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後日談

「で、なんであたしと薫が何事も無かったかのように一緒に登校してるのかな?」


 そう言ったのは、世界一可愛い俺の彼女であるところの春菜だった。なぜ春菜が隣を歩いているのか……それは事細かに説明する必要があるようだ。


「ちなみに、春菜の記憶はどうなんだ? この二週間くらいの記憶は」


 今日の日付は七月二十七日金曜日。夏休みという名目はあるが、補講と言う名の登校日である。そして、俺自身の記憶が無くなってから一週間。春菜が過去変えによって消えてしまってから十六日。――二十三日と言うべきか……。

 こんなことを聞いてくるのだから、十中八九俺と同じ記憶を持っているのだろう。祭りでデートをして、三日間行方を眩ませた世界の記憶の中で間違いないだろう。

 消えている間は、写真を肌身離さず持っていたのか? という疑問はあるが、論より証拠とは言ったもので、実際に起きていることが間違いないのだろう。


「ええ、ええそうですとも。薫が想像している通りですとも。あたしは消えると思って薫のベッドで、すーはーしながら眠ったら、普段通りお姉ちゃんに起こされて、カレンダーを見たら十日も経ってたのよ。意味分かんない。自分で言ってても意味分かんないっ!!」


 プンスカとでも効果音が出そうなほど頬を膨らませて怒っている様子の春菜。


「ぷんすかっ!!」


 おっ。流石だな。


「仕方ないなぁ。優しい俺が丁寧に説明して差し上げるから、落ち着いて聞きたまえ」


「優しさじゃないから。義務だから。そう言って優しい春菜は優しく教えるのだった」


「それこそ優しくないから! 厳しいから!」


「あら、優しさと厳しさは共存し得るのよ? 飴でできた鞭で打つってやつよ」


「それ、どう考えても一発で砕けるだけの鞭だからな? 甘さ控え目どころか甘くないからな?」


「なら、鞭を舐めさせてあげるわ」


「だから、甘さが無い! 優しさの欠片もない!」


「甘い生活は四日も有れば十分でしょ?」


「もう甘い生活は訪れない……のか?」


「そういう甘い考えの生活もやめることね」


「辛口だな」


(つら)い?」


「悪くない幸せかも」


「変態ね」


 悔しいが……。こういうノリ、嫌いじゃない。


「で、そろそろ教えてくれるの? どうなの?」


「教えてもいいけど……怒るなよ?」


「多分無理な相談ね。でも、教えてくれないのなら怒るどころの話じゃすまないってくらい分かるわよね?」


 まあ、そうだよな――。分かってはいたけれど、もとより選択肢は一つしかなかった訳だ。俺は、渋々といった風に説明をした――


 一週間前――。玲菜の元に行った俺は、玲菜の持つ力。……玲菜が将来手に入れてしまうであろう力について説明をした。


 過去を変える力――


 その力を使ったことによって春菜がこの世から消えてしまったということも……。嘘だ――そう言って信じようとしなかった玲菜は、部屋から飛び出して春菜の死を確認した。遺影や新聞だけじゃなく、春菜の部屋に入ったり、友達に電話したり……。

 この世界の絶望を全て背負ったかのような玲菜は、俺にしがみついて、どうすっればいいの――そう言って泣き続けた。

 俺は、茜ちゃんから、俺だけではなく、能力を持った玲菜の身にも危険が及ぶと聞いていた。だから、将来的にも玲菜が過去変えの能力に目覚めない方法を考えなくてはいけなかった。

 俺が玲菜を守る……なんてことを約束できるような強い人間ではない事は、俺自身分かっている。情けないことだけど……。

 そこで俺が考えたことは、未来の玲菜の過去変えによって玲菜自身の能力を消し去ることだった。

 しかし、そこで問題となったのは、遠い未来で玲菜が『過去変えの能力が手に入らなければ良かったのに』と願った場合、玲菜の能力は消えるが、それ以前に願い、叶ってしまった事象はそのまま残ってしまうのではないこということだった。

 春菜のことは生き返らせ、玲菜は能力を手に入れない……この二つの過去変えを行う必要があった。

 一度過去変えの能力によって変わった過去より以前のものは、同じ過去変えの能力では変えることができない。春菜の死よりも後の事象にしか遠い未来の玲菜の願いは通用しない。

 そこで思いついたのが『近い未来の玲菜』に願ってもらうことだった。一度も願いを叶えたことがない玲菜……。過去変えの能力を持ってすぐの玲菜。過去変えを経験したことがない玲菜なら、もっと前の歴史にも干渉できるのではないのか……と。

 物理法則や世界の理すら変えられるのではないのか……と。

 肝心の願いの内容……。それは『玲菜が産まれた瞬間から、過去変えが起こらない世界になれ』というもの。

 俺が地道に解読したワールドメモリーの仕組みのほんの一部……。それはまるでコンピューターのプログラムのようだった。時間とともに書き込まれていく膨大な情報。過去変えは、その書き込まれた情報を過去に遡って書き換えるという能力に他ならなかった。

 過去変えというフラグが立ち、演算と情報の集積がワールドメモリー内で分岐する。過去変えが起こるたびに世界はその数を増やしていく……。しかし、バックグラウンドで演算のみが行われている世界は現実には反映されない。

 俺の能力は、そのバックグラウンドで演算・集積されたメモリーすら読み取ることができた――そういうことだった。

 だからこそ、過去変えが起こらない世界になれ……という願いは有効になる。玲菜が産まれてから起こる過去変えのフラグの無効化。それをあらかじめ世界にプログラムしてしまうのだ。それにより、現実に反映されるワールドメモリーは過去変えが起こらなかった世界に変わる。


 ――過去変えが起こっていない分岐世界にシフトする。一気に――


 玲菜が産まれてから……と限定してもらうのは、以前にいた過去変え能力者の影響を取り消してしまうと、今の世界がどうなるのか分からないからだ。――そこまでワールドメモリーを読み解くことはできなかった。


「なるほどね。どういう理屈で生き返ったのかは理解したわ。でもね……あたしが気になっているのは、どうやって玲菜にその願いを確約させたのか……よ。未来なんて曖昧なもの、今の約束なんて気が変わったらおしまいなのに」


「そこはまあ、……なんだ? あれだよ」


 ――いい案が浮かんだところで、まだまだ問題はあった。それは、春菜の言う通り、未来の出来事に確証を持たせることができない点。俺が過去変えの力の発動を管理できるのなら構わないが、それができない可能性もあった。いや、高かった。

 なぜなら、俺に成りすましたニセモノが長い時間をかけて玲菜を騙し続ける可能性があったからだ。

 それを防ぐ方法……俺に化けることができなくなる方法が必要だった。

 俺に成りすますことを防止し、未来で玲菜が決められた願いをする方法。未来で玲菜がどうしても『玲菜が産まれた瞬間から、過去変えが起こらない世界になれ』と願いたくなる方法が……。あらかじめ、玲菜には能力の話をし、なぜ『玲菜が産まれた瞬間から、過去変えが起こらない世界になれ』と願う必要があるのかは説明している。後は意志をかためてもらってさえいれば良いのだ。玲菜の意思をかためてもらうことと、成りすましを防ぐこと。この二つを同時に達成するために取った俺の行動――。それは……。


「薫……ちょっと殴らせなさい。今後一切そんな考えに至らないようにトラウマレベルの調教が必要みたいだから」


「心配しなくても、もうしないって! だから、その握りしめた右手を優しく開いて」


「こうかしら?」


 春菜は、固く握りしめられた拳を開いてひらひらと手を振った。振った……振りかぶった。


 パーーーーンッ!!!!!!


「ぃっってーー!!」


 プロテニスプレイヤーもびっくりなフルスイングで放たれた右手は、俺の頬を消し去るかのようにひっぱたいた。感覚が無くなったので、本当に消し去られたのかと思って確認したら、一応顔は付いていた。よかった。


「許しはしないけど」


「殴られ損だ。それより、もうあんな考えは持たないよ。自ら命を絶つなんて――」


「あたりまえよ」


 そう。俺は目的のために学校近くの廃ビルから飛び降りたのだ。作戦が成功したら生き返る……。玲菜にそう言い聞かせた。もちろん、玲菜は納得なんてしない。部屋から出ることすら許してくれなかった。

 玲菜を騙してトイレの窓から逃げ出したことは、悪いと思っている。学校近くの廃ビルを選んだことも、後に有名になると踏んでのことだった。俺に成りすますことができないように――


「あれは死ぬほど痛かった。もう絶対に経験したくない」


「死ぬほどっていうか、実際に死んでるから」


「そうでした」


 俺が死んだ世界での玲菜は、かなり気に病んだのだと思う……。でも、今の世界の玲菜はそんな記憶は無いはず。写真だって処分してしまったのだから。遊園地の日から先週までの変な記憶が玲菜を混乱させてしまっているかもしれないが、無事こうして春菜が生きている――。玲菜も許してくれるだろう。春菜がいない事であんなにも泣いていたのだ。自分にできることを必死で模索していたのだ。

 本当の意味での俺と玲菜の願いが叶ったのだ。


「ところで春菜、学校に入る前に聞きたいことがあるんだけど?」


「突然なによ? 話をそらして」


 校門前、大声を出さなければ聞こえない程度には生徒が近くにいない。


「俺達って、恋人……ってことで良いんだよな?」


 一週間……と言っていたから、もしかしたら無かったことにされるのではないかと思った。


「薫はどっちがいいの?」


 それは、俺が付き合っていたいと言えばこれからも恋人でいてくれるということなのだろうか――


「あたしは、薫が幸せならそれでいいよ。あたしでも玲菜でも。どっちかと言うと玲菜を選んでほしいけど。あ、でも他の人はちょっと……」


「俺は……」


「俺は?」


「……春菜がいい。いや、恋人は春菜じゃないと嫌だ」


「……薫――。あたしやっぱり性格悪いや。ちょー悪い」


「今更?」


「なによ。腹立つわね」


「冗談だよ。てか、どこが性格悪いっていうんだ」


「あのね……。あたし、嘘つきの偽善者だ。最低だ。気持ち悪い。……さっきできれば玲菜とって言ったじゃん?」


「ああ、言ったな。どっちかと言うと玲菜って」


「なのに、薫があたしがいいって言ってくれた時……。嬉しくってたまらなかった」


 逆だよ。今俺の方が嬉しくてたまらない。


「こんな嘘つきの偽善者で良いなら……」


 そう言って校庭に駆け込む春菜。折れていない健康な両足で走る春菜。


「これからもよろしくお願いしますっ!!」


 近くにいる生徒が一斉に俺達を見る。よく、恋人が自分たちだけの世界に入って周りを気にしないってことがあるけど、そんなことは無かった。恥ずかしかった。けれど……。俺はこんな照れくさくても春菜と幸せに歩いて行けるように。そのために。この世界を作ったようなものだ。


 俺達だけの世界ではないけれど、堂々と付き合っていこう。この世界と。



 春菜と。

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