第7章 役割(Ⅱ)
吉光里利を事務所につれていき、かなめちゃんのベッドで寝かせる。病院に行ったほうがいいという意見は、呼吸をしていること、かなめちゃんの情景移植による診断で、意識が眠っている時と同じということ、ルートの拡張生命で血管の様子を調べたとき、内出血は見当たらないということだった。どれだけ信用できたか分からないが、どちらにせよ意識が戻ったときには病院に行かなくてはいけない……いや、まあそのあたりはルートのやっていることなので、私には何もできないのだけれど。
しかし、かなめちゃんの能力が、まさかこんなところで役に立つとは……死んでいるか、死んでいないかという判定もできるのか、と驚いたところだ。私が考えている以上に、かなめちゃんの能力には使いどころがあったのだ。後方支援も、ばかにできない。
かなめちゃんも、疲れて眠ってしまい――吉光里利と同じベッドで眠るというのは、なかなかに奇妙な感覚がしたけれど――いや、まあこれは私の感覚なので、かなめちゃんがどう思っているかは関係ない。
かなめちゃんはどうやらそのまま眠ってしまったようだ。私は眠る必要がないというか、眠ることができないので、かなめちゃんが眠っている間、ずっとぼうっとしていた。
吉光里利が起きた後、私は聞き耳を立てていた――どうやらサニーと話しているようだった。殴ったとか、殴られただとか……まあ、ずいぶんと青春なことをしているようだ。
友情、努力……そして、勝利を収めるのだろうか。
青春と言ったら、それが定番だろう。
「…………っ、はぁー、っ……く」
吉光里利の、息が荒くなる。化け物の倒し方、という話をして――友くんのことを思い出してしまったのだろうか。
「……さとり、落ち着いて。大丈夫?」
しかし、吉光里利はこんな奴だっただろうか……もっと、落ち着いた人物ではなかっただろうか。何事にも、動じないような――いや、違う。もとから、こんな奴だったのか。友くんの死で、それが表に出たというだけで……。
「あ……うん。大丈夫。ちょっと……レンド君のことを思い出して」
レンド君……友くん。
友くんを殺してしまったのは――私だ。
直接的に殺していないからと言って……私に罪が、ないわけじゃないだろう。
サニーは無言で、ベッドに腰を掛けた里利に何かを差し出す……いや、見えないから想像でしか語れないんだけど。
「……さとりの話は信じてるけどさ」
と、サニーは言った。
「やっぱり、さとりが危険にさらされるのは、怖いよ」
怖い――やはり、積極的賛成と言うわけではないのだろう。吉光里利を心配する、友達であるというだけある。だからこそ……全面的に、賛成するわけにはいけないのだろう。
「…………」
「仕方ないって、頭では分かってるんだけど……ごめん」
「大丈夫だって……確かに怖いけど、でも……やらなきゃいけないことなんでしょ。やるよ。私は」
「うん……私も、全力でサポートする。さとりに、傷一つ負わせないから」
――傷。
風呂場でよく見る、足にバックリと開かれた傷跡。
「あは。ありがと」
吉光里利は、愛想笑いという調子で言う。
「それで、どんな作戦を立てるか、だったっけ」
「そう。サポートって言っても、何をするか……実は、まだ全然考えきれてないんだ。ごめん、さとり」
「……漫画だったら、どうなるの?」
「うーん……漫画だと、化け物のほうに人間の人格が入ってて、もう悪さしません、って約束するのがセオリーかな」
「化け物に人格って……」
「だよねえ。あの化け物に人格は入ってなさそうだし……」
「ほかには、他の漫画はどうなの?」
「うーん……私が読んでたのって、だいたい人対人だからなぁ。戦闘ものもそこまで読んでたわけじゃないし……そうだなぁ。なんかこう……地形的に化け物が苦手なところに誘いこんで、倒す。みたいな……」
「地形、かぁ……それが一番やりやすいかもしれないね」
「地形を作るんだったら、私の能力の出番じゃん!」
「ああ、そっか。そうだね……その時は使わせてね」
「もっちろん!」
その時、がちゃり、とまた扉が開く。誰か入ってきた。二人分の足音……おそらく、ジャックとルートだろう。
「お、元気そうじゃねえか、大丈夫か?」
「うん。大丈夫。あ、ルートさん。ありがとうございました」
「……何のことだ? 感謝されることをした覚えはないぞ?」
「え? あ、いや、私が気絶しちゃったときに、化け物を……」
「はっはっはっ。てめえらしくもねえ、照れ隠しか? いーんだぜ照れても、別になぁ?」
ジャックが茶化す。いや、そこは素直に受け取ろうよ、ルート。見栄を張る必要はないだろう。
「……あれ、カノンちゃんはどこにいるんですか?」
と、吉光里利がかなめちゃんのことを話題に出す。ここらで潮時か。私はだまって、かなめちゃんの肉体とのリンクを弱めた。
「カノンなら、そこにいるぞ」
「えっ」
これはサニーの声。
「うわぁっ!」
これは吉光里利の声。
「――っ!」
そしてこれが、かなめちゃんの体の硬直とともに発せられた、声にならない悲鳴。
「ぅ……え? ……えっ?」
寝起きで状況が呑み込めず、困惑している。
「あっはっはっは。さとりビビりすぎー。気付いてなかったのー?」
「ちょっと離れてるくらいじゃ分からないよ! ってか、なんで……って、ここカノンちゃんのベッドだったね。そうだった……」
「え……あの……その……ごめんなさい!」
かぶりを大げさに振って謝るかなめちゃん。身振りがこういうときオーバーになる。
「謝らなくていいぞーカノン。悪いのは全部リリだから」
「ぐ……そうだけど……ごめん、カノンちゃん。本当にごめん。驚きすぎた。さすがの私でも、これは驚きすぎた」
「……ごめんなさい」
かなめちゃんの謝った声と同時に、部屋の中は笑い声に包まれた。
ムードメーカー。かなめちゃんの役割もちゃんとあるということなのだろうか。
……そうしたら。
そうしたら――私の役割って、何なんだろう。




