第5章 当の彼女について(Ⅱ)
法事の帰りのリムジンでは、『プレイヤーズ』のメンバーがそろっていた――いや、まあルートさんは所用でいないのだけれど。
それでも、こうして4人そろうと、チームなんだなと感じてしまう。
……まあ、友くんを、一人、失っているのだけれど。
豪華とはとても言えないが、リムジンの中で、私たち4人は、まったく言葉を交わさなかった。
……吉光里利は、どこかぼうっとした様子で、むしろ生きているのかさえ曖昧な顔色をしていた。
星宮紗那――サニーは、そんな吉光里利の様子を心配そうに、ちら、ちらと見ながら、どんな言葉をかけて良いか迷っているようだった。
そしてジャックは、窓の外をじっと見ている。彼の場合は、ただ暇を持て余しているようだった。
……でも、何も考えていないというわけでもあるまい。かなめちゃんはいつも通り全然喋らないけれど、ジャックは、こういうときに真面目に考えることのできるタイプだと思う。
……先ほど、確か吉光里利を連れて施設の外に出ていたか。いや……吉光里利の後を追っていったのか。そこで少し会話を交わしたのだとするならば……この状況。やはり、彼女の精神状態を回復させることはできなかったのか。
それほど期待は、していなかったのだけれど。
「…………」
やはり、他人に期待するなんて、間違っていたのかもしれない。そう、思う。
これまで――死ぬまで。生きている間で、誰かに期待して、それで何か、いいことがあったか? やってくれるだろうと信じて、結局は私に押し付けてくるやつばかり。やらなくていいことの区別くらいつけているだろうと信じて、とんでもない間違いを犯してしまう。
人間って――他人って、そんなものだろう?
なのに、それでもやっぱり期待するだなんて――そんなの、どうかしている。
何かを成し遂げたいのなら、自分自身の力だけで成し遂げなければならない。それ以外の方法では、何も成し遂げられない。
吉光里利の説得も、例外ではないのだ。
私がやらなきゃ、誰もやらない。
……なんでだよ。
憤りを感じてしまう。
あいつも、分かってるんだろう? もう。自分が悪いって。あの時に個性を手放してしまった自分が悪いって。そのせいで多くの人が死んで自分の周りの人も悲しんで、そして何より、死にたいと思っている人を無理やり生かした。
それが何より許せない。
自分の罪をわかっておきながら……今更被害者面をするのか。どれだけ虫がいいのだ。
吉光里利。てめえは被害者でもなんでもねえ。加害者なんだよ……自分の罪くらい、自分で償え。それが責任感のある、真面目な奴ってことだろう?
お前にぴったりじゃないか、吉光里利。
……って、そうだったな。お前には、個性がないんだったな。個性が定まっていないから――被害者面をして生きることも、できるわけだ。
罪悪感なしに。
……はっ。
「…………」
……待て待て。冷静に考えろ。私。当たり散らしたってどうにもならないだろう。今考えるべきことは、『これまで』ではなく『これから』だ。過去のことにいちいちくどくど言っている場合ではない。
これから……やはり、施設の中で考えたように、誰かに頼るのが一番だ。たとえ頼りないとしても、十に一つ、マンに一つの可能性に賭けるしかない。幸い、ジャックが無理だったとしても、サニーもいる。ルートもいる。彼らには彼らの説得方法があるはずだ。それを最大限に生かすこと。それが今やるべきことだ。
「……災難だったな。お前も」
と、突然――隣に座っていたジャックが、私に――じゃなかった、かなめちゃんに話しかけてきた。肩に手を乗せ、呆然としているかなめちゃんを慰めているようだ。
ジャックのほうを向き、また、瞳が涙であふれる。
……やっぱり、悲しみはそう簡単に癒えはしない。まだ数日しかたっていないんだ……いいや、もう泣きつかれているのか。もう声を上げて泣くこともできなくなっている。
吉光里利もそうだが、かなめちゃんだって、相当疲れているのだ。
「……まあ、お前にかけてやれることはなにもないが……そーだな。まあ、元気出せ」
「…………っ」
元気。その言葉は、もちろんかなめちゃんに向けたものではあるのだろうけれど、私にも、考えさせられる言葉であった。
……いつからだろう。私に元気がなくなったのは。つらい、死にたいとしか言わないようになったのは。
「ぶっちゃけ言って、悲しんでる暇なんてねぇよ……化け物をさっさと殺しちまわない限り、お前の悲しみは終わらねえんだから」
……そうだ。ジャックの言うとおりだ。
化け物を、トートロを、殺さない限り、終わらない戦い。そういうものだったはずだ。第一目標を忘れるな。吉光里利の説得は、そのための過程に過ぎない。
「お前だけじゃ、ねえけどな……全部、あの化け物を殺せれば解決する話なんだ」
「…………」
相変わらず、化け物を殺すことに関しては一直線だ。ジャックはおそらく、化け物への憎しみだけで動いている。……彼も、そうか、こうしているというのは、おそらく……家族を失っているのだろう。
どこで生活しているのかは知らないけれど……ルートの庇護下に入っているというのは聞いたことがある。ジャックの性格上、好き好んでそうしたというわけではあるまい。ただ化け物を殺したくて、殺すためにはルートの助けが必要で。
だから、こうしている。
……本当は今も、友くんの死を悼んだりするより、化け物が出ていないか、血眼になって探しに行きたいことだろう。しかし、チームで行動することのメリットを知っているから、自分勝手に行動することは、あまりできない……。
いつか一人で突っ走っていきそうだけれど。
化け物を殺す、という強い衝動、それとバランスを合わせるためだろうか、このジャックという少年は、実はけっこう計算高いのではないかと思っている。
もちろん、理性的な判断力と言うのではなく、感覚的な判断と言うものだけれど……それでも、肝心のところは間違わない。このメンバーの一員であるメリットがなくなったのならば、彼は間違いなく脱退するだろう。ルートさんのもとにいるのも、それが理由だ。
本心と行動は別だ。
しかし、行動にいくらかの正当性があれば、その行動を認める。……なんて、面倒な言い方をする必要はないか。要は『自分が納得すればそれでいい』タイプなのだろう。
「ジャック……お兄ちゃん」
「ん……? お前が俺の名前を呼ぶのは珍しいな。どうした?」
かなめちゃんが話しかける。何を言うのだろう。今回は私が何か関与したというわけではない。
「ジャック……お兄ちゃん……は。どうして……たたかうの?」
つたない、ゆっくりした口調で、かなめちゃんはそう言った。
戦う理由。
化け物を殺そうとする理由。
……衝動に関しては私の考えている通りであっていると思うけれど……肝心の理由については、私は何も考えていなかった。
家族を失ったから。
理由はそれで、十分なのかもしれない。
けれど……あの施設にいた子供たちは、『あんな恐ろしい存在に立ち向かっていけるか』と、戦うことを拒否していた。
性格だと言われればそれまでなのだけれど……。
「……そーだな。なんつーか……それが俺の、やるべきことじゃないのか、って気がするんだよな。ま、俺の家のこともあるが……」
ジャックの……家? そういえば、ジャックは日本刀で戦っていた。武家出身なのか? そのあたりは少し気になる……が、知ってどうする。それで何か解決するというのか。
「……おにいちゃん」
「あ? なんだ?」
「……みせてくれても、いい?」
かなめちゃんは、右手を差し出した。
――情景移植。肉体の一部分をたがいに接触させることによって、『思考空間』を共有する能力。なるほど、ジャックに思い出してもらって、自分で知ろうということか。
「……ああ、いいぜ」
ジャックは少し迷ったあと、かなめちゃんの手を取った。
ぎゅっ、とごつごつした手に握られる感触。そしてそのあとの――ジャックの、びくんとした振動。情景移植が発動したのだ。ジャックはかなめちゃんを見つめて、少し笑った。
今、彼とかなめちゃんの間の情景が共有されているのだろう。何が話されているのだろうか。私にはわからない。
私には、情景移植の情景は見えない。




