第4章 羨望と混乱(Ⅰ)
『プレイヤーズ』に加入して、数日が過ぎた。
数日の間に何があったか、と聞かれても、あまり大したことはなかったように思える。化け物に久しぶりに会って、かなめちゃんも友くんもたじろいだことは事実だけれど、それだけで特に何か行動が起こったわけではなかった。
彼らにとっては、親を殺された存在なのだろうけれど……一度覚悟したことは、もう取り消すことができないということか。
というか、久しぶりにその姿を見たのは情景移植でサニーの脳から直接見たときだったか。どんな情景だったのかは私にはわからないけど、そのときのかなめちゃんの様子から察するに、とても恐ろしいものだったのだろう。
……いやどうなんだろう。かなめちゃんの場合なんにでも怖がるからなぁ。
いずれにせよ、かなめちゃんも友くんも、その能力を化け物に向かって使うことは、ついぞなかった。
……あの瞬間までは。
今、私はつい数日前までいた施設に来ている。
もう来ることはないと思っていたのだけれど、結局戻ってきてしまった。
かなめちゃんが怖くなって逃げだしてきたのではない……『プレイヤーズ』のメンバーも全員いる。
……友くんを除いて。
「…………」
話を整理しよう。
まず、あのあと私は、本物のヨシミツサトリ――吉光里利に出会うことができた。というより、彼女が『プレイヤーズ』のリーダーだったのだ。なんという偶然――いや、なんという幸運。これで化け物を倒す――殺すのが、とても簡単になる。
私はとても喜んだものだ。これですべてが解決する。すぐに、たやすく解決する。むしろ私なんてこれまでと同様に施設で暮らしていれば、ものの数日ですべてが終わっていたかもしれなかった。
だからあとは、タイミングの問題だった。里利――おっと、コードネームで言うのだったか、改めリリ――に、彼女自身がとても大切な役割を担っているということを、教える必要があった。
コードネームと言うのは、『プレイヤーズ』に入った人たちに与えられる、カタカナでの呼び名だ。どのくらい意味があるのかは私にはわからないが、とりあえずかなめちゃんも、友くんもつけてもらった。
順番が先ほどから逆になってすまないが、『プレイヤーズ』は私を除いて全部で6人いた。
吉光里利――コードネーム、リリ。
海藤龍斗――コードネーム、ルート。
本名不明だけど――コードネーム、ジャック。
星宮紗那――コードネーム、サニー。
そしてかなめちゃんの兄である浜崎友――レンド。
と、かなめちゃん自身――カノンであった。
まあ何ともその存在意義のわからないコードネームだけれど、それでも私としては思うところがないでもない。
だって、そこには私――神岸かずみが含まれていないのだから。
私には、コードネームが与えられていない。まあ、人間としてカウントされないのは仕方のないことだけれど、それでもこのコードネーム制にはひどく排他的なものを感じずにはいられない。
排他的――外部からの侵入を、原則として認めない。
このコードネームシステムを作ったのは、ジャックとサニーだと聞いている。なるほど……明るいけれど、どちらも内輪でしか盛り上がれないといった、ひどく内的なものを感じる。赤の他人と干渉することを極端に嫌い、内部の人間とどっぷりとした濃い人間関係を持続させようとする。
……まあ、変わらないという面では、私もそれには賛成なのだけれど。
しかし……これで、リリに真相を伝えづらくなったというのであれば、とても迷惑な話だ。幸いにして、リリはそこまで呼ばれ方に固執していないようなのだが――ああ、それは違ったか。
いや、やっぱりコードネームで何か状況が変化したりするわけではなかった。
だって、リリは――吉光里利は、何かに固執するなんてできないのだから。
何かに固執できないからこそ、化け物は生まれているのだから。
……あとは、気付けるかどうかなのだけれど。
「……こりゃ、難しくなったなぁ」
と、私は小声を漏らす。
かなめちゃんは――泣いている。泣きつかれるほどに、泣いている。施設の子たちはそんな様子を心配してもくれたけれど、今は「そっとしてあげよう」という意見でまとまったようで、かなめちゃんからは距離を置いている。
だから私の小声が聞こえるわけもない。
「…………」
私は先ほど、『プレイヤーズ』は――6人だった、と言った。
過去形で言ったのは、今はそうではないからだ。今は、6人ではない――私が加わったわけでもない。一人、抜けたのだ。
一人、死んだのだ。
友くんが。
死んだのだ。
「…………」
トートロとの戦闘、2回目。今度は間に合い、なんとかその様子を直接見ることができた。私たちは後ろから見ているだけだったが――二人とも、後方から支援するための能力だから――いざと言うときに動けるように、待機していたのだった。
武闘派のサニー、ジャック、そしてルートの合わせ技で、トートロは倒された――ように見えた。紫色のそれは生きていて、口の中からばっくりと――砲身をこちらに向けたのだった。
そうだ――トートロは中に入った『個性』によって、それに適したトートロの機能が付与されるのだ。紫色――確か、『人を殺したい』という個性だったか。なんとも面倒で迷惑なものだけれど――それにふさわしい、強大な力が与えられている。
それが、口の中から出てくる。砲身。大砲のようなもので、中から砲弾を発射する……もちろん、人を殺すための砲弾だ。
おもちゃの銃で脅されるだけじゃ、済まなかったのだ。
その砲弾に――友くんが、被弾した。
それも、凄惨に――時間亡失を使って、砲弾にかかる時間を遅くしたはいいものの、自分にかかる時間まで遅くしてしまったのでは、まったく意味がない。
結果として、私は――かなめちゃんは、自分の兄が肉の塊になっていく様子を、スローモーションで見ることとなった。
一生もののトラウマ、間違いなしだ。
かなめちゃんはそのときに、信じられないくらいの大きな声で悲鳴を上げた。その後すぐに気絶してしまったのだけれど。
それでも、その情景が頭の中に残らないわけがなかった。そして、きょうのいまになるまで――かなめちゃんは、眠れていない。ふとした時に、考えてしまう。友くんのことを、そして、彼の肉塊のことを。
「…………」
私は、そんなかなめちゃんを見つつ――私自身、下種な性格をしていると考えずにはいられなかった。
だって、あのとき――友くんが目の前で肉塊になったとき、生理的嫌悪感と同時に、私にはある感情が芽生えたのだから。
それは憎悪でも、諦観でもなかった。ただただ――羨望。
あのとき、私は、うらやましいと――思ってしまったのだった。
友くんに、嫉妬してしまったのだった。
あんな風に――ちゃんと死ぬことができて、なんとも羨ましい。
どうして私じゃないのかと、思ってしまった。
事実――私も叫んでしまったのだ。あの時に、人の死という暴力に、一瞬遅れて、恐怖も交えつつ、叫んでしまったのだ。
かなめちゃんの気絶の直後、ろれつの回らない口だったけれど――こう叫んだのだ。
『畜生』と。
いいなぁ。いいなぁ……友くん、いいなぁ。
このクソったれな世界から、抜け出すことができて。この世からの外出許可証を、もらうことができて。
死ぬことができて、良かったな。
……なんて。
「クズすぎる……」
自嘲する。
人の死を、何だと思っているんだ。私は。
かなめちゃんの涙に――私の歪みっぷりを、再認識する。
人は、人の死を、悲しむものだ。
決して、嫉妬なんて、してはいけないんだ。そんな当たり前の良心を、私は捨ててしまったということなのだろう。
人間性を、失っている。
こんな自分……死ねばいいのに。
「…………」
そんな私の人間性に関しては、言っちゃ悪いけれどどうしようもない――これは一年や二年といった半端な期間思い続けていたことではないのだから。私が――神岸かずみが生まれてから、そう……小学生のあたりから、思い始めていたことだ。そこからの長い期間、私は生きるべきか、死ぬべきかという問いに、死んだほうがマシだと思っていたのだから。
自殺できなかったのは、むしろ私の心が弱かったから。
人は自殺をしないものだ、という社会的常識に、沿おうと努力してしまったからだ。
そんな努力をする前に、さっさと死んでしまえばよかった。
死ねなかったことも全部――私が悪い。
だから、どうぞ、私を責めてくれ。願わくば、私を、殺してくれ。
「……どうしろってんだよ……」
なんて、そんなことを願ったって、誰も殺してはくれない。私を殺してくれるような化け物は、ここにはいない。現実は常識人ばかりで、誰も私を殺そうとはしてくれないのだ。
何より私は――かなめちゃんの中にいる。
かなめちゃんを殺すことを、私は良しとするのか。
……これも、ぐずぐず悩んでも仕方がないのかもしれないけれど。




