独りぼっちへの贈り物
それはいつも一人でいた俺に、神様がくれた贈り物。
とても大切だったはずなのに、いつの間にか無くしていた。
無くしたことに気づいた時には、もう遅かった。
これは、そんな馬鹿で愚かな俺の話。
教室の隅で今日もいつも通り独りで過ごしていた。
昼休みだと言うのに、クラスメイトは誰も話かて来ない。
俺から話し掛けても良いのだが、どう話し掛けて良いのか分からない。
普通に話し掛けようにも、何を話したらいいのか考えたり、緊張してしまったりする。言葉に詰まって上手く話せなかったり、話せたと思ったら、何を言ってるのか分からないと云うように、コミュニケーションが苦手だ。
いわゆる、コミュ症と云うやつだ。
でもそれだけなら、勇気を持って話し掛けて友達の一人や二人位は既に出来ていたかも知れないし、コミュ症ではなかったと思う。
一番の問題と言えるのは、目つきが悪い事だ。
ただそれも、気にしない奴と友達にでもなれば早いのだが、そうもいかない。
中学生の頃に、喧嘩で相手を病院送りにしたとか、高校生をボコボコにしたと言う根も葉もない噂がいつの間にか広がりだした。
噂は校内中に広がったと思ったら、尾ひれがついて独り歩きしていた。
そんな噂を聞いた上級生たちに絡まれる様になり、呼び出されて殴られる様になっていた。
俺は殴られても手を出す気は無かったし、喧嘩をしたことが無いからただ殴られるのを耐えていた。
他にも上級生だけじゃなく、先生たちの一部も噂に惑わされてか、俺の事を要注意人物として見る様になっていた。
そして、昔仲が良かったクラスメイトも目を合わせようとしなくなり、話し掛けようとして来なくなった。俺から話し掛けに行っても、逃げて行くようになっていた。
それ以降、他人に迷惑を掛けないようにと何もしないで独りで過ごすようになった。
そうして、中学を卒業して高校に入学にしたが噂は益々広まっており、結局高校でも独りで過ごすようになった。
今日も、周りが友達と楽しそうに過ごしているのを眺めながら、何もしないで昼休みが終わる。
放課後は何もないか、先輩に呼び出されるか、下校途中に他校の生徒に絡まれるかのどれかが待っている。
変わらない毎日の中でふっと思う事がある。
友達と昼休みや放課後を一緒に過ごしたりしたいな。殴られる俺を助けてくれるような、友達とかできないかなと。
他人と関わると怖がらせる事しか出来ないからと、関わってこなかった俺にはそんな友達は出来るわけもない。友達の作り方も忘れてしまったのだから。
「痛ってー」
ある時の放課後、校舎裏で俺は先輩に殴られた腹を抑えながら座り込んでいた。
思ったより深く入った拳が痛く、帰るには少々辛く、痛みが引くまでと座って休んでいた。
「保健室行かないの?」
いきなり、話かてくる声が聞こえて顔を上げると目の前に一人の生徒が立っていた。
優しそうな目で心配そうに見て、優しい声で話し掛けて来る男子生徒。
俺はそんな彼を見て、少し動揺した。
校舎裏だからと言って生徒が来ないと云う訳ではないが、俺が殴られていようが、ボロボロになっていようが話し掛けて来る奴は今まで誰もいなかった。
関わりたくないと分かる様に、目が合っても見て見ぬ振りを皆してきたが、目の前の彼は違った。
俺に対しての噂を知らないのだろうか。
「ねぇ、保健室行かないの?凄い傷だよ」
「……」
彼はもう一度声をかけ、手を差し伸べる。
俺はどう接したらいいのか分からず、何を言うべきか分からず頭の中は真っ白になっていた。
「ねぇ、行かないの?」
彼はもう一度尋ねる。その事に何か返事をしなくてはと思い、口を開く。
「…い、いい」
「本当に?」
「…あぁ。お前こそ、お、俺なんかに関わると、ろくなことない」
久々に話す会話に、コミュ症どころではなく俺はちゃんと話せているのか不安を感じる。
何か変な事言っているのではと思ってしまう。
「ん?どういう事」
「お、お前は、俺の噂、知らないの」
「知ってるよ」
「だったら」
何故、彼はこんな俺に関わって来るんだ。
噂の通り喧嘩で今から彼を殴って病院送りにしたり、俺に加担して先輩たちに目を付けられるかもしれないのに。
「噂が何?僕は君の願いを叶えに来たんだから」
「願い?」
「そう、神様に頼まれて君の願いを叶えに来たんだ」
そう言う彼だが、俺は神様なんかに何かお願いをしたという記憶は無い。
揶揄《からか》われているのだろうか。
「ユウ、友達になろう」
彼はそう言うと手を差し出す。
だが、俺は友達になろうと言う彼の手を取ろうはしなかった。
友達が欲しいと、何度思っただだろうか。その思いを叶えてくれる彼を、俺は受け入れられないでいた。
だから、手を取らなかった。
第一、神様に頼まれて友達になりに来たなんて変な事を言う彼を信用できるわけもない。
「僕は、ミツキ」
手を差し出しながら自己紹介する彼を無視して、一人で立ち上がり痛みを感じる腹を抑えながら、逃げる様にその場を後にした。
この時の俺は気付いていなかったが、独りぼっちの暗い世界に罅が入った事に。
その日以来、ミツキは俺を見掛ける度に声を掛けて来るようになった。
朝は「おはよう」と挨拶をしてきたり、昼は「何してるの」と気にかけてきたり、放課後は「一緒に帰ろう」と声を掛けてくれる。
それに対して、俺は無視していつも通りの独りで過ごすことを貫いた。
俺にとってミツキは眩しすぎる存在だった。
クラスの中心で、男子も女子も関係なく彼の周りに集まっていた。時には他クラスの子も彼の周りに集まる。多くの友達が居るミツキの周りは明るくて、眩しかった。
「何か用?」
他の友達と一緒に居たはずのミツキが、何時の間にか俺の前に来て言う。
「べ、別に。何も」
「そう?さっきから、ずっと見てたから」
見てたって、ミツキの事をだろうか。
見ていたつもりは無いが、無意識で見ていたのかもしれない。
「何かあったら、言ってよね。後、今日こそは一緒に帰ろうね。絶対だから」
そう言って先まで一緒に居た友達の元へと戻って行き、楽しそうに笑って話している。
どんな話をしているのだろうか、楽しそうだなとミツキの事を見ていた。
放課後、ミツキが来るよりも先に先輩方が、俺の元へと押しかけて来た。そのまま、俺は先輩たちに連れられ校舎裏へと連れていかれた。
いつも通り殴られるのだろ。先輩たちの気晴らしとして、殴られているのは解っている。
気が済むまで殴られる覚悟は出来てる。
そうして殴られていると、いつもと違い一人の先輩が止めに入った。
いつも後ろで殴られているのをただ黙って見ているだけだが、暴力を振って来る先輩達を束ねるリーダー的な存在。
「お前ら止めろ」
「何でスッか?」
「こいつ、抵抗もしなくて丁度いいのに」
「だからだよ。詰まんないんだよ。はたから見れば、俺らがリンチにしてるだけじゃん。だから殴るのはもう止めだ」
そう言うと、先輩はポケットからインシュロックを取り出した。
俺の手を後ろに持って行き、両方の手の親指同士をインシュロックで縛った。
そうして、体育倉庫に連れて行かれ、中に閉じ込められた。
「お前、友達いないんだよな。助けを呼んでも、誰か来てくれるかな」
扉の外から言うと、先輩たちは何処かへ去って行く足音が聞こえる。
助けを呼ぶにも携帯も鞄も教室に置きっぱなしだし、先輩達の言う通り助けを呼べるような友達は居ない。
手も縛られ、自力の脱出も不可能。
まだ放課後だし、運動部が片付けで倉庫を開けるのを待っていればいいと思い、俺は何もしないで座って待つ事にした。
暗くて、埃ぽい体育倉庫は、まさに独りぼっちの俺に相応しと言うかのような空間だった。
いつも慣れている独りぼっちだが、何だか怖く感じる。
子供じゃあるまいが、暗い場所で独りきり。誰も俺なんかを助けてくれない。誰も俺がここに居る事に気付かない。気付いても無視されるだろう。
友達が居ればこんな事にならないで、助けに来てくれるのだろうか。
そんな事を思ってしまい、考えると一人が寂しくて、怖くなる。
あの時ミツキの手を取っていれば、ミツキは友達になってくれて助けに来てくれただろうか。
ミツキの手を取らなかった事に後悔を感じる。
「…ミツキ」
ボソッと彼の名を呼ぶと、重たい扉の音と共に彼の声が聞こえた。
「何泣いてるのさ」
顔を上げるとミツキが扉を開けて、立っていた。
暗闇を照らしてくれるような明るい光が差した。そのとき俺はそう思った。
「ユウ、大丈夫」
「な、何でここに」
「約束しただろ。絶対、一緒に帰るって」
ミツキは近づいて来て、俺がインシュロックで縛られているのを見るのを二つの鞄を下ろした。
その一つは俺の鞄だった。
ミツキはもう一つのミツキ自身の鞄から、筆箱を取り出し、さらに中からハサミを取り出す。
「ユウと一緒に帰るため教室で待ってたけど全然戻ってこないし、校舎裏に行っても居ないから探したんだから」
パチンとインシュロックが切れる音がする。
「俺なんか無視して帰ればいいのに」
「だから、帰る約束しただろ。それに、友達がこんな事になってるんだから、助けに来たんだぜ」
「友達って…俺は、前にミツキが友達になろって声かけてくれた時、無視したのに」
友達なんかじゃないのに。声を掛けてくれても無視して、差し伸べてくれた手を取らなかった俺は、ミツキと友達になってない。
なのに、彼は俺の事を友達と言う。
「無視したから友達じゃないって。そんなの関係ないじゃん。ユウがあの時手を取っても取らなくても、もう僕たちは友達だよ」
その言葉を聞いた時、俺は涙をながしていた。
ぽろぽろと零れる涙は、俺の意思とは無関係に流れ続ける。
悲しくも、怖くも無いのに、止まらない涙を俺は止まるまで流し続けた。
ミツキは俺の横にそっと座り、俺の涙が止まるまでただ静かに待っていた。
俺しかいない暗い独りぼっちの世界に、ミツキが光が差し込んで暗い世界を壊してくれた。
きっと、前からその光は射し込んでいたのだろう。
だけど、前は眩しすぎて目を逸らし見ていなかったのだろ。
ミツキと友達になってからは、ミツキに連れらてクラスメイトとも少しだけだが関わる様になった。
最初は声を掛けようにも何と言えばいいのか分からず、見ていると怯えられてしまったが、ミツキがフォローに入ってくれた。
「そんなに怯えなくても、ユウは怒ってるわけじゃないんだから。ムスッとしてるような顔してるけど、生まれつきだから許してあげて」
「でも…」
「あぁ、喋らないのは照れてるんだよ。こう見えても、ユウってシャイな恥ずかしがり屋さんだから」
「ちょっ、ミツキ。変な事言うなよ」
ミツキに言われたことは本当で恥ずかしくなり、耳が赤くなっていた。
「でも、ホントだろ」
「そ、そうだけど」
「だったらいいじゃんか。皆に本当のユウを知ってもらわないと」
「で、でもなぁ」
ミツキのいう事は正論だった。
今の俺のイメージが悪いせいで誰も来ないのだから、そのイメージを払拭するには本当の俺を知ってもらうのが早い。
コミュニケーションが苦手で、喧嘩も出来ない。ただの、目つきが悪いだけの奴くらいには思って貰わないと怖がられるままだろう。
だけど、皆が俺に抱いているイメージを壊すのに気が引ける。
今までそのイメージで俺自身も生活して来ていたから、俺自身が変われるかも解らない。
「でも、じゃないだろ。そんなこと言ってると、僕以外の友達出来ないぞ」
「ミツキとユウって仲いいんだな」
と、怯えていたうちの一人が言うと、他の生徒も話に入って来た。
「つーか、二人を見てるとユウって俺らが思ってたより全然違うのが解る」
「そうそう。怖そうだけど、何か近くで見てると全然怖くない」
「ほ、本当」
「うん。なんか不機嫌な時の猫みたい」
「何それ?」
その発言には俺も意味が解らず、首を傾げた。
「えっ、解んない。俺ん家で飼ってる猫が不機嫌な時の顔に似ててさ、ユウが怖くないって事」
「それ解るの、お前だけじゃん」
「でも、猫に似てるとか、初めて言われた」
「っても、不機嫌な時の猫だけど」
そうして、皆でアハハと馬鹿の様に笑った。
ミツキと、ミツキの友達たちと一緒に初めて笑った。初めて喋った。
そうしてミツキの友達だった彼らは、俺の友達にもなった。
憧れていた友達と過ごす休み時間と言うのは、一人で過ごす時間より遥かに楽しい。
放課後も彼らと一緒に帰ったり、遊んだりしたいと思った。
だが、放課後はいつもの様に先輩達からの呼び出しが掛かる。
友達が出来たからといっても、流石に先輩達からの呼び出しを無視するわけにもいかない。
無視でもして先輩たちの気を損ねれば、俺以外の誰かに手を出すかもしれないし、俺に対して何か嫌がらせしてくるかもしれない。それで、友達が傷つくかもしれない。
もしそんな事になって、友達を失うことになるのは嫌だ。
だから、俺は放課後先輩たちに元へと行こうとするのをミツキは止める。
「行くの」
「無視でもして、先輩達刺激するの良くないし」
「だったら、勝ってこい」
「どうやってだよ。俺が喧嘩苦手なの知ってるだろ」
勝てと言うミツキだが、俺が喧嘩をしたことが無く、人を傷つけることが嫌な事は知っているはずだ。
それなのに勝てと言うがどうしろ言うつもりだ。
「知ってるよ。喧嘩も人を傷つけるのも嫌な事は。だけど、ユウが傷ついていい訳じゃない。だから僕も一緒に先輩の所に行ってやりたいけど」
「ミツキは来るなよ。ミツキが傷つけられるの俺は見たくないから」
先輩達の事だからミツキの事も殴るだろうし、俺の友達だと知れば容赦なく俺への嫌がらせにミツキを使うだろう。
そんな事にはしたくないから、来ないで欲しい。
「そう言うだろ。だけど、それは僕も同じ」
俺が言うと、そう言うと解っていたかのように言葉を続けた。
「だから、ユウも傷つかず、先輩たちも傷つけないで勝って来い」
「どうやってだよ」
「無抵抗で殴られんじゃなく、睨み付けて、大きく振りかぶって殴る素振りで寸止め。で、次は当てるとでも言ってこれば」
簡単に言うけど、ミツキが言う事は俺には難しく思える。
睨み付けて先輩を怒らせるじゃないかと思ったり、旨く寸止めを出来る自信はないと不安だらけだ。
「一発だけで良い、かまして来い」
そう言って、俺の背中をバシッと叩いてミツキは俺を送る。
叩かれた背中はジーンと少し痛いが、心の中にあった出来ないかもしれないと言う思いや、不安は無くなっていた。
よく解らないが、後ろにはミツキが付いていてくれる様な気がした。
先輩達の元へと行く俺の足取りは、いつもより軽かった。
先輩達に連れられて行ったいつもの校舎裏で、先輩達は俺を取り囲み指をポキポキと鳴らす。
俺はいつもだったら、俯いて殴られるのを耐えているだけだ。
だが今日はミツキに言われた通り、先輩達を睨み付ける。
「おい、何こっち睨んでるだよ」
「俺らとやろうってか」
先輩に言われても、俺はジッと先輩達を睨み付ける。
「君、そんな顔もするんだね」
後ろでただ立って居るだけの先輩がそう言って近づいてきた。
「そう言えば、あの時どうやって体育倉庫から出たんだい?誰かが開けてくれるのをずっと待ってたのかな?」
「……キが…けてくれた」
「はぁ。何だって聞こえない」
人を見下すように薄ら笑いを浮かべながら言う先輩に、俺は声を出すが小さくて先輩の耳に届く前にほとんど掻き消えた。
もう一度言おうと、小さく息を吸って声を出す。それは俺が思ったよりも大きな声で言っていた。
「ミツキが、俺の大切な友達が助けてくれた」
「君に友達なんか居たんだ。後でその友達も少し教えてあげないとといけないな。君に関わると碌な事がないって」
先輩のそんな言葉に俺はいつの間にか、先輩を標的として睨み付けて拳を握っていた。そんな拳には目いっぱい力が入っていた。
「でもまずは君からだよ。いつもは無抵抗だから詰まらなそうだけど、今日はそんなつもりなんだろ」
先輩は腕を振り上げ殴りに来る。
俺は無意識に先輩の拳を交わすと、俺自身の腕を思いっきり振り上げて殴りに行く。
今ここで先輩達を止めないと、次にミツキが先輩達に狙われる。俺の大切な友達が傷つけられる。
そんな想いで、俺の頭はミツキに言われていた事を忘れていた。
思い出したのは、先輩に俺の拳が届く少し前だった。
先輩を殴って人を傷つけてしまう。寸止めで止めるには拳の勢いが強すぎて殺しきれない。
もう当たると思った拳は、空を切る様な音を立てて終わった。
殴られるはずだった先輩は腰が砕けたように尻餅をついていた。
俺は殴らずに済んだことに、内心ホッと一息着いた。
「次は当てる」
と、ミツキに言われた通りに言うと、先輩は多少なり怯えているように見えた。
他の先輩たちは、固まってその場から動けなくなっていた。
その光景を一見して、俺はもう手を上げる気も無くその場を立ち去る。
その前にもう一言だけ、先輩達に言い残していく。
「後、俺の友達にも手を出さないでください」
教室に戻ると、ミツキが俺の席に座っていた。
「お帰り。で、どうだった」
「ん。まぁ…ミツキが言った通りには」
何とかなった。
先輩を殴りそうになったが、当たらなかったからミツキの言う通りはなったものの、当たっていたらどうなっていたか。
それにミツキは寸止めと言っていた事さへ、今考えれば無理だった様な気もする。
一瞬冷静さを失って先輩に思いっきり拳を振ったが、寸止めを考えながら拳を振っていても目の前で上手く止めるなんて出来なかったような気もする。
思い出して寸止めをしようとしたが出来なかったんだから、先輩が尻餅をついてくれて本当に助かった。
「やるじゃん」
ミツキに言われたその言葉が、嬉しくて、むず痒くて、なんだが照れ臭かった。
「じゃあ、帰ろうぜ」
そう言うとミツキは俺の席から立ち上がり、ドアまで歩いていく。
俺は机の横に掛けてある鞄を取ると、ミツキと一緒になって教室を出て行った。
それからというもの、放課後に先輩たちは来なくなり鳴りを潜めている様だった。
そのおかげとでも言うのか、ミツキやクラスメイト達と過ごす時間が増えた。
一緒に昼休みを過ごしたり、放課後にカラオケに行ったり、休日に遊んだりと楽しい日々を過ごした。
最初はミツキ一人だったけど、ミツキの友達やクラスメイト達と徐々に話したりしているうちに、たくさんの友達が俺の周りには居て、コミュ症で独りぼっちだったころの俺は何処かへと消えていた。
悪い噂は完全に無くなった訳じゃないが、校内で信じる人は少なくなった。
けれども友達と遊びに出掛けると他校の生徒は噂を信じて喧嘩しに来る人もいるけど、周りの友達が止めてくれるし、俺を庇ってくれる。
それでも喧嘩腰の相手には前にミツキに言われた通りに、相手を睨み殴るのを寸止めで止めて一言言って終わる。
意外と相手がビビってくれるため効果は覿面で、その後は大方喧嘩しに来ない。
友達もその姿の俺に多少は怯えるが、その後は普段通りに接してくれる。
楽しく遊んで、他愛も無い馬鹿話で笑って毎日過ごしている。
そんな俺はいつの間にか、クラスの中心にいた。
元々そこにはミツキが居た場所に今の俺は居て、俺の隣からミツキが居なくなっているのにも気づかないでいた。
気付いた時には遅く、何時からミツキが居なくなったのか分からないでいた。
だから友達に訊いた。
「ミツキってどこに行ったか知ってる?」
「えっ、そんな奴居たっけ?」
「俺たちのクラス?それとも他クラス?」
「どんな奴だっけ?」
「明るくて、優しくて、クラスの中心にいつも居たじゃん」
「ん?それ、ユウの事じゃねーの」
「うん。いつも私たちの中心はユウ君だったよね」
その声に、うんとでも言うように頷く皆に一瞬「えっ」と思ったが、冗談で揶揄っているんだと思った。
ミツキは俺に黙って、何処かへ引っ越しでもして俺の前から居なくなったんだ。
「それに優しい」
「先輩達に絡まれても、脅しで一発殴る素振りで、相手を傷つけないで勝ってくるし」
「相手まで気遣うほど優しいもんな」
「そうそう。それに、俺たちの中心で明るく楽しく笑ってるじゃねーかよ」
違う。それはミツキだ。
皆の中心で明るく笑って、優しく俺に手を差し伸べてくれたミツキだ。
先輩の話はミツキが俺に勇気くれて、戦い方を教えてくれたから出来ただけで、ミツキが居なければなしえなかったことだ。
だからそれは全部ミツキの事だ。俺の事ではない。
皆は皆してたちの悪い冗談を言っているだけに過ぎない。皆に訊くよりも携帯があるのだから、ミツキに直接連絡を取ればいいじゃないか。
「ちょっと、ゴメン」
そう言って、皆から離れて教室を出て行く。
廊下に出て早々に携帯を取り出して電話帳を開きながら、速足で歩いていた。
何処へ行くでもないが、教室の近くには居たくなかった。
ミツキを忘れてしまった、存在してなかったように言う皆のそばに居るのが辛かった。だから少しでも離れたところへ向かって歩いていた。
電話帳をスクロールしながらミツキの名前を探す。
元々多くの人を登録していないからすぐに見つかるはずだが、ミツキの名前を見つける事が出来なかった。
見逃したのかと思い、俺は階段の踊り場で立ち止まり、ゆっくりとスクロールしながらもう一度一通り見るが名前は見つからない。
俺は一度電話帳を閉じて、よく連絡を取るメールアプリを開いてトークの画面を見るが、ミツキと連絡を取り合っていた履歴は無くなっていた。
「嘘だろ……」
居なくなるにしても、皆の記憶と俺の携帯から消えるなんて在りえないことだ。
いや、携帯からデータを消すのは簡単だ。だが、いつも持っていたのだから俺から奪いでもしない限りデータは消せない。だが携帯をミツキに渡したり、誰かに奪われたりした記憶は無いから在りえない。
何より、皆の記憶から消えている事が最も在りえない。
催眠術だとしてもクラスメイト全員からミツキを消して、俺に書き換えるなんて芸当が出来る奴なんて存在しない。
どういう事なのか、いまいち現状を受け止められないで、俺は同じことをグルグルと考えている。
何故ミツキが居なくなったのか。どうやって居なくなったのか。どうして居なくなったのか。
考えても考えても分からなくて、込み上げてくるやり場のないどうしようもない気持ちに打ちひしがれていた。
階段に腰を下ろすと窓ガラスに映った自分の姿が目に入り、自然と溜め息がこぼれる。
今のこんな俺を見たら、クラスメイト達は幻滅しそうだなと、少し冷静になった俺は思っていた。
皆が見ている俺はミツキの様な俺で在って、目の前に居る今の俺は皆が怖がっていた時の俺だ。
ミツキが居ない事に気づかないでのうのうと楽しく過ごして、居ない事に気づいた途端に慌てて何も出来なく昔に戻る馬鹿な俺を見て苦笑した。
「……ミツキ」
呼んでみても、現れるわけも声を掛けてくれるわけもない。あの時みたいに手を差し伸べてくれるわけもない。
「どこ行ったんだよ…。いつ、俺の前から居なくなったんだよ…」
頭を垂れて言っても答えは返ってこない。
何時から居ないとか思い出そうとしても、いつもそばに居た記憶しか思い出せない。
二人でカラオケに行ったりゲームセンターで遊んだり、出掛けたりした思い出。
他愛も無い事で馬鹿に盛り上がって笑い話したことや、時折「神様に」と変な事を言うミツキの事ばかりだ。
初めて会った時も「神様に頼まれて来た」とか変な事を言っていたそんな奴と、友達になるなんて思っても無かった。
「神様か…」
ミツキがよく言ってた神様の巡り会わせで、俺たちは出会って友達になったと云うなら、ミツキを返してくれ。
神様に頼まれてミツキが俺の友達になりに来たと言うなら、友達になってお別れってないじゃないか。
周りに沢山の友達が出来たからって、一番の友達が居なければ楽しくなんて無い。
寂しくて、独りぼっちの時と何にも変わらない。
だから、神様がいるならミツキを、俺の親友を――。
今まで信じていなかった神様と言う存在にこれほど強く思い、願ったのは初めてだった。
ミツキの事を考えて、神に願って長い事過ごしたような気がする。
だが携帯の時計を見ても、三十分ほどしか経っていなかった。
丁度携帯を見たとき、メッセージアプリの通知音がなった。
ミツキからなんじゃないと言う逸る思いで、メッセージアプリを開く。
送り主はクラスメイトの一人からだった。
『大丈夫?そろそろ、帰るけどどこに居るの?』
大丈夫と心配してのメッセージだ。
クラスメイト達にには何も言わないで出てきて一人で三十分も居れば、俺にとっては短くても、周りはそうではないかもしれない。
それにもう、帰る様な時間になっていた事を実感した。
返信を送ろうと言葉を入力すると、返信前にもう一通メッセージが来た。
『この後ゲーセン行くけどどうする?ユウさっき元気なかったみたいだけど』
ゲームセンターへと遊びに行くような気分じゃないが、続きの文を読むかぎり気遣ってくれている様だ。
俺はゲームセンターに行くかは考えるも、『今から教室に戻ると』短く返信を送る。
教室へと戻る足取りは重かった。
気付かなければ今まで通り幸せに過ごせていたのかもしれないが、気付いてしまった今、皆にどう接していいのか怖くなる。
そう思っても教室はもう目前で、扉の前で立ち往生する訳もいかなく開ける。
教室ではミツキの次に友達になった三人が待っていてくれた。他の皆は帰宅したり部活動に行ったようだった。
「ユウ、帰ろうぜ」
「ちょ、ゲーセン行くんだろ」
「ユウが元気ないから、元気づけにゲーセンで遊ぼって言ったじゃん」
心配して、気を遣ってくれる三人に俺は感謝と同時に「ゴメン」と呟いていた。
「何か言った?」
「ん、何でもない」
心配も気遣いもしてくれて、笑いかけてくれる大切な友達なのに、ミツキの事で一杯になってどう接していいのかとか、怖いとか思って悪いとおもった。
怖い事なんて無いのに、いつも通り接すればいいのに、ミツキが居ない時なんていくらでもあったのに、それを今更と云うくらい不安になったりするなんて馬鹿だ。
俺は小さく深呼吸して気持ちを切り替えて、机にある鞄を手にして「それより、ゲーセン行くんだろ。早く行こ」と無理に笑って言い、教室を出て行く。
昨日は皆に心配を掛けてしまい気を遣わせてしまったが、俺の気持ちは晴れなかった。
皆と遊んだのは楽しかったが、いつも居た場所にいつもの人が居ないと寂しさを感じてしまった。
また友達やクラスの皆には心配を掛けない様にと、俺は無理に笑って次の日を送っていた。
それと同時に、あの現実を未だに受け止めれず一人でミツキを探していた。
だが皆に、このところ無理に笑っていて、何かをしているとすぐに気付かれた。
その時は皆に色々と何をしているのか聞かれるは、結局は心配を掛けたりしていた。
だから何をしているか話はしたが、ミツキの事や皆の記憶が書き換えられてるなんてことは言えなかった。
「昔、仲の良かった友達が何処かに行っちゃって、連絡先知ってる人探してるんだ。メアドとか変えたらしくて」
と、在りえそうな感じの話にして話した。
皆は口々に「そうなんだ」や、「知り合いにでも訊いておくよ」と言うからミツキの名前だけを教える。
その名前を上げた時、誰でもいいから反応してくれたり、記憶が戻ればと思ったがそんな事は無かった。
その後、誰もミツキを知ってると言う人は居なかったと教えてくれるだけで、徐々に皆の記憶からミツキと云う存在はまたも消えて行っく。
俺の中には強く存在しているのに。
もう居ないのだから、昔と今を割り切らないと思いながらも割り切れないでいた。
気持ちとしては割り切ったのだが、携帯の電話帳にミツキと名前だけ登録していた。
電話番号もメールアドレスも空白で連絡も取れないのに、未練がましく登録して消せないでいる。
そしてもうすぐ、俺がミツキが居なくなったことに気付いて三年になる。
高校を卒業して大学に入って半年ほど経つが、ミツキはどこにも居なく音沙汰もない。
それでも、今日も今日とて楽しく日々を過ごしていた。
友達と遊んだり、一緒に課題をやり、新しくバイトも初めて色々な出会いもしたが、満足に笑えなくなっていた。
ミツキが居ない埋まらない寂しさを埋める為だけに利用する様に一緒に居て、申し訳ないと思っていた。
それに、ふと気を抜くと昔の怖がれていた頃の俺が現れて、それを隠すように笑っている俺が居るのを知ったからだ。
今の皆は昔の俺を知らなく、その頃の俺を見たらまた怖がられ独りぼっちに戻ってしまいそうで無理にでも笑っていた。
その生活に疲れや息苦しさを感じて、時折独りで過ごす時間を作っている。
独りぼっちになってしまえば解放されるのだろうが、独りぼっちになるのは昔の暗い世界に戻るのと同じだ。
ミツキが居ない今、独りになった俺に今度は誰も手も差し伸べてくれないかもしれないから、独りぼっちの暗い世界にはもう戻れない。戻るのが怖い。
そして今日も、人気のない堤防沿いで独り膝を抱えて座り過ごしていた。
「何してるの?」
と、声を掛けられるまでは。
掛けられる声は心が温まる様に優しく、どことなく記憶の中のミツキに似ていた。
だが、そこに居るのはきっと彼じゃない、知らない赤の他人だろうと思うと、心が寂しく冷えていく。
「いや、特に何もしてなく」
そう言い、その場から離れようと立ち振り返ると涙が零れた。
「久しぶりで良いかな?ユウ」
俺はそこに立つ彼を見て言葉を失った。
三年前と何も変わらず、いや背と髪は少し伸びているが昔と変わらない彼が居た。
「もしかして、ユウからも記憶消えてたかな?」
「ミツキ」
「うん。覚えていてくれたんだね」
俺が名前を呼ぶとミツキは笑う。その笑顔も見るのも久しぶりだが昔と変わっていなかった。
「忘れるわけないだろ」
「そっか」
「今まで何処に居たんだよ。いつの間にか消えてどれだけ心配して不安になったと思ってるんだよ。皆の記憶からミツキの事消えてるし、携帯からもデータ消えてるし、どういう事かわけが分からなくなるし――」
今までも気持ちを俺はミツキにぶつけていた。
自然と溢れて来る涙を流しながら、ミツキが消えた事に気づいた日に思った事から、今日までの気持ちを全てぶつけていた。
涙が枯れる頃には全てをぶつけており、疲れたが気持ちが軽くなってスッキリしていた。
「ユウ、ゴメン。独りにさして」
「俺の方こそ悪い。ミツキが居ない事にすぐ気づかなかった馬鹿な俺が悪いのに、色々言ってさ」
「でも、ユウに何も言わなかった僕も悪いから」
「そうだな。それで、三年間どこに行ってんだよ」
「神様のところ」
昔のように変な事を言うミツキだが、それがミツキらしく昔と何も変わらない事を実感していた。
「それで、今度こそユウの願い事を叶えに戻って来た」
「また、神様に頼まれてか」
「その通り」
ミツキが神様に頼まれて叶えてくれる俺の願いとは何なのだろうか。
昔も同じ事を言っていたが、その時は願いを叶えたのだろうか。そもそも、俺の願いとは何だったのだろうか。
「じゃあ、俺の願い事って?」
「それはユウ自身が一番分かってるんじゃないかな。ユウが神様に昔願った事だから」
俺は昔、神様に何を願ったのだろう。
いや、俺が神様に願ったのは、ミツキが居なくなった事に気がついた三年前のあの時だけだ。
『ミツキを、親友を帰して欲しい』と強く思い、願ったあの日。
だからもう、ミツキは神様に頼まれた俺の願い事を叶えてくれている。
「ありがとう」
願いを叶えてくれた神様とミツキに俺は小さな声で、心から感謝して呟く。
「ん?」
「願い事は頑張って思い出してみるよ。それより、ミツキはこの後どうするの」
「そう言えば何も考えてなかったけど、ユウって今一人暮らしだよね」
「何で知ってるんだよ」
「神様の元で見ていたから」
久々に偽らなない素の俺自身で思いきり笑った。
この先、将来は互いに道を違う事になるだろうけど、この仲は永遠に続いて欲しと俺はまた神様に願いをする。
今度の願いは何時になったら神様は叶えてくれるのだろうか。
それとも、今回はもう叶えてくれているのだろうか。
shian-fileです。
読んでいただきありがとうござす。
やっと、書きたいのがかけた様な気がします。
まだまだ、作品ネタは尽きないのでゆっくりだけれど書いては行くので見かけたら、また読んでください。
ちなみに今回の作品、読んでいただいた方の中ではBLと思う方もいるかもしれませんが、そんなの私の中では考えてないので。
そう思った方は脳内で美味しく彼らを調理してやってください。
では、また会えるときに。