ご栄転で湖の屑拾い
ELEMENT冬号のテーマ創作「星」に参加した作品です。
イラストは会長の葵生りんさんが描いてくださいました。
係長「えー、ここで良いんだな?宿舎件、作業所」
― 扉を開ける。
係長「すみませーん。星野です!根古部長はいらっしゃいますか!」
部長「はいよー、今行くぞー」
― 宿舎の奥から根古部長登場。
部長「おう、よく来たな、係長」
係長「・・・」
部長「何をそんなに俺のことを見つめている。ホレたか?」
係長「しゃ、喋った!ね、猫が喋った!」
部長「お、生意気に、呼び捨てにしたな?失礼な奴だな。よし、俺もお前のこと星野って呼び捨てにしてやる。まあ、立ち話もなんだ。こっちへ来い。あ、靴はそのままで良いぞ」
― 根古部長、しっぽを立てて、宿舎の奥へ歩いて行く。勿論四足。
係長「は・・・え?・・・はいぃ?」
― 係長、慌てて着いて行く。
― 食堂に入って、根古部長は机の上へ飛び乗る。
部長「ま、そこにでも座れ」
係長「・・・はい」
部長「さて、自己紹介といくか。俺は部長の根古だ。よろしくな」
係長「・・・はい?」
部長「大丈夫か、お前。まあいい。お前が喋れないなら、俺が喋ろう。お前は、星野だな。本社から左遷されてきた係長だろ?」
係長「左遷て!左遷て、言わないでショ、普通!一応、栄転ってことで、俺、係長になって、栄転ってことで、ここに来たんすよ!」
部長「お、やっと喋ったか。栄転って二回言わなくていいから。まあ、細かいこたぁ気にするな。だいたい、どー考えたって、左遷だろ」
係長「ぐっ」
部長「こんなところ、来るやついないからな。・・・本当は、もう一人いたんだけどな」
― 部長、急にしんみりと話し出す。
部長「冬が来る前にアイツ・・・」
― 部長、ズっと鼻をすする。
部長「俺と2人だったから、身体が弱いのに頑張ってくれて、俺が一人になるのをすごく心配してくれてな、いつだって助け合って生きてきたからよ、ホントアイツ良いヤツだった。天国に行っても、俺のことずっと見守ってくれるって言って、逝っちまったんだよ。アイツがいなくなっちまって、俺だって寂しかったけれどよ、星空を見るたびに、アイツのこと思い出した。いつだって人思いで、優しいやつだったよ。
だから、アイツきっと、お前が来てくれて喜んでいると思うんだ。俺のこと心配してくれていたからさ・・・」
係長「そうだったんですか・・・そんな辛いことがあったんですね。でも、良い方だったんですね。僕、なんだかウルっとしてしまいましたよ。その方に恥ずかしくないように、僕も部長と、一生懸命働きます」
カエル「わたしもですぅ。なんて良いお話しなんでしょうか」
― 泣きながらカエル登場。
係長「うわ!カエル!?って、また、カエルが喋ってるし!なんなんだ!」
カエル「良いお話しですねぇ」
部長「ま、お前のことだけどな」
カエル「わたしのことでしたかぁ」
― 部長とカエルは朗らかに笑いあう。係長、カエルと根古部長を交互に見る。
係長「冬前に天国に行ったもう一人って・・・?」
部長「冬眠していたカエルさんだよ」
カエル「どうも、カエルです。よろしくぅ」
係長「だー!なんなんだ!猫が部長で喋ってるだけでも頭おかしくなりそうなのに、カエルまで喋ってるし。しかも、部長の話、ウソだし!」
部長「ウソなんてついてないよ。心外だな。まあ、良いじゃないか。世の中こういうことだってあるんだよ。な、左遷くん」
係長「左遷じゃないですから!」
部長「左遷だろ、どう考えても。何やらかしたんだ?言ってみろ、ホレ」
― 係長、ジロりと部長を見て、そして少し遠い目をする。
係長「だって俺、真面目に人の役に立ちたいと思って、公務員になって、キツイけれど、クリーン業に着いたって言うのに、俺が真面目だからって、俺にしかできないからって、こんなドデカい湖の屑拾いをさせられるなんて、どうしてか分からないですよ!」
部長「ほら、左遷じゃないか。まあ、いい。どうして真面目な星野が左遷させられたか、俺にはなんとなくわかったよ」
係長「ホントですか?」
部長「ホントだ。じゃあ、どうしてか当ててやるから、今から俺が言ったことに当てはあるものには○(まる)をしろ。
1、真面目である。
2、名前が星野である。
3、カエルが苦手でない。
4、猫アレルギーがない。どうだ?」
係長「全部○(まる)ですよ」
部長「だろうが!だから、ここに来たんだ」
係長「はぁ?なんっすかそれ、名前が星野って!それだけですか!?」
部長「それだけだ。でも、そのそれだけの条件に合うヤツはなかなかいない。お前、見込あるぞ。左遷じゃなくて栄転かもな」
― よくわからないけれど、褒められたようで、星野は少し照れた。
部長「じゃあ、左遷理由がわかったところで、ここの仕事の説明をする」
係長「はい」
部長「まずは歩きながら話そう。ついて来い」
― 部長と星野は連れ立って、宿舎を出た。湖までの一本道を歩いて行く。
部長「仕事は、午後から夜中までだ。午前中は休み」
係長「そうなんですか?夜勤ってことですか?」
部長「まあそうだな。日勤とは言わないな。午後3時から日没までが湖で釣り」
係長「釣り?」
部長「そうだ。俺のために魚を釣る」
係長「はぁ?」
部長「良く釣れるから、お前も食べて良いぞ」
― 話しながら歩いていると、湖に出る。湖のほとりに小舟があり、二人でそれに乗り込む。
部長「ホレ、乗れ。そして、漕げ」
係長「僕が?一人でやるんですか?」
部長「当たり前だ。俺が漕げると思うか。釣りだって、俺にできるはずもない」
係長「・・・今までどうしていたんだ」
部長「疑問はもっともだが、それには答えられない。企業秘密だ」
係長「企業秘密って、同じ企業に勤めてるんですけど?」
部長「まあ良いから、釣りでもしてみろ」
係長「はい」
― 言われた通り、素直に釣り糸を垂らすと、すぐに魚がかかった。
部長「食べる分だけ釣るんだぞ。それが午後の仕事だ」
係長「はい」
― のんびりと釣りをしながら、根古部長の話を聞く係長。
部長「屑拾いは夜、7時から10時だ」
係長「それだけですか?」
部長「それだけだ。お前、屑拾いの仕方知ってるか?」
係長「いえ、知りません。おっと」
― 魚が釣れて、上手くキャッチする係長。バケツにはすでに魚が3匹も入っている。
部長「屑はその時間だけしか降ってこない。まあ、一日に5個も落ちて来れば多い方だ。のんびりゆったり、構えていて良い。だけど、屑が落ちてきたら、すぐに拾い上げること。湖の中に落ちるとすぐに屑の色が湖におちてしまって、湖がどんどん汚れてしまう。この魚も食べられなくなる。だから、屑拾いは大切なんだ。ヒマそうな仕事だけど、それを嫌がらずに、責任を持ってやってくれるヤツがここには大切なんだ」
係長「はい」
部長「さ、じゃあ、今日の午後はここまで。岸に戻ってバケツを洗ったら、魚をさばいて食べようじゃないか」
係長「え、もう?」
部長「もう十分釣ったからな」
― 係長は小舟を岸に戻し、バケツを洗って、宿舎で魚をさばいた。
― 夕飯は係長と、根古部長と、カエルさんで、楽しく食べた。
部長「よし、じゃあ屑拾いに行くか」
― 夜7時になると、根古部長が号令をかけた。
係長「うわ、もう真っ暗ですね」
部長「この辺は、明かりなんてないからな。まあ、月と星が出てるから大丈夫だ」
― そうして湖に出た。
係長「うわぁ!すごい!」
部長「すごいだろう。どうだ、この星の多さは、都会にはないだろう。ほら、船に乗れ」
係長「はい・・・うわぁ、湖も星が映って、星だらけじゃないですか」
部長「良いから、網を持て。屑は網ですくうんだぞ。バケツに水は入れなくて良い。湖の真ん中まで行け」
係長「はい」
― 係長は湖の真ん中まで船を漕いだ。辺り一面が星空と湖に映る星空だった。
― その中に浮かぶ小舟と、星野と猫のシルエット。
部長「星野、早速屑が落ちるぞ、あっちだ!」
係長「流れ星だ!」
― 星野の上を白い流れ星が通り過ぎ、根古部長の指した方へ落ちて行った。
部長「見惚れてないで、良いから、船を漕げ」
係長「はい!」
― 流れ星は湖の中にポシャンと軽い音を立てて落ちた。
部長「早く掬え!」
係長「え、アレを?」
― 手を伸ばして、網でそれを掬う星野。網の中には昼間に釣った魚と同じくらいの大きさの、キラキラ光る球が入っていた。
部長「それが屑だ。バケツに入れろ」
― 屑をバケツに入れると、屑はすぐに縮み始め、みるみるうちにビー玉ほどの大きさになった。
係長「うわ~、何だこれ!すごい!屑って、星屑のことか!」
部長「この状況で、何だと思ってたんだ」
係長「だって、知りませんでしたよ!あ、部長、これ、触って良いですか?」
部長「おう、別に熱くもないからな」
― 恐る恐る、小さくなった星屑を触る星野。
係長「え、えへへ、なんだぁ。金平糖じゃないか。光ってら」
部長「食べても良いし、ビンに入れて売っても良いぞ」
― 星野はそれを口に入れ、カリンと噛んだ。甘くて柔らかい味がした。
係長「えへへ、甘い・・・部長、左遷もそんなに悪くないですね」
部長「なに、ニヤニヤしてんだ。それにほら、栄転だろう?それが分かるヤツじゃなければ、ここには来ない。お前はなかなか見込みがあるよ」
― 満天の星の空に、小舟が浮かんでいる。一人と一匹のシルエットがのんびりと空を仰いでいる。