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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第2部 逃亡の裏で
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第6章 愚痴(Ⅰ)

 朝、身支度を済ませたかなめちゃんは2階に降りて、誰か来ていないか確認する。確認すると言っても『プレイヤーズ』のメンバーがいるかどうか見る、と言うだけのことであり、確認したからと言って特に何をするわけではない。ただ単に、上の階がつまらないから降りてきているだけだ。


 ……友くんの荷物はそのままにしているけれど。


 それでも、かなめちゃんにとっての日課は、友くんが死んだとしても欠かすことはできないようだ。一応、そのあたりの義務感はあるのだろう。にしても、かなめちゃんがいたからと言って何になるわけでもないのが残念なところなのだけれど。


 しかし――今日は、非常にまずいことになった。起きた後降りてきて、しばらくするとちらほら来たのだけれど――ルートの部下から、吉光里利がどこかへ行ったという知らせが、はいってきた。


 どこかへ行った――そのニュアンスから、ちょっと買い物に行っただけじゃないかと思うのはただの楽観だ。どこかへ行った――それが示すのは、少なくとも神戸から出たということ。つまりそれは、トートロの出現位置が、変化するということだ。吉光里利の生活圏、その重心である路地に、出現位置は固定されてきていたのだけれど――神戸から出たとなると、その位置は大きく変わる。もし東京にでも戻られていたら、追っていかなくてはいけない。


 ……これだから変化というのは面倒くさいのだ。


 まったく、変化させるだけ変化させておいて、面倒な作業は全部こちらに丸投げをして、自分は知らんぷりを通すのか。なんという自分勝手だ――というのは、もう少し冷静になりましょうということで。


 問題は、私の当初の目的が、またこれで達成困難になったことだ――吉光里利に、化け物を殺させるという目的が。彼女自身がトートロに近づくのなら、それでいい。それが正しい殺し方だ。しかし、遠ざかっていると来た――もちろん、意図的に。意識的に遠ざかっている。


 このまま逃げられたら、それこそ終わりだ。トートロはずっと現世にいるし、いつまでたっても私は自殺できない。


 ……化け物を殺すためには、吉光里利の力が必要不可欠だと、みんなに言ってみるか? でも、そんな言葉を誰が信じてくれるというのか……小学3年生のたわごとを。誰が信じるものか。


 説得力なんて、まったく持っていない。


 ……どうする。

 このままでは……トートロは殺せない。


 考えろ。

 考えろ。


 どうするか、考えろ……。


 何にせよ、吉光里利の存在は必要なのだ。彼女がいなければ、この問題を解決することはできない。けれども、肝心の彼女が、問題から目を背けている……それが、問題をさらに複雑なものにしている。


 だからまず……吉光里利の位置の特定は必要だろう。これは、ルートの力を使えばできることとして……そして、無理やりにでもこっちに連れ戻す。そしてトートロの出現ポイントにあわせて、彼女を縛り付けたままでもいい、トートロに差し出す。トートロによって吉光里利が殺されるか、それはともかくとして、それでトートロは消滅、死滅するはずだ。それですべてが万々歳のハッピーエンド。


 ……でも、それも彼女がトートロに対して有効であるという根拠(、、)がなければ不可能なことだ。そうでなければ認めてなどくれまい。というか、そもそも、吉光里利がどれほど重要か、『プレイヤーズ』の中で分かっている人などいるのだろうか? 私以外、分かっていないのではないか?


 となると、吉光里利を放っておくという立場も考えられる……万事休すか。もう打つ手がないというのか。いいや、かなめちゃんの肉体の支配権を完全にこちらが握ってしまえば、もう何にも煩わされることなく行動することができる。自力で吉光里利を見つけ出し、なんとかしてトートロの目の前に……って、それもダメ。冷静に考えろ。できるわけがないだろ。情報網もないのに。どれだけ日本が広いと思っているんだ。


 くそっ……本格的に、どうすればいいんだよ。


 ……と、かなめちゃんがソファに座ってぼうっとしている間に、私は高速で考え続けていた。ルートもジャックも、吉光里利を引き留めるのに尽力している……らしいけれど、あの二人に口で負けるようなやつではないことは、なんとなくわかっている。彼女自身、言葉の使い方がうまい……だから、説得しようとしたら、逆に説得されてしまう。ミイラ取りがミイラに……というわけだ。


 だからもう、どうしようもない。


 どうしようもない……。


「…………」


 もう、考えるのも疲れてきた。


 吉光里利が行きそうな場所として挙げられるのは、まずは近郊の大阪と京都、東に行く道で愛知、そして東京方面。もしくは東北へ抜ける道。西側に行くなら広島か、明石海峡大橋でもわたって四国のほうに行っているのか……だめだ。全然目星がつけられない。今の時代、行きたいと思えばいつでもどこにでも行ける。吉光里利にプライドのようなものがあればよかったのだけれど、あいにくトートロの宿り主、そんなプライドなんて全くない。だから、行動パターンからの絞り込みも不可能……。


「…………っ」


 かなめちゃんには悪いけど、唇を噛ませてもらった。

 どうしたらいいんだよ……!


 非力だ。非力だ。非力すぎる。何をするにしても力が足りない。人を動かすには力が及ばないし自分でやることもできやしない!


 私は、何もできない……!

 何も、できない……。


「……っ、くっ……」


 涙が、出てくる。


 ……どうして、涙が? かなめちゃんが友くんのことを思い出して泣いているのか?


 違う。これは、過干渉だ。


 悔しい。

 悔しくて仕方がない。


 自分がこれほどまでに無力なことが、恨めしい。ただ何もできずに、見ていることしかできないのが、腹立たしい。


 吉光里利が帰ってこなかったら、まずトートロは永遠に死ぬことはないし、もちろん私も自殺を終えることができない。ずっと、かなめちゃんの中に棲みついているしかない。


 そんなの……耐えられない。

 何のために、私は自殺をしたと思っているんだ。


 私があの一歩を踏み出すのに、どれほどの覚悟が必要だったか、知っているのか……っ!? 一朝一夕、その場の感情で決めたんじゃない、長い間かけて、積もりに積もった絶望が、あの時の私に勇気をくれたんだ。せっかく死のうと思って一歩を踏み出したのに。勇気を振り絞って、『自殺は悪だ』という言説にも負けることなく、自殺をしたというのに。


 もう十分じゃないか……! 私を殺してよ。ねえ。ねえ! 誰か! 私を、殺して!


 もう嫌なんだよ。諸行無常なこの世の中が、変わることでしか正義をふりかざせない世の中が。変わらないことが悪だとみなされるこの世の中が。どんな人間でもすぐに変わってしまうこの面倒くさい世の中が! 与えられたものだけぽんぽんとやっていけばいいものを、やりたいだのやりたくないだの、人間関係だの不慮の事故だの……もうたくさんなんだよ!


「……ぁ、っ……もう、やだ……」


 死にたい。


 さっさと死んでしまいたい。


 さっさと、確実に死んでしまいたい。


 ……ああ、そうか。


 自殺を、もういちどすればいいんだ。


 体の奥が、すっ、と冷える。


 もう一度死ねば――花坂かなめごと、死んでしまえばいいんだ。そうすれば、何もかも一瞬で、すべて終わる。まさか魂だけこの世界に残って、また誰かの人格として残るなんてことはないだろう。自殺をすれば、死ぬことができる。


 ああ……自殺! なんという美しい言葉の響きだというのでしょうか! そう、自殺。自殺をすれば、もう何も考える必要はなくなる! もう煩わしいことに手を焼かないで済む! 不条理な世の中にサヨナラすることができる!


 ああ! なんて最高!


「……んわけあるかよ、最低のクズ野郎が……ッ!」


 この期に及んで、まだ自分のことしか考えていない。そんな自分のクズさ加減に、もうどうしようもなくなっていた。


 もう、なにも、わからなくなってきていた。

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