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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第一部 手を挙げる日まで
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第3章 嫌になる戦へ(Ⅲ)

 空港で飛行機に乗り換え、神戸へ。そして再度車に乗って、私たちは目的地に着くことができた。


 飛行機を乗るのは、かなめちゃんも友くんも初めてだったようで興奮を隠せなかった。そんな私はと言えば、うんざりするほど乗っているのでまったくそんな感慨も抱かなかった。

 道程は黒いスーツのおじさんたちがいろいろ面倒を見てくれた。保護者代わりとでもいうのか。かなめちゃんの扱いには苦労していたが、友くんの物分かりの良さで救われていた場面は多々あった。


 神戸についてから、少し遅めの昼食をとった。このときもただならぬ高級レストランに連れて行ってもらったようで、なんともまあ。二人は驚いていた。


 ……何度も言うようだけれど、私にとっては見慣れていた。別にそういうリッチな状態で長くいたというわけではないけれど、なんというか、あまりにも経験しすぎているなあと感じる。


 彼らのような、純粋に目の前のことを楽しめるような人になりたい。


 ……なりた、かった。

 死んでしまっては、もう何も成し遂げられない。


 それはともかく。


 というわけで、目的地――ただのビルのようだ――にたどり着いたのは、もう日も暮れようとしているころだった。夕焼けになり切れない微妙な空のもと、私たちを乗せたリムジンは止まった。


 周囲の光景を見渡してみる――もちろん見知った場所ではない。さすがの私も、日本全国の場所を頭に入れているわけではない。都会でも田舎でもない。そんな微妙な場所だ。人通りは少ないだろう。なるほど、暴力団とのつながりがあるというのだから、そうそう目立った場所に拠点は作れないものなのか……まあ、いきさつについてはどうでもいいか。


 ともかく――まったく、違う場所に来てしまったな。


 初めての場所。……これほど嫌な言葉があるだろうか。行動のスタイル、生活の基準、タイムスケジュールの管理……すべて、新しくしなければならない。大変だし、面倒だし、はじめは失敗ばかりする。早く慣れようという術はいくらでも知っているけれど、ただ機械のように生きているだけで、まったくもって心が伴わないものだった。


 扉が開き、私は――かなめちゃんは席の都合上、友くんよりも先に降りる。神戸に来て、1時間も経っていないくらいか……久しぶりの地面、というかアスファルト。体のだるさを少しだけ伸ばす。

 そして……そのビルを見上げる。


「…………」


 大きい――わけではない。ビルと言っても高層ビルなんてものじゃなくて、3階くらいしかない小さなものだ。事務所と言うかテナントと言うか。こじんまりした建物だった。


 友くんも、車から降りる。そしてかなめちゃんの手を握る。迷子にならないようにというか、新しい環境で生きて行こうという決意の表れか。兄として立派に役目を果たしている。


 けれども、私個人としては大嫌いだ。

 新しい環境だなんて、もううんざり。自分を変えて生きるくらいなら、自殺すればいいのに。

 ……なんて、自殺に失敗した私がいえることじゃないんだけれど。


「待っていたぞ。二人とも」


 と、扉が開き、中から男の人が現れる。同時に、私たちをここまで世話してくれた運転手さん、ともう一人の付き添いの人はお辞儀をする。スーツであることに変わりはないけれど、少しばかり物々しさを覚える。他の人たちとは受ける印象が少しだけ違うのだ。サングラスにさっぱりしたリーゼント。体格はまあそれなりか。


 一瞬で分かったが――というか、あの日に私たちに化け物を倒そうと呼びかけたのが、あの人だったのだ。あの人が統領か……となると、どうするか。


 私はもうさっそく、化け物を倒すために必要なことを考えている。サトリに化け物のの倒し方を、自覚させなければならない。いや、すでに自覚している場合なら大丈夫なのだけれど、自覚していないとなったら……面倒なことが起こる前にケリをつけなければならない。


 そのためには……トップ。リーダー。この男にも、伝えなければならないだろう。サトリと言う人間が、とてつもなく大事な役目を担っていることを。トートロに関する、中心人物だということを。おそらく……自力じゃ気づけないから。


「まず、長旅で疲れているとは思うが、もう一度確認する……お前たちも知っているよな。あの化け物を」


 その男は私たちに向かって、そう言った。サングラスをかけた、オールバック、黒いスーツの男。低い声で、私たちに質問する。

 かなめちゃんは思いっきりその男を怖がっている……まあ、幼い少女からしてみれば、やくざさんなんて恐怖の対象でしかない。友くんはかなめちゃんほどではないが、緊張している様子が見て取れる。

 私としてはこの場で緊張してもしょうがないというのが感想だったのだけれど。二人の緊張がかわいく見えて仕方がなかった。


「……はい。僕たちは」


 と、友くんが口を開く。私――かなめちゃんのほうを見て、かなめちゃんも友くんのほうを見て、アイコンタクトを交わした、そのあとで。


「僕たちは、化け物を倒しに来ました」


 と、友くんは言った。

 かなめちゃんも、その男のほうを見る。

 男は、私たちをじっと見つめる。かなめちゃんと、友くんを、じっと。

 かなめちゃんは涙目になりながらも、その男のほうを見るように努めていた。


「…………」


 それにしても、笑っちゃうよなぁ。

 子供二人がヤクザに睨みつけられているこの状況は、べつに笑えるものではないけれど。それでも、この男が私のことなんて全く見ていないというのは、おかしくって仕方がない。

 どうしてこの二人がここに来たのか。その元凶を、彼は見ていないのだから。


「……よし。お前たちの能力はすでに把握している。……これからの活躍に、期待しているぞ」


 と、なんだか彼の中で納得がいったみたいでよかったのだけれど、まあまあ考えていたのはかなめちゃんのほうだろう。心の弱い彼女に、化け物と向かい合いうことなんてできるのか、と。能力の話を持ち出したのは、そういうことだろう。戦闘向きの能力ではない。だから化け物と向き合う必要なんてない。ゆえに、心の強さは必要でない、と……まあ、妥当なところだろう。


 そしてすこしばかり賢明かな。使えないと断じてかなめちゃんに帰らせることもできたはずだ。そうしたら、私の持っている情報を、彼は知ることができないのだから。トートロに関する重大な情報を。サトリとかいう人間の存在を。

 もちろん、友くんとの事情を考えた結果でもあるのだろうけれど。


「俺の名前は海藤龍斗だ。『プレイヤーズ』ではルートと呼ばれている……お前たちも名前を考えてもらわなきゃ

な。……さあ、中へ入れ」


 ルートと名乗ったその男は、私たちに背を向け、ビルの中へ入った。友くんと手をつなぎ、私たちも入る。


 一階部分は倉庫になっているようで、すぐに二階への階段にたどり着く。階段を友くんが先導し、私は友くんの背中を見ながら登っていく。エスコートの心得がなっていないのは愛嬌か。


 ……この場所で、私は死ぬのかな。

 と、漠然と思った。


 ここにいて、ちゃんとトートロを倒すことができたなら、私の自殺は完了する。だとしたら、ここが私の死に場所になる可能性は、十分にある。


 死ぬことはまったく怖くはないのだけれど……ああ、こんなものでいいのか、と思ってしまう。東京で飛び降りを敢行した時も同じようなことを思ったけれど……こんな小さな、言っては悪いがアットホームな場所で死ぬのか。


 別に死に場所を選ぶような贅沢は言わないけれど、なんともあっけないものだ。


 でも……さっさと終わってほしい。


 こんな場所に――あの施設とも全く違う場所に来て、私のストレスは結構溜まっているんだ。実は。環境が変わる。私にとって、絶対にしたくなかったこと。

 この場所で終わるなら、私は万々歳だ。


 だって、この場所で終わらなかったら――また変わらなくちゃいけない。


 そんなの、絶対に嫌だ。


 終わってくれ。


「二階が事務所だ。大抵俺はここにいるから、何かあったら呼んでくれ。お前たちのこれから暮らす部屋は3階だ」


 ルートが2階で一度立ち止まって説明し、また三階へ上っていく。私たちもついていく。


 二階から三階へ――上る前に、私はそこに、窓があるのに気付いた。かなめちゃんはその奥にある、沈みかけた夕日を見つめる。


 ああ、きれいだ。かなめちゃんの握力が弱くなり、友くんの手を離してしまう。

 窓に心なく近づき、その窓枠に触れる。


 ……まったく違う街の景色。2階からなのでそれほどいい景色ではないが、まったく違う場所に来てしまったことを、否が応でも思い知らされる。


 橙色に染められた空。2色ではっきりと塗り分けられた雲。綺麗な空なのは認めるが、それでテンションを上げることは、かなめちゃんのようにはできなかった。


 ……ここが、死に場所。


 そう決める。


 もう、絶対に引き伸ばさない。何が何でも――死んでやる。


 かなめちゃんを犠牲にはしたくないけれど――そのときは、そのときだ。


 私は死ぬんだ。かなめちゃんを道連れにしたところで、私を責めることなんて、誰もできない。


 大丈夫。私は死ねる。


 恐ろしいまでに歪んだ安心感と、狂気というには冷静な使命感を持って、私は沈む太陽を見つめていた。

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