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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第一部 手を挙げる日まで
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第1章 神岸かずみ(Ⅰ)

 私の名前は神岸かずみ。人生に疲れ、人生に絶望したので自殺を図った。ビルの屋上から飛び降りて、無事に自殺を遂行することができた。話はそれで終わるはずだった。


 ただしそれは、肉体に限ればの話。


 私が死んだとき、下で何やら化け物のようなものが姿を現した。飛び降りる瞬間はいなかったのだが、地面に着く直前に現れた。落下中に現れたのだ。当然私に回避するすべはなく。私は化け物のあんぐりと開いた口の中に納まっていった。


 どういうわけか、魂はそのままあの化け物のようなものの中にとどまっていた。体のほうは、ばきばきに砕けてしまった――いや、これは体があの化け物をすり抜けたという話ではない。化け物の牙によって砕けてしまったのだ。私の体は飲み込まれることなく、吐き出された。


 魂のほうは、私が化け物と同化していることに気付いた一瞬ののちに意識を失った。


 そしてしばらく夢でないような夢を見るのだが――それはまあ、もう少し後に話そう。


 問題は今、この現状だ。


 私は自分に与えられたベッドに仰向けに寝転がっている。新しいとはお世辞にも言えない、くすんだ白い天井を見る。


 私は――生きている。

 自殺したはずなのに、こうして生きている。どうしてか生きている。手がある。足がある。体がちゃんとある――意識もちゃんとある。


 それが不思議でならなかった。

 どうして体があるのか――ではなく、どうして意識があるのか。


 意識なんて、ないはずだ。だって、私は死んだのだから。自分から、命を絶ったのだから――だから、私が物事を知覚できていることそのものがおかしいのだ。


 加えて――この肉体。

 この肉体を自在に操れることも、おかしい。

 私の意識のかけ具合によっては、この体を完全に支配下に置くことができる。


 持ち主は今、眠っている――そう。この肉体の持ち主は、私ではない。

 要するに、私は、別人の肉体に、精神だけが入り込んでいる――寄生しているような状態にある。

 二重人格の裏のほう、と言ってもいいだろう。


 一つの肉体を、二つの人格が支配する――もっとも、昼間この子が活動している間は、私はなりを潜めている――せめて彼女の自由にさせたい。


 二重人格と言っても、私は彼女を支配しようという気はまったくない。もちろん、そのことが可能であることは分かっている。でも、したくない。彼女のためというのは艇のいい理由で――本音は、私がもう生きていたくないからだ。


 私は、死んだはずなのに――まだ、こうして生きている。


 瞼を閉じる。暗闇が見える。

 ならば死ねということはすでに考えた――だけれど、この肉体を殺すのは気が引けた。肉体の主人がさすがにかわいそうだ。私の自殺に巻き込むわけにはいかない。どうせ死ぬんならこの世界なんてどうなったっていい――という暴力的で自己中心的な考え方はあまり好きではない。


 意識だけになったというのなら、どうにかしてこの肉体から出ることもできるのではないか――なんて、それは無責任な話だ。いろいろ試したけれど、今こうしてまだこの子の中にいるのだから、無駄だったという結果しか出なかった。ネットか、もしくは本があれば呪術的な方法で体から出られるのかと思ったが、望みは薄いと思っている――だからといって、試さない理由にはならないだろうけれど。


「…………」


 体を起こす。小さな体。死ぬ前とは全然違う景色。それはただ部屋が違うというからだけでなく、身長からも言えることだった。

 この子――女子小学生の彼女。この肉体の持ち主。


 名前を、花坂かなめという。


 しばらくの付き合いで分かったが、この子は他人に対し過剰におびえてしまう性格のようだ。何に起因しているわけではないのだが、成長していく中で、そういう部分だけが偶然伸びてしまったというだけだ。いや、それ以外が成長しなかったというべきか……彼女の記憶も、私には覗くことができる。もっとも、他人の記憶を知ったところで得るものはあまりないのだけれど……人生丸ごと一つに、どれだけの価値があるものか。それにまだ7歳の子供だ。人生経験なんかかけらしかない。


 強いて言うならば、親の離婚により兄と離別したということは少しばかり特殊だろう。しかしそんなこと現代ではよくあることだ。彼女たち自身には当事者として思うところがあるのだろうが、私は部外者なので何とも思わない。

 ただ、気の毒だとは思うけれど。


 しかし、この子もかなり幼い――肉体年齢もそうだが、何よりも精神年齢が。だから、離婚があったときのことなんて、すぐに忘れてしまうだろう――もとより、この子は抜けている。私が意識を支配している間でなくても、この子は普段からぼうっとしている。


 まあ、私の見解では、端的に言うとこの子は――危ない子だ。


 この子自身が危険というわけでははまったくないけれど――放っておいたら、現実の荒波に飲まれてしまいそうだ。そんな気がする。


 おっと、この子にはもう一つ、致命的な出来事があったのだ――そう。


 私がこの子の中に、入ることになった原因。


 私、神岸かずみが、この子、花坂かなめの中に入ってしまった理由。


 化け物だ。


 化け物が――かなめちゃんを襲った。


 かなめちゃんの両親は化け物によって殺された。かなめちゃんも傷を負った――そして、そのときに、傷口から、私が入り込んだ。


 何を言っているのか、分からないって? ただ化け物が傷をつけただけで、魂が入るのかって?

 私だってこんなこと望んでいないんだ。


 最悪とも、言えることだった――それは、お互いに。


 かなめちゃんは家族を失い、私は死ぬ権利を失った。


 化け物の中に入っていた私は分かっていた。化け物が、何も入っていない純真無垢な子供を探していることを。からっぽな人間を探して、見つけるまであらゆる障害を排除することを。


 かなめちゃんの親を殺し、そしてかなめちゃんに襲い掛かった。


 その時、化け物の中身がごっそりと、かなめちゃんの中に入った。


 化け物の中身――そう、私の魂だ。


 勝手に、入った。入れ込められた。


 ……最悪だ。


「……ちっ」


 私は舌打ちをする。かなめちゃんなら、絶対にしないであろうと思いながら。

 もうすぐ6時。目覚まし時計の鳴る時間だ。それまでに横になっておかないと、かなめちゃんに不審がられる。


 ――そう。私が中に入っていることを、かなめちゃんは知らない。かなめちゃんの認識では、ただ化け物に襲われ、この児童養護施設にいるだけなのだから。私が壊してしまっては、いけないだろう――だって、誰も幸せにならないから。

 昼の間は、ひっそりとしていよう。それが私にできる唯一の気遣いだった。

 ……では、どうしてこうやって、起きる直前に私が意識を支配しているのか。


 必然性はない。

 でも――ぼうっとしているだけでは、退屈なのだ。


 何も考えない退屈ならば、まだましだっただろう。しかし、かなめちゃんの知覚したことすべてを、私も知覚できる――いや、知覚しなければならない。無理やり認識させられる――現実を。


 それに、何を施すこともできず、ただぼうっとしているのは――不可能だ。

 無意味にでも、動かずにはいられない。


 ……死にたいと言っていた者の、末路なのか。

 皮肉に思う。


 身体とつながっておきたいという欲求でもあるのだろうか――それに従っている時点で、もはや当然のこととなっているのかもしれない。

当然の、日課として。


「……寝よう」


 太陽ももう登っている。そんな時間に、私、神岸かずみは眠る。

 もっとも、ただひっそりとしているだけで、眠れるというわけではないのだけれど。


 ああ――この子、今日こそ死なないかな。


 そう思いながら、瞼を閉じた。

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