四日目・夜(其の三)
極短いですがあしからず。
「……」
並べて敷かれた布団でぬくぬくと眠気に浸っていると、私は暗闇の中で少女に見つめられていることに気が付いた。
声をかけてくる気配はないが、私は誰かに見られては寝られない人なのだ。
なのでこちらから声をかけよう。
「どうしました? 眠れないのですか」
そう言うと、隣の布団はもぞもぞと動いた。
少女は今――どんな表情を浮かべているだろう。
「姉さん」
少女の声は、どこか震えているように思えた。
「姉さん――姉さん」
「どうしました」
「ごめんなさいうまく――言えなくって」
――それはいったい、どんな言葉なのだろう。
少女は自身の言葉を吟味するかのように、しばらくの間沈黙を守っていた。
それはいったいどんな言葉で。それはいったいどんな思いで。
それはいったい、どんな過去なのだろう。
暗闇の中、私は少女から目を離せずに――少女もおそらく、私を見つめていただろう。
彼女の透き通った声が、静まり返った宵闇へ零れた。
「私は、思いつめていると思いますか?」
私はその問に、少しだけ、間を置いて答えた。
「ええ。自分が空っぽになる程度には」
それにはきっと、その人にしかない重みがあって。
「なんで……? どうして……分かるのかな……」
だから少女は、きっと涙を流したのだ。
「なぜでしょうか……それはあなたが一人だったからかもしれない。あなたのような人が一人でいることに、私が自分勝手な答えを付けただけですよ」
ああ少女は、いったいどんな表情を浮かべているのだろう?
「私……私……」
私は、暗闇に紛れるその表情がどうしようもなく愛おしくて。だから思わず手を伸ばした。
例え触れることができたとしても、想いは決して通じないのに。
「ごめんなさい……姉さん……」
「何を謝るんですか」
「分からない……分からないけど……でも……」
言葉は噛み砕かれたかのように、くぐもった嗚咽になって響いた。
その頬に触れると温かくて。
「姉さん……姉さんは一人じゃありませんからね……私がいます。隣にいますから……」
「そんな……なぜそんな……私なんかを……」
「だから私も……隣にいさせて……!」
頬に触れた手を、少女は強く握っていた。その手ははっきりと震えていて、どうしようもなく崩れそうで、どうしようもなく――どうすることもできなくて。私はただ、少女を見つめることしかできない。
「……離れません」
「――はい」
「隣にいますとも」
「はい――!」
「もう一人じゃありませんよ」
「姉さん……!」
それでもきっと、この想いは届かない。
だけれど――
「大好きですよ。あなたのことが」
――伝えないなんて、卑怯じゃないか。伝わらないなんて、あまりにも、残酷じゃないか。この溢れる想いを、胸に秘めたままなんて。
それはあんまりにも、あんまりだから。
私は耐えられることができず、無意識のうちに躰は動いて。
いつの間にか、私は少女を抱きしめていた。
「姉さん……」
「あ――申し訳ない……その――」
「今日は……泣いてもいいですか?」
その答えは、もちろんイエスだ。
だが私は言葉の代わりに、少女を強く抱きしめた。
◆◆◆◆◆◆
――夢を見た。
私はただ広い道を歩く。ただ歩くだけの夢。
景色なんてものはなく、ひたすら一本の道が続いていて、終わりはない。
私の足は見る見るボロボロになっていく。だけどすれ違う人は一人もいない。私は道の上に一人切り。足はとてもとても痛いけど、たった一人ここで止まるわけにはいかない。
そう――私は追いかけている。
何を? それは分からない。
誰を? それも分からない。
ただ私はひたすら追いかけている。でも何かはずっとずうっと前にいて。
私はどうしても追いつけなくて、とうとう泣き出してしまった。
一人が怖くて泣き出してしまった。終わらない旅が虚しくて、泣き出してしまった。
どうして一人なんだろう。なぜ歩いているんだろう。
私は何もかもを見失う。
すると道は見えなくなって、ただ暗闇だけが闇を覆って――
「いやだ……」
私はその時、初めて助けを乞うことを知る。でも叫んだって泣いたって、誰も来ないことを、私はもっと昔から知っていた。
だから今度は、暗闇の中を歩き出す。
空っぽの中を、歩き出す――
四日目はこれで終わりです。