プロローグ
地球とは異なる世界、ティノジアでは、前代未聞の事件が幕を開けていた。
遥か昔、伝説の勇者が封印した魔王が復活したのだ。それに伴い、全国で魔物が活性化し、ドラゴンや人型の魔物といった希少種も目撃されるようになった。
世界の中心にそびえ立つ大神殿。そこでは、ティノジア全土を掌握するティアクリフト大司祭と各国の代表が対策会議を開くために集結していた。
長いテーブルを囲むように並べられた椅子が全て埋まると、上座に座っている十歳ほどの少女が挙手して立ち上がった。
「はーい。全員集合したので対策会議始めまーす。議長のティアちゃんです。よろよろー」
羽衣のように柔らかそうな薄い青色の司祭服を身に纏っているティアはまるで、たまのおめかしにはしゃぐ子供のようだった。しかし、この場に集まった者の険しい表情は変わらない。
「……議長、大事な会議でふざけるのはやめていただきたい」
眉間に皺を寄せてそう言ったのは、アガレス王国の王だった。アガレス王国は島国で、遥か昔から独自の言語、文化を守っている伝統のある国だ。こういった世界会議にも普段は出席せず、極めて閉鎖的ともいえる。
そんなアガレス王にティアは口を尖らせて人差し指を立てる。
「ノンノン。私はふざけてないよ、アガレス王。あなたの国の言語がややこしすぎて翻訳魔法が混乱しちゃってるんじゃないかな? 他の人にはいつも通り聞こえてると思うし」
アガレス王が周囲に顔を向けると、数名の代表が頷いてみせた。
「ふむ。すまない。私の早とちりだったようだ」
「まぁお気になさらず」
ティアはそう言ったが、どこかから「普段から会議にすら出席しない者はこれだから……」と呆れる声が聞こえてきた。もちろんその声はアガレス王の耳にも入り、眉間の皺が深くなる。なおも、その声は止まらない。
「大体、こんな事態になったら助けを求めに来るなど都合が良すぎるのではないか? 自慢の伝統武術とやらで魔王を倒してもらいた――」
「はいはい。やめやめ。いい大人が子供の前で喧嘩しないでよ?」
ティアは二回ほど手を叩き、二人を仲裁する。
「また喧嘩始まってもやだし、お前もうすぐ三十路だろってツッコミも勘弁だから、とりあえず対策の話始めちゃうね」
その言葉に、一人の若き王が挙手する。
「大司祭、そんなものがあるのですか? 魔王の軍勢は強大無比。強力な戦闘型天命を持つ者達もまだまだ数が少ないのが現状です。力のある者でも、魔王討伐軍に入らずギルドに所属する者も多数いて、戦力が分散してしまっています」
そう言ったのは、ナズベキニア帝国の王。様々な少数民族が暮らすナズベキニアは、言語や文化の多種性なら他の国と比べものにならない。ティアの言葉が軽く聞こえるのもそのせいである。多分。
それに意を唱えたのは、アガレス王だった。
「戦力が分散というが、魔王討伐に軍を集中させて、いくつの町村が魔物に壊滅させられたか分かっているのか? ギルドが増加傾向にあるのも、国が頼りないと思われているからだろう」
「しかし、魔王に滅ぼされてしまっては元も子もない。多くの命を救うには、ある程度の犠牲は止むを得ないと私は考えている」
会議場に沈黙が流れる。それは、この場にいる誰もが考えている、しかし口には出さないことだった。
その沈黙を破ったのは、ティア大司祭だ。
「ま、犠牲云々の話は置いといて……。『魔王復活に伴い、力を持ちし者もまた生まれる』。ある意味予言通りではあるんだけどねー。ちょーっと魔王軍強すぎだよね。強い子生まれても育つまでにやられちゃうじゃん、ってね。せっかく生まれた勇者様なんてまだ二歳だし」
だから、とティアは続ける。
「魔王軍とも渡り合えるくらい強い人達を連れてくることにしました」
ざわつく会議場。当然だ。それが出来ないから、こうして対策を考えているのだから。
「えーと、異世界の扉を開きます」
ティアの言葉に、会場全体が息を呑んだ。それは、この世界におけるタブーの一つだ。だが、誰も反対を叫ばないのは、他に希望がないことを分かってあるからだろう。
「私の力で、面白い……とはいえないけど、とある異世界を見つけたんだよね」
「……その世界というのは?」
誰かが恐る恐る口にした問いに、ティアは笑って答える。
「ここティノジアと深いところでリンクしている世界、地球」