは何よりも大事なパーツだ。トートロに近づいて、生きていられる可能性は低い――さすがに、吉光里利を殺そうだなんて、思わない――だからこそ、ジャックと連携しながら、戦っていくしかないのに。ジャックが道を作り、吉光里利がトートロを殺す。
それが、唯一の道だったのに。
……どうして、こんなことになったのだろう。
「……今、病院に向かっているそうです。……カノンさんも、ご一緒ください」
かなめちゃんは、ぼんやりと頷いて、利光さんの後を追う。
……くっそう。これは……あまりにも、運が悪すぎる。せっかく全員で、トートロを倒そうという機運が湧いてきたというのに……ここでの欠員は、相当痛い。
私は、また、イライラを募らせるのであった。




