第6章 愚痴(Ⅱ)
夜になって。みんなが事務所に集まっている。みんなと言っても、たった3人しかいないけれど。ルートとジャック。そしてサニー。……『プレイヤーズ』のメンバーが、どんどん少なくなっているのを感じる。
はじめは、6人いたのに。
……友くんは死んで、吉光里利はどこかに行って。
もう、私はどうしようもなくて、つまりかなめちゃんも実質戦力にはならないわけで。
つまり……まともに動けるのは、この人たち3人だけになってしまった。
そして、今……ジャックとルートは、サニーから説教を喰らっている。吉光里利を引き留めに行ったものの、私の予想通り、見事に言いくるめられてしまったのだ。言いくるめられる……というより、反論させる空気を作らないというのか。だから、どれだけ思いが強くとも、勝てないんだ。吉光里利は、そういう能力は持っているんだ。
だからこそ……彼らにも、『どうして反論できなかったんだ』という、悔恨が残る。それがいっそう、サニーの怒りを大きくしている。サニーは吉光里利の友達で、そんな様子だと聞いて放っておけなかったのだろう。
……こんな光景、見たくなかったなぁ。
私は今、おとなしくかなめちゃんの中でぼうっとしている。かなめちゃんは必死にサニーに落ち着いてと声をかけているようだったが、彼女が怒ったからと言って何かがどうにかなるわけでもない。
そしてもう、実際どうでもよくなってきた。
何もすることはできないんだ。私には。だって、私より行動力のあるルートと、ジャックが、何もできなかったのだから。私にできることなんてたかが知れている。吉光里利を連れて帰ることなどできない。
……説教と言うか話し合いと言うか、ルートの言葉の中に、リリにかまっている場合ではない、と言うようなものがあった。そうだね。その通りだね。武力では何も解決しないけれど、確かに一時的な、その場しのぎにはなるだろうね。トートロは個性そのものだから、それと相反する個性をぶつければ、消えてしまうよね……一時的には。それだけの話なのだ。彼らの言っている、化け物を倒すとは。
殺すのとは、全然話が違ってくる。
トートロは、ただ個性と言うだけでなく、その器も含んでいる……だから、個性だけを潰したところで、その器が残っている限り、何度でもトートロは復活する。
……でもまあ、早期発見、早期撃退を徹底すれば、人が被害を受けるということもないんじゃないのか? うん。そうだね。そうしようか。それだけ。
……ああ、もう嫌になってきた。
頭が痛い。
ふるふる、と頭を振る。
私がせっかくトートロの中で覚えてきたことも、今となってはまったく使い物にならない、無用の長物となっている。これがなければ、こうして悩むことなく、ただ純粋に吉光里利の行方について心配することができるのだけれど。
そう、今のサニーのように、友情を熱く語る、友達思いな人間として、吉光里利を心配することも出来たのに。
ああ、もう嫌だ。
サニーは男二人に任せておくことはできないと、事務室から出て行った。賢明な判断だと思う。あてはあると言っていたものの、本当にあるのだろうか。一端の高校生に何ができるのか、疑問ではあるのだけれど。
かなめちゃんはルートとジャックの様子と、開け放たれた扉を交互に見遣り、そして、ドアのほうへ向かった。サニーのほうが優先ということか。とたとたと廊下に向かう。
……私の意志じゃない。私はもう、本当に何もする気がない。
「……サニーおねえちゃん」
と、かなめちゃんは言った。
「……カノンちゃんか、ごめんね、怒鳴ったりして」
「いえ……でも、その……り、リリお姉ちゃんって、帰ってきますよね? ちゃんと、プレイヤーズに戻ってきますよね? ……私、それだけが心配で……」
「……カノンちゃん」
かなめちゃんの視界が、にじむ。涙が、瞳にあふれてくる。
兄を失い、そして新たに手にれた仲間を失った。……そう考えれば、泣くのは当然であった。かなめちゃんも、頭の中が整理できていない。混乱しているのだろう。
「……大丈夫。戻ってくる。私が、連れ戻して見せる」
サニーは私に目線を合わせて、そう言った。
……無理だって、そんなの。
「……大丈夫、だよね? サニーお姉ちゃんも……」
「あは……私の心配もしてくれるの? カノンちゃんは優しいなぁ」
そう言って、サニーはかなめちゃんを抱きしめる。
「大丈夫。さとりのことも、化け物のことも、任せておいて。……カノンちゃんの力が必要になったら、また呼ぶから」
力――情景移植か。そうだ。確かにこれは、説得向きの能力だ。情景がどんなものなのかは私にはわからないけれど、思考を直接相手に伝えることができるというのは、説得に置いてかなり有効なはずだ。
「……うん、がん、ばる」
そう言って、かなめちゃんはまた涙を流す。サニーはそんな様子を見て、8歳は十分お姉さんなんだから、しゃんとしなさい! と言う。……まあ、確かに泣きすぎか。
「でも……どうやって探すの? 大阪って、とてもおっきいんでしょ?」
「うん。おっきい。でもね。私の能力、幻像創造を使えば、さとりがどこにいるのかはわかるの」
「……?」
どういうことだ。私の記憶している限り、サニーの能力、幻像創造はそこまで都合のいいものではなかったはずだが。
「お姉ちゃんの能力って、みえないものを作る能力……だよね? どうやって使うの?」
かなめちゃんが私の抱いた疑問と全く同じことを言ってくれた。
「ふふん、カノンちゃんにはまだ詳しく説明していなかったかなー。私の能力、幻像創造で作った立方体にはね――GPS機能のようなものがあるんだよ。一つ一つ、場所が頭の中で把握できるの。その小さな立方体を、ぎりぎりのところでさとりのバッグの中に入れた――だから、なんとなくの方向は分かってるの」
――なるほど、そういうことだったのか。物質を生み出すという本来の目的ではなく、その副次結果、位置の把握のほうを利用したというわけか。考えていないとできないことだ……それを咄嗟に利用できたのは、サニーの頭の良さ……機転の良さが光ったということか。
かなめちゃんのほうはこの説明ではわからなかったらしく、少し質問をしていたけれど。
「……じゃあ、それを、ルートさんに言えばいいんじゃないですか……?」
「……怒鳴られたあとじゃあ、さすがに無理かな、あはは」
そこまで考えていなかったと、サニーは一瞬の沈黙を見せる。まあ、ルートのあの様子を見る限り、あまり捜索には乗り気ではなかったようだけれど、というかあの人何か別件でトラブル抱えている気がしてならないのだけれど……まあ、それは置いといて。
「……でも、大丈夫。私が助け出すから」
「みんな、仲良く……ね?」
「……うん、大丈夫。私に任せて」
みんな、仲良く、か……。
絵空事だ。と断ずるのは簡単だ。みんなが公平に、不満なく過ごせるようなパイの切り方は存在しない。しかし……その不満を、みんなで少なくしていこうというのはできたはずだ。それが、みんな、仲良くすることなのだとしたら……そりゃあ、理想だ。
そんな理想が現実なら、私も、生きようと思えたのかもしれない。
……正直、サニーが吉光里利を連れ戻すことができるかは、分からない。けれど……けれど、信じてみないことには何も始まらない。……どうせ、私には何もできないんだ。
……みんな、仲良く。
だというのならば……私は、そのあとのことを考えよう。
吉光里利。
彼女を中心に回っている。このトートロ関連。それにコンタクトをとることで、全体に良い影響を与える――ことも、可能なはずだ。
……絶望に打ちひしがれて、やる気をなくす。それはどうしようもなく、仕方がないことだ。
けど、でもさぁ。
目の前に友情を信じて、未来を信じて、理想を信じる人がいたら――縋りたくなってしまうじゃないか。私も、そうなりたかったんだって、思っちゃうじゃないか。
私も――できるなら、理想を語りたかったんだ。
死ぬことよりも――楽しく生きることを、考えたかった。
……もう、どうせ死んでいるんだ。
一度死んだ身。……2度死ぬ必要は、どこにあるというのか。
理想を追い求めて死に至ったというのなら、もう、理想を求めても、最悪なことにはならない――はずだ。
……信じて、いいのだろうか。
サニーを。吉光里利を。
そして、この――神岸かずみを。
もう一度、幸せになれるって。
……まだ、分からない。




