プロローグ
死にたい。
私はそう思っていた。
もう、この世界に居続けたって仕方がない。
生まれ変わっても、人間にだけはなりたくない――と。
輪廻転生の理が正しいのなら、どんな畜生に成り下がってもいい。人間よりもはるかにマシだろうから。
嘘をついて、騙して――嘘をつきあって、騙しあって――なんて。そんな下種な行動は、人間にしかできない。人間にだけ課せられる罪だ。
罪というのならアダムとイブも、人間すべてに罪を負わせた。
……って、『生みの苦しみ』、『労働の苦しみ』、そして『死の恐怖』なんだっけ。そんなのとは違うのか……だって、生きるのが苦しいのは事実だけれど、死に恐怖はない。
死は――解放だ。
確かに、この世の中が幸せで、生きていることが楽しいと感じる人間だったなら、死後の世界は虚無で退屈で耐えきれず地獄のようであるだろう。現実の世界で犯罪を犯しながら快楽を得て来た人間にとってみれば、死にたいとは思わないだろう。
でも私は、その逆。毎日が、ただ苦しかった。
いつどこでも虐げられ、幸福なんて感じる暇もなくあらゆるタスクを背負わされ謀殺され、忙しさの合間に笑顔を見せることさえ許されなくて、かといって狂うこともできなくて。この世界で、『何かが起こること』、それが苦痛で仕方がなかった。
だから――私にとって、虚無というのは幸せそのものなのだ。
だから、死にたい。
どうか、私の本当にちっぽけな願いを叶えてください。
もう二度と、私を人間になんてしないでください。
私は、つかんでいたフェンスを離す。
重心が前に傾く。
浮遊する感覚はたった一瞬。
それから先は――落ちていく。
重力という名の暴力性に、私の命は心地よさを感じる。
ごうごうと耳元を吹く風。
嗅覚も聴覚もどこかおかしい。
見えるのは、アスファルトで固められた祝福の地面。
人間が創り、刻み付け、地球に植え付けた。
人間は、もう、いらない。
だから、どうか――早く、死なせてくれ。
地面にたどり着く瞬間まで、私の思いは変わることはなかった、
そして、私は――
地面にいた化け物に、喰われた。




