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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第一部 手を挙げる日まで
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第3章 嫌になる戦へ(Ⅱ)

 リムジンというものに乗るのは、実は初めてではない。でもまあ、かなめちゃんにとっては初めてだろう。死ぬ前に経験したことに、どれほど意味があるのか。


 黒塗りの高級車というだけで、かなめちゃんはびっくりしたような様子を見せていた。別段驚くようなことではないのだけれど……私も初めて見たときは驚いたか。いや、でも黒塗りと言われて思い出すのは、東京の重鎮たちが行動する場所で見た、黒塗りのタクシーだ。……まあもっとも、それにも乗ったことはあるのだけれど。しょせんタクシーだ。ただちょっとだけ、ドレスコードがあるだけで。


 ……ということは、この場合のドレスコードと言うのは、「異能力」、もしくは「能力者」ということか。能力を持つ者だけが、乗車を許される。


 もしくは――トートロに傷をつけられた者、か。

 被害者は丁重に扱われる。それにしては、趣味が悪いとは思うけれど。


 ……趣味が悪いのは、こんな私の考え方か。


「……すごいね。かなめ」


 高級車の中は、……まあ思ったよりは質素だった。そこまで豪華にする必要はないもんな。けれどかなめちゃんは物珍しそうに車内を見渡していた。ぐるっと囲むように設けられたソファ。中央にはガラステーブル……まあ、とても広いというわけではないけれど、それなりに広いのではないだろうか。


 友くんの驚愕した様子に、かなめちゃんはいつものようにうなずくだけだった。

 何も言わないで。


 ……本当に何も言わない子だなあ。大丈夫かな。この子。


 結局私の決めたことに対して、何も言わなかったけれど。今日まで、今まで。


 言う機会ならいっぱいあったのに。どうして言わなかったのだろう。


 ……そして、どうして私は今の今まで言えないのだろう。やっぱりやめます、と。


「…………」


 かなめちゃんは車内の様子に、興味を持った様子でいる。


 この様子を見て……今更、私が何か言えるだろうか。言えやしない。……この空気の中、やめるだなんて言いだせるわけがない。さっき友くんも言ったじゃないか、化け物を倒すって。


 もう決定してしまっているのだ。

 私の一言で。


 当事者でもなんでもない、私の一言で、すべてが決まってしまっている。そして、撤回すら許されない。

 決まったことは、決まったまま、そのまま進んでいく。


 ……分かり切っていることだったな。


「では、出発します」


 と、運転手が言う。その言葉の通り、リムジンは施設の駐車場から出て行った。


 少しずつ遠ざかっていく、今までいた施設。


 ノスタルジー――というより、名残惜しさだろうか、かなめちゃんは窓の外、遠ざかっていく施設を見遣る。曲がり角を曲がって見えなくなっても、かなめちゃんはそのまま窓の外をぼうっと、眺めていた。


 ……確か、彼らの本拠地は神戸にあるのだったか。少し調べたが、東京の暴力団といざこざがあって、神戸に移動したとか……まったく、関わりたくない話だ。施設がそこの系列だというのだから、もうすでに関わってしまっているのだけれど。


 だから高速道路も使って……いや、飛行機か? まあどちらでもいい。少しばかり長い旅になりそうだ。旅費をまったく気にしなくていいのだから、気楽なものだけれど。

 ……ただ、そのあとのことを考えると、まったく気楽ではなくなるのだけれど。


 現状、トートロの倒し方を知っているのは私だけだ。かなめちゃんも知るはずだない。だから……どうやって倒すか、というのは『戦って倒す』以外にあり得ない。それ以外の方法など、思いつくはずがない。

 生き物に見えなくても、生き物と同じであると考えて――殺すことを考える。


 でも、そんなの無意味なのだ。……だって、あれは生き物ではないのだから、それよりも、もっとスピリチュアルなもの。精神体のようなものだ。


 だから……能力を使って、頑張って倒す、と言う手は全く通用しない。むしろ危険な状況に自ら踏み入る愚行ですらある。

 私の役目は、ただ一つ……どうやって、それを伝えるかということ。どうやって、それをトップの人に伝えるかということ。トートロの、化け物の倒し方を、どうやって伝えるか。

 それだけだ。


「…………」


 にしても無理な相談だ。どうすればいいのか。まったくわからない。寝言で言わせても、説得力はないし、真面目に面と向かって言ったとしても、説得力がないのは同じことなのだ。


 あんな荒唐無稽を、誰が信じるというのだろう。 

 しかしながら、あれが真実なのだ……トートロの中にいた、私だからこそ分かるのだ。逆に言えば、トートロの中に入った人ならば、協力できそうなのだけれど……そんなに都合よく、いてくれるわけはない。


 自殺をする最中で。

 そこにトートロが現れて。

 運よく、運悪くそれに食べられる。


 すべて揃わなければ、私のような人はいないだろうから。


 ……で、どうやって伝えるか。考えてはいるもののさっぱり思いつかない。


 できる限り、かなめちゃんを戦闘地帯に連れて行きたくない――そのためには、なんとかして思いつかなければならない。


 ヨシミツサトリが思い出せないのであれば……万事休すと言ったところか。

 トートロのポテンシャルは、相当高いのだから。


「かなめ……もう一度聞くけど、本当に大丈夫かい?」


 友くんの声に振り向くと、友くんは心配そうな表情をしていた。


 彼も彼で、考えていたのだろう……化け物との戦いが、どのようなものになるのか。人を殺しかねないあの暴力に立ち向かう。それはおそらく、流血を伴うであろうことを。


 弱いものは、殺されることを。


「……かなめがどうしても行くっていうなら、僕も行く。でもかなめが行きたくないと、一言でも言いさえすれば……かなめは、ここで降りていい。僕も一緒に降りよう」


 それは暗に、絶対に行ってほしくないと言っていた。

 友くん自身の生命の問題と――何より、大切な妹の生死がかかっている。行かせたいわけがない。


 ……そして実のところ、私もかなめちゃんに言ってほしかった。

 行きたく、ない。と。


 そうすれば、踏ん切りはつくものだ。


 ……でも、自殺はしたい。トートロを倒さない限り、滅ぼさない限り、私に死は訪れない。そんなの、嫌だ。


 だから、倒したい。

 でも――変わりたくない。


 でも、でも――分からない。今この状況を、変えるべきなのか? ここで都合よく変わるだなんて、そっちのほうがよっぽど面倒くさいのではないか? 事実、ヨシミツサトリが気付いてさえいれば、それだけでいいのだ。すぐに終わる。なんのわだかまりもなく――。


 でも、でも。


「……行く、よ。……やっつけなきゃ、いけない」


 ……結局、口から出た言葉は、それだった。


 変わらないことを――変わらずに変わることを、選んでしまった。


 私は、なんて馬鹿なことをしているのだろう。


「そっか……わかった。かなめ」


 友くんはかなめちゃんの左手をつかみ。両手で包み込んだ。


「なにがあっても……かなめのことは僕が守る。……この能力に変えてでも、かなめのことを、守る。……頼りないかもしれないけど、かなめは、僕のたった一人の妹なんだ」


 ……それは、血縁と言う意味を超えている。

 命に代えてでも、君を守るだなんて……かっこいいところあるじゃないか。

 かわいらしい顔立ちをしているけれど、その心は強そうだ。


「……でも、あの化け物と戦うだなんて……怖くて。ごめんね、かなめ……情けない兄で」


 怖い。それはどうしようもないものだ。私にだって責めることはできない。

 命の危険があるのだ。逆に、怖くないほうがどうかしている。


 ……いや、違う。責められるべきは私なのだ。


 命の危険のある場所に、二人も送り込んでしまった。その罪の重さは――計り知れない。


 最低で、最悪だ。

 最低の下種だ。


「……ごめんね」


 だから私は、もう一度かなめちゃんを支配して、言う。

 これだけは、言わなくちゃいけない。


 ……許してもらえるわけ、ないけれど。

 友くんはともかく――かなめちゃんには、絶対に。


 行きたくもないところに、私のわがままだけで連れて行っている。かなめちゃん個人の事情など、まったく考えもせずに。


 かなめちゃんは、友くんの手を、無言で握り返した。


 ……私は、何もできなかった。

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