眠れる森の美少年
『沙羅双樹』の清志郎&菊丸が登場します。
童話のパロディーです。
昔々、緑に囲まれた美しい王国がありました。
国王は立派で民衆からの人望も篤く、王妃は美しく教養がありました。
長らく子宝に恵まれなかったお二人でしたが、ようやく待望のお世継ぎが生まれたのです。
珠のような赤ん坊は、王妃に似て色白で、また国王に似て健やかそうです。
お世継ぎは、菊丸と名付けられました。
早速、城では菊丸王子の誕生祝いの宴を催すことになりました。
国王の忠実な従者たちは、お世継ぎの誕生祝いに誰を呼ぶかで頭を悩ませました。
近親者はもとより近隣の王族たち、神官、将軍、また地元の有力者や豪商たち、余興の座に必要な芸人たちなど、招待状を送る相手をリストアップしました。
ただ一つ、ここで問題が浮上したのです。
大事なお世継ぎの誕生には、森に棲む魔女たちも招待しなくてはなりません。
それは昔からの習わしなのです。
魔女たちは、王国に必要な神秘の力と魔力を与えてくれる存在です。
ところが、一人だけ誰からも忌み嫌われている、根性の曲がった黒の魔女がいるのです。
厄介者の黒の魔女は他人の幸せが大嫌いなのです。
せっかくの祝いの席が台無しになっては、大変なことになります。
従者たちは、黒の魔女にだけ招待状を送らないことに決めました。
さてさて、宴の当日です。
各国からやってきたゲストたちで、城は大いに賑わっておりました。
美しく愛らしい殿下のお顔を一目見ようと、みなが集まってきたのです。
そこには、魔女たちの姿もありました。
「おお、森の魔女たちよ、こちらへ来るがいい」
「王様、このたびはわたくしたちをお呼びいただき、ありがとうございます」
「なになに、世継ぎが生まれればそなたたちを呼ばんわけにはいかぬからな。さあ、もっと近こう寄れ。我が世継ぎ、菊丸王子にそなたたちの祝いをくれまいか」
「もちろんでございます。ではわたくしからは、類まれな美貌を」
「続いてわたくしからは、誰からも愛される人望を」
「それではわたくしからは、国を統治するにふさわしい知性を」
「では、次はわたくし・・・」
その時でした。
魔女たちが次々に菊丸王子に誕生祝いを述べていると、城内に一陣の風が吹き荒れたのです。
思わずみなが袖で顔を覆います。
「これはこれは、国王陛下に皇后陛下、ご機嫌麗しゅう」
「お、おまえはっ、黒の魔女!」
「このような目出度い宴に、我を招待せぬとはいかなる了見か」
「なっ・・・お前たち、黒の魔女を招待しなかったのか」
国王は従者に詰め寄ります。
黒の魔女は怒らせるとタチが悪いのです。
自分だけ除け者にされたとなると、何をしでかすかわかったものじゃありません。
「はっ・・陛下、それはっ・・・」
「我を除け者にして、この国の繁栄を望めるなどと思うなよ」
「ま、待てっ・・・黒の魔女」
「そなたの愛しい王子は、二十歳の誕生日に呪い殺されるであろう」
「なっ・・」
国王が何か言おうとするのも間に合わず、それだけ言い残すと黒の魔女はあっという間に消えてしまいました。
王妃はショックでその場に倒れてしまい、あちこちから啜り泣く声が聞こえてきます。
「陛下、わたくしのお祝いがまだ残っております」
そこで名乗りを上げたのが、先ほど祝いを述べようとしていた最後の魔女でした。
「二十歳の誕生日に、王子は呪いにかかりますが殺されはしません。ただ、長い眠りにつくだけです。その眠りを覚ますことができるのは、王子への永遠の愛を誓った相手のみ」
「おお・・・」
「申し訳ありません、陛下。わたくしの力ではこれが精一杯でございます」
「なんと・・・」
さて、それから早や20年の月日が過ぎようとしていました。
菊丸王子は、魔女たちの祝いの言葉の通り、誰よりも美しく賢い青年として成長していました。
王子は植物や動物が大好きで、いつも城内の広い庭園に出ては、薔薇を眺めたり小鳥のさえずりに耳をそばだてておりました。
「菊丸や、王子や。そのように外にばかり出てはなりませぬぞ」
「そやかて、こんなええお天気やのに」
「いけませぬ。そなたはもうすぐ二十歳の誕生日を迎えるのですから」
「魔女の呪いなんか、あんなん迷信や。うちはこんなにぴんぴんしてるんやさかい」
「菊丸、どうかこの母の頼みを聞いておくれ。おまえにもしものことがあると・・・」
「もう、おかあはんは心配性やなぁ~」
なぜ王子だけが京言葉?ここは外国の設定では?という疑問とツッコミはおいといて、物語はサクサクと進んでいきます(笑)
皇后陛下の心配をよそに、おてんば(?)な王子は毎日庭に出て植物を愛でていました。
ところが、ついに悲劇が訪れたのです。
いつものように王子が薔薇に触れようとした瞬間、棘が王子の白く細い指に刺さり、王子はそのまま倒れてしまいました。
魔女の言った通り、王子は永遠の眠りについてしまったのです。
それから何年、いえ何十年が過ぎたことでしょうか。
誰もいなくなった城はもはや廃墟と化していました。
広大な城壁には茨が絡んでいます。
そこを、白馬に乗った青年が通りかかりました。
「ほう、こんな立派な城が、なぜこのようなことに・・・」
青年は、スッと背筋の通った美丈夫で、馬に跨る姿もまるで1枚の絵のようです。
その青年が馬から下りて、城壁の入り口の門のようなところまでやってきました。
中に入ろうとしても、茨が邪魔をして扉に辿りつくことができません。
「ええい、許せよ」
そう言うと、青年は脇差を抜き、えいやっと茨を刀で切りつけました。
するとどうでしょう、城壁を覆っていた茨がするするとどこかへ消えて行くではありませんか。
そして、固く閉ざされていた門も手で押しただけで簡単に開いたのです。
中に足を進めると、これまた廃墟のような状態でしたが、構わず青年は城内に入っていきます。
何気なく足を踏み入れたその部屋には、天蓋付きのベッドに横たわる人影が見えました。
思わず近寄ってみると、そこには美しい青年が眠っているではありませんか。
長いまつ毛、小さく形のいい鼻。
薔薇色の唇は、口づけを待っているようです。
「なんと美しい・・・このような美しい人間を見たのは初めてだ」
気が付くと、青年はそのぷるんとした唇に自分の唇を寄せていました。
次の瞬間、眠っていたはずの青年の瞼がパチリと開いたのです。
「おお、目が覚めたのか?」
「えっと・・・ここ・・は・・」
「そなた、ここで一人で眠っておったのだ」
「あれぇ・・・あっ、そっか。うち、魔女の呪いにかかってしもたんやわ」
「魔女の呪い?」
「ってことは、あんたがうちを助けてくれたんやね。うちは菊丸。あんたの名前は?」
「俺は、清志郎だ。たまたまこの城のそばを通りかかった」
「清志郎はん・・・」
「菊丸殿、俺と一緒になってくれないか」
「えっ?」
「そなたを妻に迎えたい」
「ええ~~~?!」
その時でした。
廃墟と化していた城が、一気に色合いを取り戻し昔と同じ姿に戻ったのです。
そこには従者の姿も、また国王や皇后の姿もあります。
「うそみたい・・」
「菊丸、愛している」
「清志郎はん・・」
たくましい清志郎の姿に、菊丸もうっとりと見上げます。
自分を助けてくれた相手が、こんなにも素敵な青年だっただなんて。
凛々しい姿と涼しげな目元に、菊丸は一瞬にして恋に落ちてしまったのです。
そう、一目会ったその日から、恋の花が咲いてしまったのですね。
二人は熱い抱擁と口づけを交わしました。
いつの間にか彼らを取り囲んでいた国王夫妻、従者たちも大きく拍手をしています。
「二人で幸せになろう」
「はい、清志郎はん」
見事、黒の魔女の呪いを解いた清志郎は感謝と共に城に迎え入れられ、その後いつまでも幸せに暮らしたということです。
おしまい。