異世界でチョコを作る
企画 鬼は外、チョコは内 にて提出した作品です。
許可を貰ったので転載。
本家 http://ncode.syosetu.com/n7377by/28/
「これでよし……と」
本当にこの世界にもカカオ豆があって良かった。
イラストと実物を見比べる。
どうやら本物のようだ。
カカオの実はそのままでは意外なことにフルーツとしても美味しいらしいんだけど、とりあえずはこの頼んで発酵させておいた方から使おう。
「えっと……とりあえずこれを煎ればいいのね」
火にかけて煎る。
火魔法で全てやってしまった方が早く済むかもしれないけれど、なるべく危ない橋は避けたい。
それでも手間は省きたいので温度調整は火魔法でする。
こうして料理していると昔のことを思い出すなぁ……
昔は、私も普通の大学生だった。
普通に馬鹿やって、普通に勉強して、普通に恋もして……
ブンブンと首を振り思考を振り払う。
もう煎り上がったようだ。
次は皮剥きだ。
ペリペリと一つ一つ丁寧に剥いていく。
これは……すごく面倒だ。
今度から誰かに手伝ってもらわなくちゃかも。
あ、胚芽も取らなくちゃいけないんだっけ。
これは皮とは別にしておこう。
皮もあとでなにかに使えるかもしれないしね。
……風魔法で一気に皮剥きをやろうとして、周り中が大変なことになりかけたのは、ここだけの秘密にしておこう。
私がこの世界にやってきたのは、たぶん、数年前のある飲み会の帰りだった。
ちょっと酔ってしまった私は、そこでスマートフォンを取り出し、
……そこで意識が途切れた。
そして次目覚めたのは異世界だった。
…………笑えないな。
昔のことを思い出しながら作業を続ける。
そして目覚めた時に持っていたスマートフォンはなぜか動いていた。
後に聞かされたところによると、私みたいな漂流者は、何かしら特殊能力を持っていることが多いらしく、私はそれがスマホと魔法の才能と馬鹿でかい魔力だったって訳だ。
別にゲームみたいにステータス画面があってそこにスキルや能力値とかが載っている訳ではないので確たることは言えないのだけれども。
そしてそのままこの国に拾われて賓客として暮らしている。
気づくとすっかり剥き終わっていた。
とりあえず最初の工程はここまで。
これをさらに繰り返すだけ。
今回はみんなにも配る予定だしね。
また煎る。この分だと火魔法のみでやらずともよさそうだ。
正直賓客として迎えられたわけだけど以前の世界に未練がないわけじゃない。
このチョコレート作りも、その未練の一環だろう。
わざわざこの国の騎士たちに頼み込んで探してきてもらったカカオ豆を惜しげも無く使う。
だって、もうすぐバレンタインなのだから。
手慣れた作業を続ける。
次はまた皮剥きだ。
さっきの愚は侵さない。
ある程度やると一気に楽になってきた。
やっぱり手っていうのは覚えているものなんだなぁ……と苦笑する。
それがもう数年前のことであっても。
そのまま作業を続ける。
全部剥き終わったので今度はカカオマスとカカオバターを作らなくてはならない。
ここでは流石に魔法を全面的に使う。
規格外らしい魔力を惜しげも無く使い、残ったカカオ豆をすり潰す。
石の擂り鉢なんて使っていたら日が暮れてしまう。
イメージはドリル+電動ミキサー+擂り粉木だ。
どんどんなんというか粘性を持ったドロドロに変わっていく。
正直見ていて楽しい。
前の世界ではフードプロセッサーがあったからそれを使っていたのだけれど、この世界では電気という物自体が魔法の産物以外での認識がほとんどされていないので夢のまた夢だ。
前の世界……
チキュウに帰りたいな。
でも、この世界にももう未練はある。
この国の王子に恋をしてしまったからだ。
あちらにも恋人いたのに。
そして砕き終わって完全なペースト状になったら圧搾する。
そして白いカカオバターを絞り出すのだ。
これは普通の家庭ではできなかったのでカカオバターは買って作っていた。
でも今はそんなお店なんてどこにもない。
それでも作れるのだからほんと魔法って便利だ。
ある程度の量を絞ったら搾りかすを脇にどける。
これはココアにして飲むつもりだからだ。
そうして抽出したカカオバターを絞ってないカカオマスと混ぜる。
この時カカオバターのみの状態のものも確保しておくことを忘れない。
こちらも使うのだ。
ちなみに今回はトリュフやボンボン、ビターなどは作らない予定。作るのはココアとミルクとホワイトだ。
チキュウにいた頃も試作としてチョコレートを豆から作ったことはあった。
だがそれは試作として。
当人にあげたことはなかった。
むしろ告白して玉砕してしまった方が楽だったかもしれなかったなと今更考える。
ここで一旦カカオの方はおいておく。
チョコレートはカカオだけで作ってもいいけどそれ以外の材料を使うものもあるのだ。
この工程は普通は機械を使わない限り魔法でしか出来ない。
牛乳を粉乳にするのだ。
あと生チョコ用の生クリームもつくらなくては。
ちなみにこの世界は普通のテンプレなファンタジー世界とは違って砂糖……というか甘味は普通にあるので、そこはあまり考慮しなくていいというのはありがたい。
温熱魔法や様々な魔法を駆使して牛乳から水分のみを奪っていく。
かなり繊細な作業なので集中する。
失敗は許されな……くはないけどあんまりしたくないからだ。
そして別工程として遠心分離で乳脂肪分を分離させる。
もしかしたら同工程上でできるのかもしれないけれど、最初なので素直に調べたものに従っておく。
これもやりすぎるとバターになってしまうので注意が必要だ。
これが作り終わったら再びカカオマスの方へ戻る。
カカオマスに全粉乳、細かく粉砕した粉砂糖を混ぜる。
均等に混ざったらまたも魔法の本領発揮。
丁寧に粒子を微細化する。
この工程が後の舌触りに影響するのだ。
チキュウの頃はこれができなくってザラザラになってたっけなぁ……
せめて王子には美味しいものを食べさせてあげたいな。初めて食べるものなのだから。
あとは温熱魔法をふんだんに使ってテンパリング。
これが仕上げになる。
混ぜる。混ぜる。混ぜる。
私の思いは、もうチキュウのあの人には届かない。
せめてあちらで幸せになっていて欲しい。
完成したらあとは冷やすだけでミルクチョコレートが完成する。
美味しくできてるといいな、チョコレート。
あなたにこの思いが届きますように。