セシル家の朝
「我が愛しの妹、チェルシー!ただいま。お前に会えないこの2日間はまるで地獄のようだったよ。さぁ、お兄様にお前の可愛いお顔を見せておくれ。」
「…おかえりなさい、兄さん。いっそのこと帰って来なくても良かったのよ?」
「もしやチェルシー、拗ねているのかい?あぁ、すまない!お前にはさみしい思いをさせてしまったね。さぁ、お兄様の胸の中においで。存分に甘えなさい。」
「朝食の準備がちょうど出来た所なの。先に行っているわね。」
「照れなくてもいいんだよ。まったく、お前は可愛いね。お兄様をこれ以上困らせてどうしたいんだい?むしろ、どうされたい?」
「黙って欲しいわ。」
2日ぶりの兄はやはり、通常運転で頭を抱えたくなる。
私はため息をつき、朝食の場に向かうため、兄に背を向け歩き始めた。
「…珍しい。」
ぼそっと兄がそう呟いた。
私は思わず振り返り、首を傾げた。
すると兄は私に近づき、遠慮なく私の顔をのぞき込んできた。
あまりにもまじまじと見つめてくるので、少し仰け反る。
「何よ。」と怪訝な顔つきで兄を睨めば、不思議そうに首を傾げた。
「いや、チェルシーが化粧をしているなんて珍しいと思ってね。」
ドキリとした。
思わず目線が泳ぐ。
「変?」
「そんなことないよ。大人っぽくて素敵だよ。一体どうしたいんだい?」
泣き顔を隠すため、なんて言えない。
言ってしまえば、何故泣いたのかと問い詰めてくるのが目に見えている。
面倒くさい男なのだ。
何故、私の周りには面倒くさい男しか居ないのだろう。
「兄さんが帰ってくると思って化粧をしてみたの。」
咄嗟に嘘をついた。
そんなこと微塵も思っていない。
兄のために粧し込んでも何の利益もない。
面倒くさくなるだけだ。
「チェルシー…!なんて兄想いなんだ!お兄様は歓喜で胸が打ち震えているよ…!」
兄は満面の笑みを浮かべ、私を見つめてきた。
その眩しさで、目を開けることが出来ない。
とりあえず、兄を騙せたことに安堵し(兄に対し罪悪感なんて感じない)、再び前を向いて歩き出した。
「薔薇の香水もつけているんだね。」
―薔薇の香水
そんなものつけていない。
なら、どこで薔薇の香りが付着した?
脳内に薔薇で飾られた小さな部屋が過ぎった。
(気付かなかった…。)
手先がふるりと震えた。
「…変、かしら?」
「そんなことないよ。チェルシーに合っている。」
「そう、良かった。ありがとう。」
動揺が伝わってしまわぬよう、いつもどおりの抑揚で言葉を紡いだ。
さり気なく自身の香りを嗅ぐが、何の匂いもしない。
どうやら私の鼻はあの部屋の香りに慣れてしまっていたらしい。
(余計なお土産を貰って来ちゃったわね。)
「で、いつ薔薇の香水なんて買ったんだい?」
「忘れたの?兄さんが昔買ってきたものじゃない。」
「そうだったかい?」
「そうよ。」
「そうか…。」
納得したように頷く兄。
気付かれるのも時間の問題と感じた。
もしもの場合のために、申し訳ないが、後で使用人に適当に薔薇の香水を買ってきてもらおう。
自分のドン臭さに嫌気が差した。




