第7章 役割(Ⅰ)
あのあと――というのは、吉光里利が神戸から失踪して、サニーが連れ戻してきて――ということのあと。私の心配はどうやら杞憂だったらしく、吉光里利はちゃんとした精神状態で戻ってきた。
ちゃんとした精神状態――まあ、心配していたことではあった。
吉光里利は大阪まで逃げていたらしい。だけれど、そんなものただの子供の遠足だ。どうせなら北海道とか、もっと遠くまで逃げる手段はあっただろうに。それを使わなかった当たり、まだ引き留めてほしいという思いもあったのだろう。
……そして、大阪でサニーが吉光里利を捕まえた後。ここからが肝心なのだが……吉光里利は、神戸には戻らず、神奈川へむかったのだという。トートロの出現位置が、さらに東に寄ってしまったが――そりゃ、そうかと思った。
だって、そこを解決しないことには、吉光里利は何もできないのだから。
彼女には、まず自分の過去と向き合う必要があったのだ――トートロと向き合う、その前に。
そうでなければ――過去に引きずられた状態では、新しい個性を獲得することはできない。それはすなわち、トートロを殺すことは、できないということ。
そして、神奈川で吉光里利は、自分の過去と向き合うことができたらしく。そしてそれを乗り越える覚悟もできたらしく。
だから、そう。
まあ、なんというか。
うまくいった――ということだ。
「…………」
私は――かなめちゃんは、車の中から、吉光里利をみつめる。ジャックの手に引かれて、トートロへ向かっている。
吉光里利が帰ってきた後も、実はひと悶着あった……まあ、ただのプライドとプライドのぶつかり合いというか、柔軟性のなさと言うか。少しでも利口ならば問題すら起きなかった問題なのだけれど。それでも男には、プライドと言うものがあるのだろうか。
これだから男は。
……なんて、死にたがりな私が言えたことじゃないけれど。
ジャックはこれまでの人生と、そして惚れた女を死地に立たせたくないという思いから。ルートは実は何の問題もなく、ただその組織の中で何やかんやあったみたいで、詳しいことは知るべきでないことだ。あと大人だし、その心配はきちんと、彼なりに解決したらしい。
まあでも、いたいけな少女を一人置いて、カップ麺暮らしをさせるなんてひどいけれど。
たまにジャックや、ええと……利光さんだっけ。そんな人がかなめちゃんの保護者になってくれることもあったりして、ずっと一人だったというわけではなかったのが救いと言うのだろうか。かなめちゃんの不憫さを放っておくわけにもいかないというか……まあ、つまり何が言いたいかと言うと、ルートはなかなかに冷たい。
もうちょっと幼女に優しくしてもいいんじゃないか?
……閑話休題。
というわけで、なんだかんだはあったものの、吉光里利にとって大事だった、化け物の殺し方と言うのは、この時点でもう全員が納得している。積極的納得とはいかないだろうけれど、一番反対していたジャックが賛成の立場になって――吉光里利の手を引いて――いるのだから、ようやく『プレイヤーズ』は一つにまとまったと言えるだろう。
そしてかなめちゃんはと言えば……特に、何も言わなかった。
心配はしていたけれど、賛成も反対も主張することはなく、周囲のみんなに合わせる形をとっているようだった。
発言力はない――というのは立場や権力の問題ではなく、かなめちゃん自身の性格のことで。そして立場的にも、かなめちゃんに発言力はないのだった。
だからこその――車内待機。
非戦闘派――だからこそ、何も言えない。戦う必要がないからこそ、戦えない人に発言権はない。
というのも、化け物の倒し方はたった一つ――吉光里利と化け物の、接触だからだ。
接触――と一言で言っても、それは非常に厳しい。
かなめちゃんたちのように、トートロと直接遭遇して、生きて帰ることのできた人は……実のところ、かなり少ない。生きている人しか見ていないから、そんな実感は湧きづらいけれど……。
トートロは、個性の器そのもの。それに個性が入ることによって、れっきとした化け物としてこの世界に視認される。人を襲う理由は、その個性が入るもとを探しているから――つまり、人間の中に、無理やり入ろうとしているのだ。だから――人を、襲う。
目撃情報が少ないのは、ただ単に死んでいるからだ。原因不明の、変死と言う形で――胸や腹を、ばっくりと引き裂かれて。
能力者として生き残るには、それからさらに運が必要なのだ――当たり所が、良かったという運が。
精神体だから、現実に攻撃しない――なんてことはあるわけもない。実際、かなめちゃんの両親は、化け物が出現したときの、家屋の倒壊によって亡くなっている。それも含めて、トートロの被害者は多い。
同時に、死者ともいえるけれど。
でも、だからこそ――
「…………!」
砲撃。
口をバックリと開けたトートロが、吉光里利を目がけて砲弾を発射した――あの、友くんを細切れにした砲弾だ。掠るくらいなら何ともないと思うけれど……当たれば即死。
かなめちゃんは、反射的に、その音に怯えた。
目をぎゅっと瞑り、そして恐る恐る開く。
吉光里利は――どこに行ったんだ? 先ほどまでいた場所には、もういない。どこだろう――その疑問を発した瞬間に、ルートとサニーが駆けだした。トートロをこれ以上、暴れさせるわけにはいかないという判断だろう。
果たして吉光里利は――道路よりも、一段下の場所にいたようだ。ジャックがそこを覗き込んでいる。
トートロが、サニーとルートのコンビ技によって倒される――それを確認した後、かなめちゃんはドアを開けて、ジャックのもとへ駆けつけた。
一段下――深いとも浅いとも言い切れない、一メートルほどの段差。人が気を失うには十分で、当たり所によっては死んでいるような深さだったけれど――吉光里利は、ただ気を失っているようだった。
出血は、していなかった。
ただの気絶で、良かった……。
かなめちゃんはほっとする。
吉光里利が死んでしまったら……本当に、私ができることは何もなくなるのだから。




