四日目
「……」
次の日の朝のことである。私はさっさと朝食を済ませ、今日はあの子を真似て活発なイメージで行ってみようと長い髪をポニーテールに結ってみたのだ。
今日の気分に合わせた明るめの色のTシャツの上には暗い色のワイシャツを羽織る。
私はなんとなくスカートが好きだからスカートを履いてきた。淡い色を基調としたふりふりのやつを。もちろんヒールなんてもんはやめてスニーカーである。
今日も今日とてやはり待つことにはなった。しかしそれは、今の私にとってあまりにどうでもいいことだ。
これは……これは一体、どういうことだ。
「どうしたんですか? 元気ないですね、姉さん」
「ああ、いえ。その――」
どうしてこんなことに?
「とても、似合ってます、よ……?」
目の前の少女は――一昨日の私とほとんど同じ格好をしていた。
白いワンピースに、ヒール。その上にやはりパーカーを羽織ってはいたが。
髪まで解くといよいよ私の敗北が確定した。
なんだこれは……これはなんの見せしめだ? 一体全体なにがどうしてこんなことを? これじゃ一昨日の私を殺してみたくなるじゃないか。ちょっと可愛すぎて私がどれだけ劣っているかがむざむざ思い知らされた。
「本当ですか! 良かった。一昨日の姉さんを参考にしてみたんです」
「あはは……さいですか……」
そういうのは参考ではなくそのまんまと言うのだ。
やめよう。あんまり自分を責めないでいよう。参考にしたと言うことは、参考にしたいほどその服装が似合っていたと言うことだし――たぶん。
「今日はどちらに?」
「えっと……」
まぁ、あまりブラつかない方がいいだろうな。下手に出歩いてたら男に声をかけられる。そうなったら面倒だ。
「姉さんに会いたくて……」
「はぁ……つまりプランはないと」
「はい」
自信満々に答えなくてもいいんじゃないか?
しかし、一昨日までの私とは違うのだ。従兄弟のご教授を受けた私に隙はない。
そのためにはまずバスに乗らなきゃならないわけだが……。
「では、良いでしょう。バスまでしばし時間がある。どうです、今から計画を立ててみるのは」
時間を持て余すのも悪くない。
◆◆◆◆◆◆
まず最初はどこに行くのか。
水族館だ。
「お、来た来た」
バスに乗り込むと、座席はほとんど埋まっていなかった。なるほどこちら側からの流通は少ないと。
少女は私の手をぐいと引っ張って、二人用の座席の奥に私を詰め込んだ。
そしてその隣に当然のように座る。
「あ、あの……僭越ながら、他の座席もあったのでは? なぜわざわざ私なんぞの隣に?」
「友達の隣に座ることは不自然ですか?」
「いえそれは不自然ではありませんがね……近すぎやしませんか」
「そんなことはありません」
ともあれ降りるバス停には注意を払わなければ。ふと気を抜くといつ通り過ぎてしまうか分からない。
「あの……なぜじっと私を見るのです? 景色を楽しんではどうでしょう」
「姉さんごしに見ているだけですよ」
「は、はぁ……」
なんか……エラく慕われたなぁ。友情なんだろうかこれ。興味本意にしても、ちょっと気を惹かれすぎじゃないか? なんてことを考えながら、私はちらりと少女を見つめる。一瞥くれただけだと言うのに、少女はキラキラ輝かせた瞳を細めて微笑みを向けてみせた。
本当に慕われてるなぁ。何か特別なことをしたろうか? やはり友達ってものが珍しいんだろうが、どうにも私に向ける視線が熱烈過ぎて火傷しそうだ。
物言わずひたすら同じ方向――私の横顔――を見つめ続ける少女のことがまた少し心配になった。ここは一つ、姉さん役として私がしっかり面倒を見ていないと。
「ん……? む、次のバス停ですね」
とりあえず、水族館で姉御肌の発揮といこうか。
◆◆◆◆◆◆
「わぁー……」
感嘆の言葉を忘れたかのように吐息を漏らす少女を見つめ、私はここへ来て二度目の無知を嘆いた。
専門外の知識とは言え、少女の質問に一割も満足に答えられないとは……情けないまったく以て情けなくて涙が潤む。まぁそんなことはないのだが、この程度の知識で伸し上がろうなどと笑止千万もいいところである。
ちなみに水槽に貼られた説明読めばいいとかいう批判はなしである。そういうのを無粋と言う事を教えておこう。
「姉さん! 姉さん! ほら、なんて言いましたっけこの……ほら! この毒々しい色の!」
「ヤドクガエルですか?」
「そうそれです! 中々可愛くて……私とっても気に入りました!」
「ははは、それは良かった……はぁ」
「お疲れのようですね」
「いやぁそんなことは……ただ、私もまだまだ未熟者だなぁと」
思っただけです。そう言うと、少女は如何にも怒っているとでも言うように頬を脹らせてボソボソと水槽に向かって呟いた。
「姉さんで未熟なら私はどうなるんだろうねー。ねーカエルさん。ねー、どう思う?」
「カエルは喋らないと思いますが……」
「そういうことじゃありませんよ! もう!」
少女がこちらを向くと同時に、ヤドクガエルはそっぽを向いて狭いガラス箱の奥へと跳んだ。
なぜだろう、ほんの数日の付き合いの中で今日この時、少女が今途轍も無い怒りを訴えようとしていることが分かったのは。
怒鳴られるか? 警戒を見せた私に向けて、案の定彼女は怒号を放った。
「もっと楽しんでもいいんじゃないですか!」
――しかし何に対して怒りを覚えたのかは、まったくの予想外であった。
「いやあの、楽しんではいるんですが。その、もし気を悪くされたなら謝りますごめんなさ――」
「だから! そういうことじゃなくて……もう!」
少女の言葉は途中で吐き出すことをやめ、頬をさらに脹らせて、ガラスの向こうのカエルへ語りかけるように、ぐるぐると小さくそのガラスの表面に指で円を描く。
「せっかくの楽しみもこれじゃ半減です……八割減です……」
「申し訳ない」
「謝らないでください」
私がいよいよ隣にくると、少女はそれに合わせるかのようにそそくさと水族館の奥へ歩を進めた。
「えーっとこの次は……ああ、巨大水槽……中にいるのは……エイ? あとは鮫の類か……」
なんとも破壊的な水槽か。あとなんて破壊的な歩行速度か。もう少し遅くてもいいんじゃないか? 焦ることはないんだし。
「ほら姉さん! あの魚はなんて言うんですか」
「えっと……なんでしたっけ、コバンザメ……? そう、そうですね、コバンザメです。他の鮫が残した食べかすに群がるとかなんとか……ええ。なんとも姑息な魚ですね」
「もう……ほら、コバンザメが泳いでますよ? かっこいいじゃありませんか!」
「コバンザメってほとんど動かないんじゃ」
「姉さんっ!」
「は、はい」
「一緒に見るだけじゃダメですか?」
「でも質問――」
「答えなくてもいいのに……」
なんじゃあそりゃあ。じゃあなんだ、私の悪戦苦闘振りは無駄だったと? なんじゃそら。急に阿呆らしくなってきた。自分から質問しておいて答えなくてもいいなんて、あまりに都合が良すぎるんじゃないのか。
「私はただ与えられた疑問を解消していただけです。あなたはただ私に疑問を押し付けただけだ。別に一緒でなくても」
「姉さん」
そっぽを向いた私の手を、不意に少女は強く握った。
「私達は――友達でしょう?」
その強く握られた手を、私は返せずにいた。
なぜなら――
「友達という言葉を都合よく使わないでいただきたい」
――そういう思いが強かったから。
驚いた表情に、一抹の後悔を孕ませた少女へ私は、続けざまに言葉を放った。
「私はね、ただあなたを楽しませたかっただけなんです。きっと楽しんでくれるに違いない、そう思ってここに連れてきたんですよ? ほとんど無いに等しいですが、知識だって準備してきた。それなのに……何が八割減ですか。何が半減ですか。踏みにじられた気分ですよこっちは。楽しくないなんて……」
一しきり思いの丈を吐き出してから、私はハッと少女を見た。
言い過ぎたか。なんて少し後悔を覚えた瞬間に――少女の反撃は始まった。
「友達だから! 一緒に楽しむんでしょう!? それの何がいけないんですか! 姉さんと一緒に楽しみたかったのに……姉さんと一緒に回りたいのに! 姉さんはなんだか私を見てないし……質問に答えようと躍起だし……楽しませることは一旦置いておきませんか? せめて一緒に――楽しみましょう?」
私のそれより迫力のある言葉に少し怯むと、瞳の中に、少女の今にも泣き出しそうな顔が映り込んだ。
「姉さん……楽しくなさそうだから……」
「…………申し訳ない……」
ああなんてことを。私は馬鹿か。
どうやらこの少女の――本質を見失っていたらしい。少女は私に興味を持ったのだ。であるならば、私が興味を示さないものには同じく興味を示さない。どうやらそれは……個性レベルで私に興味を抱いたゆえだろう。
「今からでも……遅くはありませんか?」
「充分でしょう?」
なぜだろう、彼女の手を握り返すと、躍起になっていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきて。
疑問をひたすら解消するのではなく、彼女と共に考え込むのもいいかもしれない。そう思えた。
「行きましょう、姉さん」
「えぇ、喜んで」
ああそうか。これが、この子にとっての友達なんだ。そう思うと――うむ。不思議と悪いもんじゃあないね。今日くらい、我を忘れて楽しもう。
◆◆◆◆◆◆
「マッコウクジラ……? 肉食なんですね」
「そうらしいですね……さてはてなぜこうも差が出るものか。もっと巨大な鯨はオキアミしか食さないと聞きますが」
「きっと優しい心を持っているのでしょう」
「小さな命を何万と一呑みする点では中々に残酷かと」
「無粋です!」
「ははは、これは失敬。しかし、疑問は疑問ですから」
「確かにそうですねぇ」
丁度中間となる休憩地点には、鯨の生態について描かれた巨大なパネルが何枚も壁に貼り付けられていた。
「きっとのんびり生きていたいんですよ、大きな鯨は。マッコウクジラは……そうですね、スリリングなのが好きなんでしょう、きっと。だから何かを追いかけている。主に食料を」
「まぁ悪くない。そういう答えもありでしょう」
実際のところはどうだったかな。まぁ答え合わせも邪魔くさいが。
さて……ここまで歩き通しだ。座って何か飲むのも悪くないだろう。幸い近くに自販機もあるし。
「さて……何か飲み物でも買いましょうか」
少女はこくりと頷くと、座ったままでいいものを、わざわざ自販機までとことこ私に付いてきた。これでは希望が何か聞けないじゃないか。
「えーっと……あー、これでいいかな」
「ふむ。では私はこれで」
結果、お互い自腹で買うことになった。
きっとおごろうとすると怒るんだろうなぁ。
私が買ったのは缶カフェオレである。案外捨てたもんじゃないんだこれが。
対し――お茶か。渋いな。安直とか決めあぐねたなとか思わないぞ?
「姉さん、楽しんでますか?」
私はその疑問を鼻で笑う。
「自分の態度を鑑みてもらえると助かりますが」
その答えに、少女は少し恥ずかしそうにはにかんだ。なるほどやはり、嘘はつけない方らしい。
「どうしてでしょう。私こんなに――」
「ささ、行きましょう。まだまだ道は続いています」
だからこそ……もっともっと楽しんで欲しい。いや、もっと共に楽しみたい。
いつの間にか――私の心はこの少女の虜になっていた。
◆◆◆◆◆◆
少女が特に目を輝かせたのはペンギンの水槽である。まぁそこも安直というか予想通りというか。
「姉さん、姉さんっ! ほらあのペン――あ、こっち来た!」
子供っぽいなぁ……。
「あまりはしゃいでは迷惑になりますよ……?」
言いながら、私はちらりと時計を見やる。
部屋全体を暗くしてあるため非常に見にくいが――ふむ。もうすぐ正午を回るのか。どうやらバスに乗っている時間からして長かったようだ。
従兄弟と来た時は、そういえば時間自体が早かったんだな。
「全く……いや可愛いのは分かりますが」
正直な話、ペンギンにはしゃいでるこの子の方が数倍可愛いんだよなあ……そんなこと軽々しく口にはしないが。つーか軽く言えたら今頃彼氏いるっつー話なわけで。
「姉さん、何かお悩みのようですね」
「ああ、いや……ははは……」
「そういう時は、ペンギンに聞いてみるのもいいですよ?」
無邪気な笑顔でエラくメルヘンチックなことを言い出すなこの子は。でも……たまには悪くないかもと思えて来るのがその魅力の恐ろしいところ。
「にしても……全く止まりませんね……陸上の時とは天と地だ」
「そうですねぇ……あっ」
「うわっ!?」
こっちに来た!?
予想よりずっと速いスピードに腰を抜かしそうになりながら、一瞬のすれ違いざまにペンギンと確かに目が合った気がした。
「あはは、姉さん驚いた」
「そりゃあ……あんなもの誰だって驚きますよ」
「騒いじゃ迷惑になるんじゃないですか?」
「ぐ……時と場合によりけりです……」
はぁ……なんでそんなに笑顔なんだろう。
「なぜでしょう。今姉さんを悩ませているものは、とても微笑ましいものに思えます」
「はあ、まぁねぇ」
微笑ましいものだなんて。当事者からすればそうもいかないことだけど、どうやら他人からすればそうでもないか。
きっと恋愛なんて分からないだろうな。
「では一つ、悩みを相談してみてはいかがでしょうか?」
「いえいえそんな……相談するほどのことでもありません」
心配そうな顔を向けられるが、本当にそこまで心配することじゃない。
一人の恋の悩みなんてちっぽけなものだ。しかも好きな人がどうのこうのという話ではなく、好きな人ができないなどと、馬鹿馬鹿しいのもいいところだ。
「でも、話してみるだけでも価値はあると聞きますよ?」
すこし目を伏せると、少女は視線の先に表情を覗かせ私の曇った目を見つめた。
先程まであんなに楽しそうだったのに。
「それに……どうしてでしょう。姉さんはどんどん深く潜っている気がします」
思わず苦笑いを浮かべ目を逸らした私の手をすかさずとって、少女はぐいと引っ張った。
「ほら! このペンギン達のように狙いを定めて! 素早く獲物を捕らえれば、沈む必要はありませんよ?」
「獲物を……ですか」
ハッとした。要するに獲物がないから沈むしかないのだ。そりゃ抜け出せなくもなる。
「私の場合は獲物がいないのが悩みです」
「ははぁ。なるほど恋をしたいのですね!」
そう言われると否定はできない。
だがなぜだ……この子に言い当てられるとイラッとくる。
イラッときたって悩みの種はそれであって、それはつまり従兄弟の言う通り恋に恋するお年頃なわけで、他人から見ても分かるわけで。私ってそんな分かりやすかったかな、なんて思いながらため息を漏らしながらぼうっと水槽を見つめた。横で少女が何やら捲し立てていたが、今私の意識の中に入り込んではこなかった。
「なんで聞いてくれないんですか」なんて泣きそうな声に我に帰ったのは――おそらく数分後のことだ。
申し訳なさに思わず謝罪すると相手はやんわりそれを受け流し、再び私の手を握る。
「私は……恋なんか必要ないと思います。確かに恋しいかもしれません。でも片想いでいるのは――想いが伝わらないのは辛いし、苦しいし、とっても胸が痛いんです。だから恋なんてなくてもいいんです」
その手はひどく温かく、その手はほんのり冷たくて――その手はなぜか、震えているような気がして。だから私も思わず、少女の手を強く――夕焼けを見た時のように強く――握り返す。
その時彼女は何を思っていたのだろうか――? 知る術を持たない自分がどうしようもなく情けなく見えて、なぜだか悲しそうに震える指を温かく包み込む。
すると少女はハッと驚いたような顔をして――それから、今度は恥じるようにはにかんだ。
そんな表情を見て私は、――なんて無力なんだろう。悔しさに、思わず顔を歪める。
「どうして……」
「……?」
「そんな顔をするんですか……?」
今度は、私が恥ずかしさにはにかんだ。
「申し訳ない、考え込んでしまった」
「いえいえ。……さぁ、次に行きましょう?」
少女は私の手を引いた。
今日はこの少女に委ねてもいいかもしれないな――。
◆◆◆◆◆◆
「……」
「はぁ……姉さんまた考えてる」
「ああ、すいませんどうにも」
回転寿司って案外安いんだなぁ、なんて思いながら私は100円というお手軽価格の皿を取った。
全品100円とはたまげたなぁ……
「そんなに考えることがありますか?」
「そう簡単に行くもんじゃありませんし……」
「そんなことないけどなぁ」なんてぼやきながら、少女は烏賊の皿を手に取った。
それを頬張って美味しさ(というか未知の味)に感嘆の声をあげてから、再び私の方を見た。
「姉さん。私とっても楽しかったですよ、水族館。姉さんは楽しくなかったんですか?」
「そんなことは」
「じゃあ、それでいいんです。悩みは……相談に乗れなかったかもしれませんが。今は、楽しかったってことだけでいいんじゃありませんか?」
そういうものかな。そういうものか。
深く考えるとか、考えないとか、それ以前に楽しめたか否かはとても重要な問題なのだから、それをまず優先するのは当たり前のことだろう。
「私にとってはそれで充分なんです。姉さんと一緒にいれて楽しかった。私にとってはそれが全部――なんてことはないですが。友達といれたことが満足なんです」
その言葉を聞いて「さいですか」なんて気の抜けた返事をすると少女はまた頬を膨らせて寿司のネタが流されていくのを眺める。
「あ、ホタテ」
それから何事もなかったかのようにひょいと皿を手に取った。
そしてそれを掴もうとした箸を止めて――
「姉さん。もしかして……私、食べ過ぎですか?」
――わざわざ食指を止めてから私に話しかけたのである。
「いえいえ! そんなことはありませんよ!!」
これは……驚いた。素直に驚いた。
先日海の家で私は確かに「話しを聞く時は食指を動かすな」と注意した。しかし話す時は止めろとまでは言っていない。当たり前のことだが少女は自分でそれを判断し、そして私を――礼儀を払う相手として見てくれている。つまりそれは私が少女にとって価値があることに他ならない。
つまり彼女は……いや、友情を感じているのだろう。友情であることは、もう間違い無い。もう疑う必要はない……。
彼女と私は友達だ。その事実が、ここまで嬉しく――そして同時に惜しく思えるのはなぜだろう。
「そうですか? 良かったぁ……」
「ははは、そこまで不安にならなくとも」
未だ高く積み上がらない皿をつついて、私は良さげな皿が流れてくるのを待つことにした。
なんだろう……惜しい。友情であることが惜しい。なぜだかとてもとても惜しく感じる。だけれど友情以外何があると言うのだろう。友情であること以外、私は何を欲すると言うのか。
そこで自分が、また答えのない問いに首を突っ込んだことに気が付いた。
眼前の少女はどうやら食べることに夢中になっているようで、私はそれを眺めながらしばらく思慮にふけることにした。
私は一体――何を求めているのだろうか。
彼女と出会ったのはたったの三日前で、最初の出会いにインパクトこそあったものの良い出会い方とは言い難く。そういえばあの時から、私は相手にどう思われているのかしか見えていなかったのか。家に帰ってから少しだけ死にたくなったのはそのためか、だとしたら私は、そこまで相手に良く見られたいと思っていたと。
たったの数分、その出会いだけで。
なんて馬鹿馬鹿しい話か。
「食べないんですか、姉さん」
「そこまで空腹というわけでも」
なんか……こうしているだけで満足だし。
「そうだ、午後からはどうします?」
「そうですねぇ……バスの時間もありますしそんなに長くはいられないかもしれません」
「なるほど……」
「なのでこの後バスに乗って……そうですね、またモールにでも行きますか。それとも海を眺めています?」
「そうですね……」
言葉の合間にホタテを口へと突っ込んで咀嚼する。
それをしっかり飲み込んでから少女は言った。
「海へ!」
◆◆◆◆◆◆
バスを降りると時刻はちょうど二時を回る。
太陽は燦々と輝いて肌を焼き、アスファルトは熱を照り返す。
如何な田舎と言えど、この時間帯は灼熱と呼ぶに相応しい。
しばらく歩くと、私の体力はすっかり熱によって奪われてしまった。
対し少女はと言うと――
「姉さん!」
「げ、元気ッスね……」
汗をあまりかかない体質なのか、爽やかな笑顔を浮かべながら少し離れた私に手を振った。
もちろん私達の両方とも水着なんてものは持っていない。冗談でも下着で海に入るなんてことはできないし、私からすればあまり急ぐ理由もないんだが。まぁ、彼女は楽しみなんだろう。
一昨日だって砂浜を歩き回るだけであんなにはしゃいでいたし。
「ほら、姉さん。もうすぐですよ」
よたよたと歩く私を、彼女は足踏みして待っている。
ウキウキした彼女の影に近寄ると、温い潮風が頬を叩いた。
私、本当に体力ないな。
「ひぃ、ひぃ……ようやっと追い付いた……ちょっと待ってください……」
しかし……こないだの新体力テスト、結果は上々だったんだぞ? 私はこんなに疲れているのに、彼女はなぜ疲れていないのか? 一重に運動能力の差か――それとも
「無茶はいけない、お嬢さん……」
無茶をしては、いないだろうか? それだけが心配だ。ただでさえこの灼熱、熱中症なんざぁ、ざらにある。
というわけで、いきなりぶっ倒れたりしないかヒヤヒヤしているのだが……
「さぁ、行きましょう! 海! キラキラした海!」
「ひえぇ……」
あ、ヤバイこれは……これは……
「ま――」
足に力が――
「……姉さん?」
――あれ、なんで地面がすぐそばに……というかなんでこんな暑いんだ? ああ、なんだか……意識が……
「姉さん!?」
これは……マズイな……
「け、ケータイを……」
恨むぞ……我が軟弱を……
捨て台詞を吐く間もなく、私は意識を手放した。