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ティノジア  作者: 野良丸
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人獣、ギルド、謎の少女




 約一万人の地球人が異世界ティノジアに来てから、早くも二ヶ月が経った。戦うことを決めた地球人の戦士達の活躍もあり、魔王軍による被害は各地で激減しつつある。

 そんな世界の中心、レイリア王国で、ヨウとシアは暮らしていた。ヨウは、いざという時の体力作りを兼ねた簡単な魔物討伐を、シアはそのサポートと、病院や魔王討伐軍へ赴き治癒魔法による怪我人の治療によって生活費を稼ぐ日々を送っている。

 家は国が用意してくれたものだ。格安の家賃で広い平屋を借りられている。

 魔王討伐軍に入り、生傷の絶えない日々を過ごしているコウタも、二週間ほど前までは時折顔を覗かせていたが、近頃は姿を見ていない。

 ヨウが、目を覚まし自室を出ると、ちょうど、シアが新聞と手紙を手に持って玄関から入ってきた。寝間着姿のヨウと違い、シアは既に着替えなどの身支度を済ませているようだった。

「おはようございます、ヨウさん。今日はリスグマの群退治の日ですね」

「あー、そうだったな。……その手紙は?」

 寝癖を手で直しながら指さすと、シアは手紙を裏返して差出人を見る。

「ダンベルさんから村人さんにです」

「なんでその呼び方広まってんだよ」

「私にツッコまれても。……新聞も読みますか? 討伐軍の記事が載ってるみたいですよ」

 あぁ、と返事をして、手紙と新聞を受け取り、食卓に着く。

 手紙の内容は、挨拶から始まり、近況報告、近頃中型の魔物が増えてきたことなどが書かれていた。

 中型の魔物の増加は、少し前からレイリアでも話題になっている。

 魔物を一撃で仕留める方法は、頭を潰すか、頭と胴体を切り離すことの二種類がある。小型の魔物、例えば、ヨウとロキナを襲ったキリサキオルフや、これから討伐にいく小型のクマ型魔物、リスグマなどは、ある程度戦い慣れしている者なら首を跳ねるのも容易だ。しかし、中型の魔物はそうはいかない。小型の魔物と比べて各段に皮膚が厚く、種族によっては首が太すぎて、刃が通ったとしても一度では切断しきれないこともある。

 コウタが忙しいのも、中型魔物の対策に追われているからだろう。

 ヨウが手紙を脇におき新聞に目を通すと、早速そのことが書かれていた。

『対中型魔物武器が見つかる。ドラゴンなどの大型魔物にも有効か』

 目を引く見出しにヨウは釘付けになる。

『北にあるクロース遺跡にて、人獣型の魔物が発見された。狼のような顔に、青色の毛皮を持つ四メートル近い巨体の腹部と全身の関節部分を守るような鎧、だが、最も注目すべきは、その人獣の持つ剣だ。

 人獣を発見したトレジャーハンターギルド『ホコリトリ』によると、人獣と戦闘になった際、その剣の大きさが幾度も変わったという。攻撃の最中にも長さを変える武器に対応出来ず、このギルドは撤退した。

 大きさを変える武器。少なくとも、現時点で人間の技術では作り出せない武器だ。千年前の勇者や魔法剣士ならば風の魔法を武器に用いて攻撃範囲を広めることは可能だが、現代の勇者は赤子で、魔法剣士も同じように幼いか、逆に年配の者が多く、討伐軍には一人もいない。

魔物の武器、『魔剣』。これをもし、人間が扱えるのであれば、そのままの意味でも大きな武器になることは間違いない。

 討伐軍にいくつかある部隊のうち、地球人が多く集まった新生部隊『地組』が、この武器に興味を示しているとの情報がある。『地組』で剣士と言えば、隊長のコウタ氏が真っ先に浮かぶだろう。人望、力、ともに兼ね揃えている彼が魔剣を扱える時がくれば、それは人類の夜明けになりうるやもしれない』

「なにを真剣に見てるんですか?」

 コト、とテーブルに食器が置かれる音とシアの声に現実へ引き戻される。

「ほら。コウタが人類の希望みたいなこと書かれてる」

 コップに手を伸ばしながら、向かいの席に座ったシアに新聞を見せる。

「流石期待の新部隊のリーダーですね」

「だなー」

 生返事をしてトーストをかじるヨウを、シアはじっと見つめる。

「……はひ?」

 その問いを待っていたというように、シアはスッと口を開く。

「ヨウさんも本当は一緒に戦いたいんじゃないですか?」

 ヨウは眉間に皺を寄せると、口の中にあったパンを飲み込み、「まさか」と言った。

「俺が言っても足手まといにしかならねーよ」

「そうですかね? 最近は小型の魔物くらいなら複数相手に出来るじゃないですか」

「……痛いの嫌だし」

「リスグマに噛まれたって痛いですよ?」

「そのくらいなら我慢出来る」

 ふんす、と鼻から息を出すヨウに、シアは可笑しそうに笑う。

「じゃ、着替えてくる」

 早々にトーストを食べ終えて、食器を洗い場に置くと、ヨウは自室へ戻っていった。

 ヨウは家事が一切出来ない。シアがいなければ、部屋は汚れ放題で、使った食器もカビが生えるまで放置するだろう。

 だけど、と洗い場に立ちながらシアは思う。

 自分がいなければ、きっと今頃、ヨウはコウタ達と共に戦っていたのだろう、と。




 魔王討伐軍、コウタ率いる『地組』がクロース遺跡へ足を踏み入れたのは、それから三日後だった。面子は、隊長コウタ、トドロキ、ノゾミ、ユリ、ユキノブの五名。遺跡の狭さを考慮し、数より連携に重点を置いたメンバー構成となっている。

 遺跡内には、蝙蝠型、蜥蜴型、蛙型など、様々な魔物が出現したが、前衛にコウタ、ユキノブ、後衛にトドロキ、ノゾミ、ユリを置いたフォーメーションは見事に合致し、それらの魔物をいとも容易く退けていく。

「そろそろ最奥だ」

 コウタの言葉で、他四人に緊張が走る。

「各員、武器の確認、体力に余裕はある? トドロキとノゾミ、二人とも魔力は大丈夫?」

 がっしりとした体格で、地球では柔道部に所属している大学生というトドロキだが、天命は『魔法使い』。元々力が強いため、本人は前衛も出来る『魔法戦士』を目指しているが、今は魔法の習得に重きを置いている。

 ノゾミは、高校二年生。趣味は読書という文学少女で、天命はシアと同じ系統の『治癒魔法使い』だ。度の強い眼鏡を掛けていて、これがなければ隣の人もまともに見えないため、いくつかスペアを持ち歩いている。

 魔法使いの二人が頷いたのを見て、コウタはもう二人に目を向ける。

 ユリは、中学三年生の寡黙な少女だ。幼い頃から弓道をしていた彼女の天命は、そのまま『狩人』。戦闘員としては最年少ながら、弓の扱いに関しては右に出る者はいない。

 ユキノブは、コウタと同じ前衛型の天命『軽業士』を背負った者だ。歳は二十代前半と、この中では最年長。しかし、男にしては低身長で童顔であるため、外見だけならトドロキが年長に見える。

 その二人も、コウタに頷いてみせる。

「よし」とコウタが呟いた時、前方に開けた空間が見えた。光魔法による灯りは空間の奥までは届かず暗がりとなっている。

「最後に確認しておくよ。一番注意するべきは間合いの変わる剣。どこまでサイズが変わるのか分からない以上、後衛も絶対に気は抜かないこと。人獣ってことは、多分牙や爪もあるだろうし、そこらの小型魔物以上に強力な筈だが、懐に飛び込んだ時はそれらに注意。最初は首切りを狙うけど、無理だと判断したらすぐに作戦を切り替えるから、各自心の準備をよろしく。……敵の姿は確認出来ないけど、気を引き締めて。多分、ここから敵の縄張りだ」

 その言葉を最後に五人は押し黙りながら、なるべく音を立てないように歩いていく。敵の不意を突くことが出来れば、一気に倒すことが可能かもしれない。

 そう頭によぎった瞬間、

「動いた!」

 普段は寡黙やユリの声に、全員が身構えると、前方の暗がりから一本剣が飛んできた。

 コウタが前に立ち、それを叩き落とし、それが普通の剣であることを確認した時、暗がりに四メートルほどの巨大な陰が浮かんだ。

 陰がゆったりと横に揺らぐ。なにをしようとしているのか、いち早く察知したコウタは振り返り、声を荒げる。

「しゃがめ!!」

 次の瞬間、地面に膝をつけた、あるいは尻餅をついた五人の頭上僅かの位置で空気が切れる音、そして少し遅れて緩やかな風が彼らの髪を揺らす。

「後衛下がれ!!」

 コウタの指示にユリは即座に従い、トドロキは、尻餅をついていたノゾミを抱えて下がった。

「ノブユキ、灯り! 態勢が整うまで俺らで引きつけるぞ!」

「了解!」

 剣と盾を構えて距離を詰めるコウタの後ろで、ノブユキは胸の前で向かい合わせた両手の中に光の玉を作り出す。

 それが一瞬強烈な光を放つと、周囲が明るく照らされて、敵の姿も明確になる。

 情報通り、簡素な鎧を纏った狼顔の人獣だ。その手には、四メートル近い身体に見合うほど大きな剣を握っている。予想と違う点はただ一つ、人獣の口から鼻先までが赤黒く染まっていることだけだ。それを間近で目の当たりにしたコウタの脳裏に、先程飛んできた剣が浮かぶ。

 その重装備からは予想も付かないほど素早い動きで距離を詰めたコウタに、人獣は爪を尖らせた左手を斜め上から振り下ろす。盾で受けても衝撃は殺しきれない、と、コウタは突撃の勢いそのままに地面を蹴り顔の前まで飛ぶと、案の定噛みつこうとしてきた人獣の鼻先を盾で殴りつけ、そのまま後ろに回り込んでうなじ目掛けて剣を振り下ろした。

 魔王討伐軍に在籍する剣士の中でもトップクラスの腕前を持つコウタの一撃は、まるで石を叩いたかのような音とともに、皮膚を僅かに裂いただけで弾かれる。

「ぐっ」と顔を歪めたコウタは、人獣の背中を蹴って距離を取る。

 前衛の二人で人獣を挟む形になるが、コウタの一撃で大した傷も付けられないのだ。ノブユキでは、それこそ傷一つ付けることも難しいだろう。顔以外に柔らかい部位があるとすれば、鎧に守られた、腕や足の関節、そして腹部だ。

「首は駄目だ! 魔法主体の攻撃! 前衛は防具の破壊を優先! 足を狙って機動力を――」

 コウタに背を向けたまま、人獣が右腕を振り上げる。腕が頂点に達した瞬間、目に見えるほど、剣が巨大化した。

 間違いない。あれが魔剣だ。

 垂直に振り下ろされた一撃を、ノブユキは横っ飛びで避ける。地面に突き刺さった巨大な剣先は、手首を返すことにより、再びノブユキに切っ先が向けられる。ノブユキは「やべ」と地面に足を着けながら呟くと、地面を抉りながら迫り来る刃を跳んで避ける。

 追ってきたら避けられねぇな、と頼りない二本のナイフを宙で構えるノブユキだったが、人獣はそのまま身体を回転させると、背中にある防具の留め具を狙って接近していたコウタを横からの剣撃で吹き飛ばした。

 盾で防いでなお、あの衝撃。

 ナイフなんかで防いだら両手折れるな、と冷や汗を流しながらノブユキは着地すると同時に、今度は人獣に向けて蹴り出した。その際、後衛を確認すると、三人は距離を置き、それぞれの行動を開始していた。

 魔法主体、つまり、今するべきは、こいつが魔法に気付かないよう、攪乱すること。ノブユキは、持ち前のスピードを生かし、人獣の懐へ飛び込むと、細かく動きながら全身に斬撃を打ち込んでいく。人獣は鬱陶しそうに腕を払い、時には噛み付こうと歯を鳴らす。スピードを生かすために軽量化した防具しか身につけていないノブユキにとって、そのどちらも食らえばタダでは済まない。

「下がれ!」

 不意に、コウタの声が響いた。意味を理解する前に身体が反射的に動き、後退する。

 ユキノブと入れ違ったのは、人影ではなく、一本の矢と薄青色の火の玉。

 ゆらゆらと空気に流されるように浮いている火の玉は、人獣に触れた瞬間、その巨体を包み込むほどの火柱をあげた。

 トドロキの十八番、そして、現時点で最高の威力を誇る炎魔法だ。

 人獣は巨大化させた剣を闇雲に振り回しているが、その場から動こうとはしない。否、動けないのだ。火の玉より僅かに早く人獣の足元に刺さった一本の矢。それが、人獣の動きを封じていた。

 影縫い。小型の魔物であれば身体を動かすことすら不可能になるが、中型相手では足を縫い付けるだけで精一杯のようだ。

 トドロキの持つ魔力を半分以上込めた炎魔法もまた、相手が小型の魔物ならば十秒持たずに消し炭になるほどの威力がある。

 それにも関わらず、人獣は変わらず暴れ続ける。

 出来ることなら、これで終わって欲しい。もともと、人間と魔物では基礎能力に差がありすぎる。戦闘が長引けば長引くほどジリ貧になっていくのだ。

 だが、その願いは叶わず、燃え尽きるような音と共に火柱は消滅した。そして――、

 人獣はユリに目を向けると、ゆっくりと足を動かす。影縫いの効果も切れた。

 コウタとユキノブは咄嗟にユリと人獣の間に割り込むが、人獣に距離を詰める様子はない。

 ただ、左足を一歩前に出し、腰を落として剣を下手に構える。先程と変わったところは、その構え方と、剣を両手持ちにしたことくらいだろう。

 ……両手持ち?

 コウタの背筋に悪寒が走る。

 先程まで巨大な剣を軽々と片手で振っていた人獣が両手持ちに切り替えた理由など、一つしかない。

 片手では支えきれないほど大きく、重くなるからだ。

 両手持ち、剣の重量、おそらく攻撃速度も威力も先程までと比べ物にならない。

 コウタは、避けきれる、防ぎきれる自信がある。ノブユキも、危険だと気付けばすぐに距離を取るだろう。しかし、ユリはどうだ? 人獣の狙いは、明らかにユリに向いている。盾にするようなものもないユリは、これから襲い来るであろう連撃を避けきれるのか?

 コウタは身を翻すと、ユリに向けて走り出す。

 盾がないのならば、自分が盾になればいいだけだ。走りながら振り返ると、人獣が膝を曲げているのが見えた。

 この上、距離を詰めるつもりか、とコウタは舌打ちする。ユリがいるのは遺跡の壁際。おそらく、人獣はそれすらお構いなしに剣を振るうだろう。

 遺跡崩落に注意しながら、ユリを守る。そんなことが、自分に可能なのか。

 コウタの脳裏に、友人と恋人の顔が浮かぶ。

 ユリの前に立ったコウタの表情に、既に迷いはなかった。

 覚悟を決めたコウタに向けて、人獣が地面を蹴った。




 日が沈み、レイリア王国の城下町周辺に夜の気配が降りてきた頃、ヨウは魔物討伐の時などに着ている軽鎧を身に纏い、一人、城壁の外で寝転んでいた。城から一歩出れば、そこには草原や森が広がっている。地球と違うのは、秋だというのに虫の音が聞こえないことくらいだろう。

 城壁には魔物を遠ざける魔法が掛けられているとはいえ、魔物の中には夜に活性化する種族もいる。こんなとこでのんびりしていることがシアにバレたら怒られること間違いなしだが、今日は病院の手伝いで少し遅くなるって言ってたし大丈夫だろう、という考えのヨウである。

 よっ、と上半身を起こして、右手の人差し指を顔の前に立てると、ボッ、と音を立ててライターほどの炎が現れた。近頃、少しだが魔法を使えるようになったヨウには試してみたいことがあり、こんな考えが浮かぶのは、やはり三日前に見た新聞記事のせいかもしれない。

 大きさを自在に変えられる武器。

 あの記事を見たヨウの頭に浮かんだのは、キリサキオルフと戦った時のこと。

 血液による武器の生成。シアには言っていない魔法だ。間違いなく、アレは『大きさを自由に変えられる武器』だろう。それこそ、血さえあれば、どこまでも大きく形状を変化させることすら可能かもしれない。

 あの魔法を使う条件は、身体のどこかに血が出る程度の傷を負っていること。

 ヨウは少し悩んでから、剣先を指に当てた。ピリッとした痛みに少し遅れて血が滲んでくる。

 指先に手を当てて、前と同じようにしてみるが、どうも時間がかかる。血の集まりが悪いのだ。傷口が浅いからか、出血量が少ないからか、はたまた指先というのがいけないのかは分からないが、一分ほど集中した結果、ヨウの手には赤黒い小振りのナイフが握られていた。

「やっぱり、ある程度好きな形には出来るみたいだな」

 確認するように呟き手に力を込め、感覚でしか分かっていない魔法の解除をすると、ナイフは砕け散り地面に落ちて、砂のように空気に流されていった。

「一度固めたらものの形状を変えるのは無理、と」

 まだ試したいことはあるが、あまりやりすぎて倒れたら危険なうえ、間違いなくシアに怒られて説明を要求されるだろう。

 ……今日はここまでだな、とヨウは立ち上がり、城壁沿いを歩いていく。

 五分も歩くと城門に着き、門番をしている中年ほどの歳の王国兵士に通行証を見せると、門についた小さな扉から中へ入れてくれた。

「ん? そこの君、すまないが少し待ってくれないか」

 扉をくぐると、内側にいた若い門番がヨウを呼び止める。不思議な顔を、ヨウだけではなく外側の門番も浮かべる。

「おい新人、ちゃんと通行証は確認したぞ? それに、顔にも見覚えがある」

 上司の咎めるような口調に怯む新人兵士だったが、「いえ、そうなのですが」と言って、ヨウに向く。

「もしかして君、『地組』のコウタさんの知り合いじゃないかな?」

 その言葉に、中年の門番は僅かに目を見開き、ヨウを見る。

「一応、地球にいた頃からの友達だけど……」

「やっぱりそうか。町の見回り中、何度か一緒にいるところを見た気がしたから」

 魔王討伐軍の拠点はレイリア城の隣にあり、城の一室を会議で使ったり、施設を利用したりすることが多い。そのうえ、王国軍の魔物討伐など様々な協力をすることがあるため、一般人にも有名なコウタのことを王国兵士が知っていることは何もおかしくない。

 だが、普段のコウタはどんな感じなのか、とか聞かれるのか? というヨウの予想は、大きく間違っていた。

 門番二人は顔を合わせて頷き合うと、若い門番が真剣な顔でヨウを見る。

「コウタ隊長率いる小部隊が今朝から任務に出ていたことは知ってるかい?」

 ヨウは心臓が重たくなっていくのを感じながら「いや、聞いてない」と答える。

「一時間前に、小部隊五人のうち二人だけが帰還した」




 街の中心地にある、四階建て煉瓦壁の建物。屋根が丸みを帯びていること、壁が白くないことなど、ヨウが見慣れているものと細かい違いはあるが、ここがティノジアの病院だ。

 ヨウは息を切らせながら病院に駆け込むと、受付に飛び付いた。

「じ、『地組』の病室は……」

「ヨウさん?」

 その声に、ヨウは受付から身体を離して顔を向ける。そこには、少し目を腫らしたシアが立っていた。

 シアに案内されてヨウが足を踏み入れたのは、二階にある魔法治療室。部屋の中はガラスで区切られていて、その向こうには、魔法陣の上に置かれたベッドと、それを囲む三人の魔導師がいた。

ガラス越しに見ることしか出来ないが、ベッドで眠っているのは、間違いなくコウタだ。その横顔にほっと息を吐いたヨウは、コウタを見たままシアに話し掛ける。

「大丈夫なんだよな?」

「……はい。一応の治療は終わり、命の危険はなくなったようです」

「そうか」

 一言返してから、ヨウの頭に疑問が浮かぶ。治療は終わった?

「なら、あれは何をしてんだ?」

 その質問に、返事はない。

 不審に思いヨウが顔を向けると、シアは赤くなった目に涙を溜めていた。

 その時、病室のドアが開き、麻色のローブ姿の女性が入ってきた。

「シアさんと……あなたは、ヨウさんですね」

 分厚い眼鏡を掛けた女性、ノゾミは、二人を見てそう言うと、身体の前で両手を重ねて深く頭を下げた。

「コウタさんの部下のノゾミといいます。今回の任務に同行していました」

 五人のうち二人だけが、という門番の言葉が脳裏に蘇る。

「……何があったか、とか聞いてもいいのか?」

 ノゾミは頷き、ゆっくりと口を開いた。

 新聞に載っていた人獣の討伐へ行ったこと、戦闘が始まってからのことを細かく話していくうちに、ノゾミの表情に影が差していく。

「巨大化した魔剣による攻撃を、隊長は団員を守りながら凌ぎきりました。しかし、魔剣の攻撃による遺跡の崩落が始まり、落下してきた瓦礫により右腕を潰され――」

「は?」と、無意識に、ヨウの口からこぼれた。その視線は、ノゾミからガラス越しのコウタへ移る。こちらからでは、横顔しか見えない。背伸びをしても、向こう側は見えない。

「……私は、負傷したコウタ隊長を連れて転移魔法で戦闘を離脱しました」

 全て話し終え再度頭を下げたノゾミの後ろで、病室のドアが開いた。

「ノゾミさん、やっぱりここにいましたか」

 ローブに丸い帽子をかぶっている女性看護士が、安堵の声を上げる。ノゾミが振り返ると、きっと眉を上げて、

「そんな身体で出歩くのは危険です。さ、病室に戻りましょう」

 と、手を引いて病室を出て行った。

 残された二人の間に、沈黙が流れる。

「……ノゾミさん、ここに着くまで、コウタさんにずっと治癒魔法を掛けていたそうです」

 静かな室内に、シアの声が響いた。

「そうなのか」

 ガラスの向こうを見たまま、ヨウは短く返す。

「……コウタさんの右腕は、魔法によって三日ほどで治るそうです」

「そうなのか。そりゃよかった」

 ヨウは心の籠もってない言葉を垂れ流してから、でも、と小さく口にする。

「そういうことじゃ、ないよな」




 翌日、レイリア城の一室では、魔王討伐軍隊長格による会議が行われていた。

 細かい装飾の施された大きな長方形のテーブルを囲んでいるのは、『火組』、『水組』、『風組』の隊長と隊長補佐、『地組』の隊長補佐、そして、魔王討伐軍の総隊長である。

「コウタ隊長以外の四名はそれぞれ軽傷、遺跡に残されていた三名からも、今朝連絡があり、無事であることを確認しています。報告は以上です」

 そう言って席についたのは、『地組』隊長補佐であるモーゼズだ。ふわりとした卵色の髪に丸い眼鏡、穏やかそうな顔立ちといい柔らかい雰囲気といい、この場にいることに少し違和感を覚えるような容姿。地球人が大多数を占める『地組』だが、彼はれっきとしたティノジア人だ。

「……コウタがやられたか。快進撃がどこまで続くか期待していたんだがな」

 とこぼしたのは、総隊長であるフランセスク。その坊主頭は髪がM字に後退していることをはっきりと示している。四十前半にして魔王討伐軍をまとめあげている、といえば聞こえはいいが、巷では、同僚は全員死に、偶然生き残ったフランセスクが総隊長になったのだと噂されている。

「しかし、彼は仲間を守りきり、そして自身も生きています。彼ならこれからいくらでも挽回出来るでしょう」

 挙手してそう言ったのは、『水組』隊長のラウールだった。水色のローブ、というよりは司祭服のようなものを身に纏い、華奢な体格と地面に届きそうなほど長い金色髪は、後ろ姿だと女性にしか見えないだろう。歳は二十代前半ながら頬がやつれているせいか、少し年上に見える。

 ラウールの言葉に、他の隊長格も、それぞれ同意するような仕草をする。

 ニヶ月にして魔王討伐軍トップレベルの力を手に入れたコウタに嫉妬の声は少なからずあるが、彼らはその力を素直に認めていた。何より、どれだけルーキーだろうと、戦力があるに越したことはない。地球人が来るまでの彼らは、それほどまでに追い詰められていたのだから。

「ねぇ。今、話し合うべきは、コウタのことより人獣のことじゃないの?」

 発言者は、『火組』隊長のガイア。歳は十代後半といったところ。白っぽい金髪に茶色の瞳に似付かわしくない、小汚いローブに身を包んでいる。

 冷たく感じるかもしれないが、彼女の言葉に全員が同意するように頷いた。

 ガイアは、それじゃあ、というように、テーブルに頬杖をついたままモーゼズに顔を向ける。

「人獣死んでないんでしょ? 実質、人獣の檻代わりになってた遺跡が崩れたってことは、そいつ野放しになっちゃったんだ?」

 その問いに、モーゼズは渋い顔で答える。

「……狩人の魔法で遠くから観察したところ、現在は、崩落した遺跡から動いていないそうです」

「でも、いつか動くでしょ。蝙蝠でも食べて暮らしてたのか知らないけど、今はもういないんだし、獲物を狩りに。周りは森だけど、少し歩けば幾つか小さな村があったわよね?」

 ガイアの容赦ない言葉に、モーゼズは頷くしかなかった。その反応に、ガイアは苛立ったような苦々しいような表情をした

「勘違いしないでよ? 別にあんた達の隊を責めてるわけじゃないの。コウタで駄目なら、私以外の誰が行ったって変わらなかっただろうし」

 その言葉に、他の隊長格がガイアに目線を向ける。

「てわけで、次は私の隊が行く。いい?」

 問われた総隊長フランセスクは、他の隊長に目を向ける。

「いいと思います」と口を開いたのはラウール。

「遺跡が崩壊したということをポジティブに捉えると、昨日よりも多人数で戦えるという点があります。そうなればやりようはいくらでもありますが、火力の高い『火組』で一気に決めるのが一番いいかと。森ということなので、アデル隊長補佐にはご遠慮願いたいですが」

 その言葉に、モーゼズと『風組』隊長のフウズイは黙って頷いた。

 フランセスクは、ガイアに真剣な目を向けると、

「では、人獣討伐は『火組』に一任する」

 と言ってから表情を崩し、

「コウタの報復戦、頑張れな」

 と、年頃の娘をからかう父親のようなにやけ顔で言った。

「そんなんじゃないから!」

 テーブルを叩いて立ち上がったガイアの顔は怒りで真っ赤になっている。

「地球人とティノジア人の恋ですか。いいですね」

 ラウールも、まるで若さを感じさせない言葉で乗っかる。

「違うってば!」

 犬歯を剥き出しにするガイアを見て、モーゼズが小さく呟く。

「でも、コウタさん地球に恋人がいるらしいですけどね」

「えっ」

 目を丸くして固まるガイア。

 流れる長い沈黙。

「えっ」

 結局、人獣討伐は『水組』がいくことになった。




「君が魔剣の持ち主?」

 輝く青髪を揺らし、この世界では目にしないブレザーの制服を身に纏った少女。彼女の言葉の意味を理解したわけではないだろうが、人獣は振り返った。

 崩れた遺跡から掘り出した、人や魔物の死体も底をついた頃だ。空腹ではないが、蓄えは欲しい。

 少女もまた、人獣の考えが分かるはずもない。

 だが、彼女は笑っていた。人獣が咆哮をあげても、巨大な魔剣を振りかぶっても、まだ。

「へへ」

 少女が笑うと同時に、魔剣が振り下ろされる。

 砂埃が舞う中、人獣が獲物をしとめ損ねたことを確認した瞬間、

「はっずれー」

 と愉快げな声が耳の近くで聞こえた。

 昨日の厄介な獲物と同じ。そう判断した魔物は、振り返りながら左腕を伸ばす、つもりだったのだろう。

 振り返ろうとした首は、そのまま身体をずれ落ちていった。それに少し遅れて、残されていた身体が地面を揺らしながら倒れる。

 再び舞う砂埃が落ち着くのを待ってから首と身体に近付いた少女は、

「私の勝ちー」

 えへへー、と笑いながら、右手を軽く振り、持っていた剣を消すと、興味津々といった様子で人獣の右手に触れる。

「うわぁ。凄い爪。引っかかれたら痛いだろうなぁ。あれ? なんかギュッと握ってて抜けない……」

 魔剣を引っこ抜こうと、人獣の右手に足を掛けて、「ふーん!!」と思い切り引っ張る。すると、剣がすっぽ抜けて、その反動で尻餅をつくどころか後ろ向きに二回転してしまう。

「あはは。いたた……」と頭をさする彼女の真横に、すっぽ抜けて宙に飛んでいた魔剣が突き刺さる。

「う、うわぁ。危なー」

 引きつった笑みを浮かべながら、少女は立ち上がると魔剣に触れる。

「大きさが変わるって書いてあったけど……」

 柄を握ったり刃に触れたりしてみるが、変化はない。

「うーん。人には使えないのかな」

 少し残念そうな少女だったが、すぐに「ま、いっか!」と明るい笑顔に戻り、魔剣を地面に突き刺して一言、

「解除」

 と言うと、人獣の死体に背を向けて軽快な足取りで去っていった。

 金色の髪を靡かせながら。




 人獣を討伐したのは誰なのか。

 クロース遺跡崩壊から五日が経っても、レイリアはこの話題で持ち切りだった。

『地組』が人獣討伐に失敗した二日後、クロース遺跡跡地に『水組』が訪れた際、人獣は既に死体として魔剣と共に転がっていたという。それも、人獣の死はどう見ても人の手によるものだ。人獣の太く固い首は一撃で切り離されていて、長く争った形跡は残されていなかった。残されていた痕跡は、人一人分の足跡だけ。それも、その小ささから女性のものではないかと言われている。

「『地組』を退けた人獣を一撃で仕留めることの出来る女性など、この世に存在するのだろうか。もし存在するならば、彼女はこの世界の希望と――ってもういいっつうの!」

 バシッ、と新聞をテーブルに叩き付けながらヨウは叫ぶ。

「まぁ仕方ないですよ。私だって気になりますから」

 シアは、ガーディアンバードの卵で作った目玉焼きとトーストが乗った皿をヨウの前に置いてから、新聞を手に取り、向かいの椅子に座る。

「でもさ、毎日同じことが書かれてんだぞ? テレビもねぇ、ラジオもねぇティノジアで、新聞は娯楽なんだ。テレビで一日中前日の放送してたら流石に腹が立つだろ。しかも、それがもう三日続いてんだ」

「ヨウさんがそんなに新聞好きとは知りませんでした」

「好きじゃねー。娯楽に飢えてんだ」

「なるほど。退屈してるんですね」

「……あ」

 嫌な流れだ、と感じて、ヨウは話題を逸らそうと頭を動かすが、その前にシアがテーブルに一枚の紙を乗せた。

「ここに入隊するというのはどうでしょう。お金を稼げますし、戦闘の腕も磨けますし、何より退屈じゃなくなります。完璧です」

 いつになく熱弁を振るうシアに、ヨウはそっぽを向いて頬杖をついてから、横目で紙を見る。

『魔王討伐軍加入希望』と書かれた紙には、既にヨウとシアの名前、そしてシアの名前の横には指印が押されている。他にも色々記入欄があるが、全て埋められているようだった。

 その書類は、名称そのままのもので、魔王討伐軍への加入希望者が提出するものだ。提出後、面接で実力を計られてから合否発表となる、らしいが、とにかく人手が足りない今は誰でもウェルカム状態だという。

「地球、少なくとも日本じゃ考えられませんよ? 就職氷河期と呼ばれている時代に、面接を受ければ誰でも入れるなんて。しかも、お給料もそこそこ」

「地球の一般企業は命懸けないからなぁ……」

「ブラック会社は命懸けさせられますよ」

「そんなのと比べてる時点で嫌なんだけど……」

 どういうわけか、シアは数日前から、ヨウにやたらと討伐軍入隊を勧めてくる。その考えがヨウにも少し分かるので、無碍に出来ずにいるのだった。

 あまりにヨウが嫌がるためか「むぅ」とむくれてしまったシアだったが、すぐに、思い出したように顔を上げて、

「そういえば、今日からコウタさんの面会許可が降りるみたいなんです」

 ヨウ、今日二度目の、うげ。

「お見舞い、行きますよね」

 先程と違い、純粋な問い。というか、確認である。行って当然。そんな思考がヨウに伝わってくる。

「いや、今日はちょっと……」

「ちょっと?」

 シアが不審げに首を傾げる。

「何かありましたっけ? 今日はお見舞いのためにわざわざ予定を空けといたんですけど」

「お前は俺のマネージャーか……」

 苦し紛れのツッコミにキレは微塵も生まれないと知ったヨウは、目を逸らしながら言う。

「人と会う約束があるんだよ」

「……人?」

 少し和らいだが、まだ不審げな眼差しのシアに、ヨウはコクコクと頷いてみせる。

「へぇ……。女の人ですか?」

 女か否か? この質問にどんな意味があるのか。ヨウは頭をフル回転させて、それぞれの答えをシミュレートしてみる。

『男だよ』

『コウタさんよりもよく知らない男の人を取るんですね』

 これは駄目だ、と結論を出す。

『女だよ』

『……女の人との約束なら仕方ないですね。分かりました。今日は私一人で行きます』

 これだ、とヨウは答えを口にする。

「女だよ、女」

「……へぇ」

「おや?」

 少し予想と違う。何故だろうと考えて、思い付いた。

「何が『おや?』なんですか? デートですか、よかったですね」

「……シア、お前嫉妬してんの?」

「なっ」と言葉に詰まったシアの顔は見る見るうちに紅潮していく。最終的に、入隊希望の紙を両手で持って顔を隠してしまった。

 ヨウが小さく「はは」と笑う、シアは紙を少しだけズラして、目を出してヨウを睨んだ、が、すぐに不思議そうな表情に変わる。

「……なんでヨウさんまで赤くなってるんですか」

「いや、なんつーか、こんなこと言ったら怒るかもしれないけど、嫉妬されんのって意外と嬉しいなって」

「……そ、そうですか」

 その日は、朝食後も少しぎこちない雰囲気の二人だった。



 嘘だとバレているかもしれないが、用があると言った以上、家にいるのはマズいだろう、と、ヨウは暇潰しに中央広場の掲示板を眺めていた。

 中央広場の東西南北それぞれに掲示板はあって、連絡用のもの、報道関連のもの、店の広告用のもの、そして、ヨウがぼーっと眺めている討伐依頼用のものと分かれている。

 ここに張り出されるのは、王国軍や魔王討伐軍の受け持つ討伐依頼と違い、比較的簡単なものばかり。だからこそ、こうして国民に回ってくるわけだ。とはいえ、一般の民には、基本的に関わりはなく、討伐依頼の掲示板を見るのは、ヨウのように少し特殊な事情がある者か――

「そこの人、ちょっといいかい?」

 ぼーっとしたままヨウが顔を向けると、そこには日本人らしい黒髪に黒い瞳、そして顔立ちも日本人顔の女性が立っていた。だが、その体型、特に胸部は日本人離れしたもので、服装もその体型を見せつけるような大胆なもの。大きな胸が溢れでているビキニのような服に、下半身は、歩けば下着が見えそうなほど短いミニスカートだ。

「私、こういう者なんだけど、ちょっと話聞いてもらえない?」

 美人局、という言葉が不意に頭に浮かびながらも、ヨウは気付けば首を縦に振っていた。




「信じられますか!? あのヨウさんが、こんなナイスバディーなお姉さんと会ってたんですよ!?」

 両手でボンキュッボンを表現しながらいつになく興奮気味のシアに、引き笑いを浮かべるコウタ。

 右腕の再生自体は二日前に完了して、異常が起こらなければ明日退院出来ることになった。ということをシアやヨウに伝えるつもりだったのだが、今は聞き役に徹した方が良さそうだ、とコウタは判断する。

「絶対なにか騙されてますよ! ヨウさん巨乳が好きだから! 巨乳が……! 巨乳が……。巨乳が好きなんでしょうか……」

「ごめん、俺は知らないや……」

 今度は落ち込んでしまったシアに苦笑してから、

「でも、その女の人がヨウの何なのかは置いといて、ヨウが僕よりその人を取ったのはショックだなぁ」

「ですよね!」

 弾かれたように同意したシアは、うんうん、と頷きながら口を開く。

「ヨウさんとコウタさんは小学生の頃からの親友なんですよね? それなのにパッと出の巨乳美人を優先するなんて、男性の友情はそんなものですか! コウタさん!」

「えっと、ごめん、俺は分かんないや」

 そう答えると、シアは少し思案顔をしてから、では、と口を開く。

「コウタさんならどうしますか?」

「えっ?」

「もしコウタさんとヨウさんの立場が逆だったら、コウタさんはヨウさんを取りますか?」

「……今日のシアさんは答えにくいことばかり聞くなぁ」

 その言葉に、シアは我に返ったように顔を上げて口を開く。

「す、すいません。ヨウさんへの怒りで少し我を忘れていました」

 あれで少しなのか。今までで最高の取り乱し方だったけど……と思うコウタだったが、地球でもたまにあったことなので、「気にしないで」と言っておく。

「あの、コウタさんは、退院したらまた討伐軍に戻るんですよね?」

 ベッドに立て掛けてある、鞘に納められた一本の剣に目を向けながらシアが問う。

 コウタもまた、同じように剣を見ながら「うん」と返事をした。

 今は普通のサイズになっているが、これはラウールが持ち帰った人獣の魔剣だ。ラウールが様々な試行錯誤を繰り返した結果、この魔剣は魔力を込めることで大小の変化が出来るものだということが判明し、魔力量の多いコウタに渡すことが会議で決定したという。

 ガイアはゴネそうだけど……と不思議に思うコウタ。実際は、傷心中のガイアをほったらかして他の三人が勝手に決めたことなのだが、彼がそのことを知ることはない。

「もし、ですよ?」

 シアの言葉に、コウタは顔を上げる。

「もしヨウさんが討伐軍に入るって言ったらどうしますか?」

「ヨウが?」

 そんなことあるかな、というような返事に、やっぱりコウタさんはヨウさんをよく分かってる、とシアは少し暗い気持ちになる。今度は嫉妬ではなく、コウタさんがそう思うのならやっぱりそうなのかな、という諦めに近い感情だ。

 コウタは「どうする、か……」と呟きながら思案顔でベッドに視線を落としてから、

「どうもしない、かな」

 と答えを出した。

「ちゃんと自分で考えた結果だってことが大前提だけど」

「でも、そんなの本人しか……」

「分かるよ」

 と笑みを浮かべてコウタは断言する。

「シアさんは今のヨウしか知らないから想像がつかないかも知れないけど、シアさんに会う前のヨウは毎日後悔してたからね」

「……船旅の方じゃないですよね?」

 その質問に、海賊船の船首で腕組みをしているヨウの姿が頭に浮かんで、コウタは吹き出すと声を出して笑った。

「だ、だって……」と顔を赤くするシアに「ごめんごめん」と謝ってから、

「でも気持ちは分かるよ。シアさんの知っているヨウは『やりたいことをやる』後悔なんか知らないって感じのヨウだろうから」

 大きく頷くシアに、コウタは笑いかける。

「でもそれは、さっき言った通りシアさんに出会ってからのヨウだ。だから、シアさんは知らないと思うけど、ヨウは後悔を隠すのが凄く下手なんだよ。そんな時は、ずっと引きずって、ずっとつまらなそうな顔をしてる」

 シアの頭に、今朝のヨウの様子が浮かぶ。彼は、つまらなそうな顔をしていた。それに、最近の魔物討伐の時も……。

「……コウタさん」

「ん?」

「もしも、ヨウさんが何かを後悔している、しそうになっているとして、本人が何もしないのは何故でしょうか」

 コウタはその問いをゆっくりと飲み込んでから、うん、と頷く。

「昔のヨウなら、自尊心や恥じらい、その他諸々がありすぎて答えに悩むところだけど、今のヨウなら簡単だ」

 自分が数日悩んでいることを、簡単、と言ってしまえるコウタに、シアはやっぱり少しだけ嫉妬した。

 そんなシアの内心に気付かず、コウタは答えを口にする。

「どっちも後悔しそうだから悩んでるんだよ。いつも通りやりたいようにやれば、答えは簡単に出るはずなのに、頑張って無い頭使ってね」




 無い乳よりある方がいい、とヨウは確信を得ていた。

「……こんな格好しててアレだけど、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんだけど」

 少し呆れた様子で言いながら女性は席に座る。

 場所は、レイリア商店街にあるカフェテラス。秋にしては日差しの強い今日だが、テーブルの中央に差されているパラソルのおかげで快適だ。同じような席があと二席分あるが、どちらも空席となっている。まだ昼時でもないし、今日は休日でもないので当然といえば当然だ。

 二人の元に、店員がやってきて、注文を聞く。

「私はチャノムギで」

 早々に注文を済ます女性に、ヨウは少し慌てながらメニューに目を通す。

「じゃあ俺はハッポルビーってやつで……」

「午前中から酒飲むの? イケる口?」

「酒なのか!? 店員さん、やっぱ無しで!」

 無し、と意味を込めて掌を向けると、店員はクスクスと笑い、女性は恥ずかしそうに片手を額に当てた。

「店員さん、チャノムギ二つでお願い」

「!?」とメニューから顔を上げるヨウを無視して、女性は店員にオーケーサインを出す。

「……マジかよ。初めて来た店で同じもの頼むって勿体なくないか?」

「チャノムギがこの店で一番美味しいから安心してよ」

「そうなのか? 名前的にこの『オイモショチュ』ってのも美味そうだけど」

「……それもお酒ね」

「OH……」

 ヨウの反応に呆れたように笑ってから、女性は「それでね」と本題を切り出す。

「ヨウ君、あなた、私達のギルドに入るつもりはない?」

 ギルド? と目を点にするヨウに、女性は、おや? と首を傾げる。

「さっき渡したでしょ?」

「何を?」

「ギルドカードよ。確かズボンの右ポケットに入れてたけど」

 半信半疑ながらもヨウがポケットを探ると、確かに一枚の紙が入っていた。

『魔物討伐専門ギルド~マキシム~』

「副ギルド長、ニコール……」

 ヨウが向かいの席を見ると、女性は「うむ」と笑顔で頷いた。てっきり同じ日本人だと思っていたヨウだが、ティノジア人だったらしい。

「……それにしてもなんでこんなものがポケットに……? 手品かなんかか?」

「さっき普通に渡したってば。ていうか、なんでそんなに気付いてないの? もしかしてもうボケはじめてる? おじいちゃん?」

「いや、多分胸を見てたせいだ」

「やっぱすっごい若かったね」

「おいおい爺ちゃんなめんなよ。あいつら七十越えても巨乳は目で追うぞ。むしろ見る目だけはあるからセンサーの感度が」

「至極どうでもいいよ」

 女性、ニコールが一言で切り捨てると、注文した飲み物が運ばれてきた。これはいいタイミングだ、とニコールはチャノムギを一口飲んでから、口を開く。

「それで、だよヨウ君」

「なぁ、ニコールのことニコって呼んでもいいか?」

「……そんなに長い名前じゃないと思うけれど……。まぁいいわよ」

「よっしゃ。じゃあニコ、俺のことも呼び捨てでいい。それと、その慣れてない喋り方もやめていいぞ」

 ピク、と僅かに反応したニコールにヨウが笑いかけると、観念したように両手を天秤のようにして肩の高さまで上げた。

「へぇ。まさかバレるとは。我ながらなかなかいい感じに今時のお姉さんを演じられていたと思ったんだが」

「俺、こう見えて新聞は読むんだよ。ニコ、時々ギルド長の代わりにインタビューに答えてるだろ?」

「最近の若い奴は新聞など見ないと思っていたがな。ということは、胸を凝視していたのも、私をからかっていただけなのか」

「えっ。あっ。うん」

 嘘、ド下手だなコイツ、とニコールは若干引く。

 ヨウはチャノムギを一口飲むと、「それで」と口を開く。

「マキシムって言えば、『地組』が出来る前の魔王討伐軍と二強状態だった大ギルドだろ? なんでそんなとこの副ギルド長が、リスグマやリューガエルみたいな雑魚倒してばっかの俺をスカウトしてんだ?」

 ニコールは「うむ」と頷くと、「まず謝らねばならないな」と言った。ヨウはその言葉に眉を顰める。

「ここ三日ほど、ヨウと、シアさん、君達のことを監視していた」

 ヨウの眉間に深い皺が刻まれる。

「……風呂覗いたりしてないだろうな」

「は?」

「だから! シアの風呂覗いたり! 寝顔覗き見たりしてねぇだろうな! まさか洗濯物からパンツを」

「してない! 大体、君達を監視していたのは私直属の部下、全員女性だ!」

「え。なら俺のパンツを……?」

「んなわけあるか!」

 はぁはぁと息を切らすニコールから、ヨウは目を逸らす。本人は気付いていないが、その姿は少年には少しだけ刺激が強いものだった。

「はぁ。ったく、なんなんだ、お前は! さっきからふざけて、急に真剣になったと思ったらまたふざけて!」

「ふざけてんのはどっちだよ」

 その言葉に、ニコールの表情が思わず固まる。

「俺をスカウトに来た? 違うだろ。あんたらマキシムが欲しいのは治癒魔法使い、シアだ」

「……何故」

「そんなの簡単だ。ここ三日、俺は最近自分で自分に腹が立つほど大スランプ中だ。昨日なんか、討伐対象外のリスグマが悪戯で転がしてきた木の実で思い切りこけた」

 その言葉に、ニコールはキョトンと目を丸くしてから思い切り吹き出した。

「な? そんな俺を欲しがる奴がいてたまるかってんだ」

 口角を上げて言うヨウに、ニコールは笑いながら頷く。

「確かにその通りだ。なるほど。シアさんと一緒にお前も入れると言った時、部下達の顔が引きつった理由がやっと分かった」

「それは知りたくなかったな」

 若干傷付いた心を癒すようにチャノムギを口にするヨウを見て、ニコールは更に可笑しそうに笑う。

「いや、だが個人的にお前のことは気に入ったぞ。どうだ? 本当にうちに来てくれないか?」

 その言葉が本心からのものであることが伝わったのだろう。ヨウの表情が、一瞬だけ揺らいだ。だが、

「いや、悪いけど断る」

 その様子に、ニコールは笑みを引っ込めて、「ふむ」と呟いた。

「分からんな。お前とシアさんはどういう関係なんだ? 恋人でも無し、兄妹でも無し。親族か何かなのか? 何故、そこまでシアさんを危険から遠ざけたがる?」

 ヨウとシアに、血の繋がりは一切ない。シアは、ヨウにとって、

「守るべき存在だからだ」

 それ以上でも、以下でもない。初めて会ったあの日から。

 ニコールは、再度「ふむ」と呟いてから、「やはり分からんな」と言った。

「守るべき者だというのなら、守ればいい。お前が守りきれば、そこが戦場だろうと大切な者が傷つくことはない」

 ニコールはそう口にしてから、チャノムギを口に運び、一気に飲み干した。

 そんなニコールを瞬きすら忘れて見ていたヨウだったが、

「……そっか。そうだよな」

 と呟き、ニコールと同じようにチャノムギを飲み干すと、

「ありがとな! じゃっ!」

 と片手をシュビッと上げて去っていった。

 残されたニコールはしばらく口を開いたまま固まっていたが、少し吹き出してから、クスクスと笑い、路地の角に消えていった彼の姿を見送った。




 その日の晩。日が暮れ、面会時間も終わろうかというときにコウタの病室を訪れたのはヨウだった。

「久し振りだな」

「おお。久し振り」

 一言交わして、ヨウはベッドの横に置かれている木製の丸椅子に腰を下ろす。ベッドに寝ていたコウタも、「おいしょ」と上半身を起こした。

 そんなコウタの膝元に、ヨウが一枚の紙を投げるように置く。

 手に取らずとも『合格』という文字だけは見えた。

「高校受験より格段にラクショーだった」

「受ければ合格だからね」

 とコウタは笑う。

「……意外だったか?」

 その問いに、コウタはにやけ顔で「うーん」と唸る。

「どうだろ。今日、シアさんと話してから、なんとなくこうなるかもとは思ってたけど」

「シア?」と不思議そうな声を上げるヨウに、コウタもまた首を傾げる。

「あれ? シアさんに色々説得……というか話をして解決したんじゃないの?」

「いや?」とヨウが即答する。

「俺が話してたのは巨乳のねーさんだ。色々吹っ切れたのも、そのねーさんのおかげ」

 コウタは呆れたように笑いながら、

「それ、シアさんには言わない方がいいよ」

 と言った。だが、ヨウの顔はどこかぎこちない。

 もしや、と実戦で鍛えたコウタの直感が働く。

「……もう言っちまった。そしたら家追い出されて……」

 病室にあるソファを指差して一言。

「今日、あそこで寝てもいいか?」

 この友人は果たして討伐隊の役に立つのだろうか。と思わず酷いことを考えてしまったコウタだったが、表面上はにこやかに、「どうぞ」と言っておいた。

 どうせ、あとでシアさんが連れ戻しに来るだろうし、それまでは久し振りに男同士の会話を楽しんでおこうか。




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