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七日目・其の二(夜)


「それでだ、従姉妹。お前もう、他人のことは怖くないか?」

「まぁ……ある程度は仕方ないことにして、ほとんど怖くはないかな」

 熱い蕎麦を啜りながら、私はしばし考える。

 従兄弟はまたざる蕎麦を食べながら、私に言った。

「俺はな……正直、あの子にすごく感謝しているんだよ。……お前が恋した相手なんだから……その、うまくは言えないが。ちゃんとお前を見てくれる相手がいて良かった」

「そりゃまた……ありがたい言葉だな」

 照れ隠しに咳払いをすると店員の白い視線が飛んできた。やめよう。

「しかし疑問でもあるな。何がそこまでお前を惹き寄せたのか」

「私にないものがあった。それだけだよ」

 ないものを持っているくせに、それだけしか持っていないあの少女に、私はここまで惹きこまれて、魅了されて。よくよく思えば実におかしなことだけど、私は少女に、沢山のものを与えたいと思っているのだ。

 でもこのまま放っておくと――人知れずひっそりと、どこにもいなくなってしまいそうで、怖くなる。私がそばにいて支えてやりたいと思う――いつぞやの、この従兄弟のように。

「お前は本当に成長したよ」

「――ありがとう」

「ああ本当に、いい女になった……世の男は見る目が無いよ。いっそあの子に貰われた方が俺も幸せになれそうだ」

 しみじみとそう呟いて、従兄弟はさらに蕎麦をすする。半分以上減っているのを見て、私も焦ったように蕎麦をすする。

 従兄弟はそういう時に言葉を撃ち込むのが好きらしい。

「何したっていいからな。俺が認可する」

「ごふぇぁっ」

「おい、吹くなよ」

「じゃあ変なこと言うな!」

 従兄弟のニヤニヤした顔をにらみながら、私は残りの分をちまちまと食すことにした。


◆◆◆◆◆◆


「……中三のお前にも手を焼いた」

「まーたその話か……」

「仕方ないだろ。こうしていると思い出すんだよ」

 その言葉を聞いた後、私と従兄弟は防波堤から、彼方へ沈む夕日を眺めた。

「また追い詰められてなぁ、お前……あんまり詰め込みすぎるのも体に悪いと思って、この夕日を見せに外に連れ出して……お前、あの時ボロボロ泣いて……ああ懐かしい」

「何を泣いとるんだこのおっさんは……」

「だってなぁ! ああ、くそ、本当に物凄く困ったんだからな! 今こうしていられるからいいものの!」

 あの時、なんで泣いたんだっけ。確かあの時は……あれ、おかしいな、思い出せない。

 私は少しだけ物足りなさを感じながら、独りでに掌を握った。

 そして、少女が夕日に見せた涙を思い出し――

「あの時もただ涙が溢れたんだよ」

――ふと、そんな言葉が口から零れ落ちた。

 きっと、あの時の少女だってそうだ。この景色に涙することに、理由なんてものは要らない。ただここにある力を感じて……そして自分を晒せばいいんだから。きっとあの時の私も、あの時の少女も。

 そこに何かを知ったのだ。そこに何かを見出したのだ。

 そこに、強い何かを感じたのだ。

 だから私はこの夕日が好きなんだ。ああやっと、答えを出すことができた。

「……また見に来よう、今度はあの子と三人で。きっとまた泣くからな」

「もう勘弁してくれよ……お前は笑ってる方がいい」

「そういうことは……ちゃんと思い人に言え」

「しょうがないだろ、いないんだから」

 全くこいつは。なんて笑い会いながら、私達は車へと戻った。


◆◆◆◆◆◆


 なんだか今日は……物凄く早く過ぎていった気がする。何がと聞かれれば当然時間だ。

 もうすっかり日は落ちて。

 夕餉の最後の用意として、私達の間には一本の酒瓶が置かれていた。

 まず「ささ、ぐいっと一杯」なんて勧めて来たのは従兄弟である。今日限りは乗ってやることにした私を褒めてもいい。

「よっ! いい飲みっぷり!」

「ふふん。今日は機嫌がいいからな。ささ、従兄弟もぐいっと一杯!」

「あいやいや、申し訳ない注いでもらうなど」

 並々と注いだ酒に少し冷や汗を掻きながらも、従兄弟はそれを飲み干した。

 いつもより少しキツいかもしれないな。

 酒をメインに置くために、食事の方は控え目に作ってあった。

「しかしまぁ……今日は楽しかったな。久しぶりに話し込んだ気がするぞ」

「言われてみれば……じっくり話す機会がなかったものな」

 確かに、私ときたら少女にかまけてばかりいて。それは確かに重要なことかもしれないが――私にとっては、従兄弟との時間だって等しく大切なのだから。

「なんだか悪いな……」

「いやいや、俺としては、お前の時間は好きなように使ってくれるのが一番だ」

「もっと束縛したっていいんだぞ?」

「バーカ。誰がするかそんなこと」

 二杯目を自分で注いでから、従兄弟は落ち着いた様子でそう言った。

「第一な……束縛なんて趣味じゃない。俺は見守ってくれる人がいいんだから」

「そういう人がタイプなの?」

「そうとも」

 ……半年に一度は通いつめて、去年まで、あれだけ欲しかった情報が、今更手に入るとは。中々珍しいこともある。

「じゃあ私は真逆だな……」

「まぁ……な」

 なんというか……狙ってんじゃないのか、コイツ。本当は全部何もかもお見通しなのに、その上で何にも気付いていないフリをしているんじゃあないのか? どうにもそう思えてならない。

 だって従兄弟はこんなにも――なんだって知っていて、なんだって、憎いタイミングで教えてくれる。

 それが堪らなく悔しくて、堪らなく憎らしくて。

 それが許せないために、今日の私はヤケ酒に近かった。従兄弟がいるのでそうはならないが。

「なぁ従姉妹。来年も来いよ」

「当たり前だろ? 好きな奴に会いに来ない乙女がどこにいる」

「あの子はここに住んでるわけじゃないぞ……」

「そういうことじゃなく……ああもう、どうして分かってくれない」

 段々と酔ってきた私は、食事が進むに連れて徐々に怒りを募らせていった。

 そんな私に対する一言に、私の怒りはついに頂点を超えたのである。

「何をそんなに怒るのさ……」

 私は、酒が入ると大胆になるくちなのだ。忘れないでいただきたい。

 従兄弟の言葉に、その時の私はプッツンと来たのだ。

「この馬鹿! ちょっとは乙女心を知れ!」

「はぁ――?」

 それでも依然気付かない従兄弟に対し、ついに私ははっきり言うことにした。


「そんなだから私にさえ、幻滅されるんだよお前は」


 私の言葉にフリーズを起こした従兄弟を尻目に、私は三杯目を一気に飲み干す。

 すると従兄弟は、もう分っているくせに、こう言うのだ。

「どういう……?」

 だから私も、

「好きだったんだよ、昔は従兄弟が」

 と、言い返した。

「あ、ちなみに今もそこそこ好きだぞ?」

 ついでにそう付け加える。

 すると従兄弟は完全動きを止め、それはもう、今まで見たことがないような形相を取った。

「その……すまん。いや、意味はしっかりと――ああ、伝わったよしかしだな」

「いいんだよ別に。今更だし」

 あたふたと、なんとか弁明しようとする従兄弟をよそに、私は黙々と食指を進める。

 こんなに焦った従兄弟を見るのは始めてかもしれない。

「それに、終わったことだ。今はあの子の方が好きだから」

「そ、そう、か?」

「そうだとも」

 すっかり狼狽えた様子で、従兄弟は「こんなことになってたとは」とつぶやいた。どうやら、本気でどうしようもない域に達しているらしいことを、私はその時始めて知った。――再確認した、という方が正しいか。

「あのなぁ。従兄弟、お前何人女を失望させてきたんだよ。なんとなく分かるぞ、学生時代は大層女子に声をかけられたことだろうなぁ」

「いやいやいやいや! それはない! うん、声をかけられることはなかったぞ!」

「ふーん。じゃあ片想いしてたくちか」

「なんで分かるんだ……」

「いや? こーんないい女がだな、お前の家に通いつめてくれるんだぞ? なびかない方がおかしいだろう」

「確かにお前はいい女だが……」

「ま、言い寄ってきたらきたで、私の方から拒否してたがね」

「なんだそりゃ……」

 疲れきった様子でため息をつく。従兄弟に対し、私は止めの一撃を刺した。

「真摯な君は、とてもかっこいいんだもの」

 すると従兄弟はみるみる顔を紅潮させて行くのである。

「な、な、な」なんてしどろもどろになりながら、どうにか気持ちを落ち着かせようとした。

 それから結局私のグラスに酒を注ぐことにして、従兄弟は言う。

「そういうことをだな……軽々しく言うもんじゃないぞ……」

「別に軽くはないだろ。事実を伝えただけだ」

「だから……好きな相手以外には言うんじゃないぞ……?」

「当たり前だよ従兄弟殿」

 その後の従兄弟と来たら、もう傑作だった。

 何をやってもダメダメで、皿は割るわ、酒は零すわ、水風呂を溜めるわ、しまいには机に突っ伏して、何やら訳のわからぬことをしきりにつぶやくようになった。

 かなり酔ったな……。明日は大丈夫だろうか。

「従兄弟。ほれ、風呂いけ風呂。意識はあるか」

「うんむ……悪い、朝にシャワーを浴びるんでな……このまま寝かせてくれまいかね」

「仕方のないやつ……今日だけだぞ」

「面目ない……」

 風邪を引かれては困るので、部屋から毛布を持ってきて従兄弟にかけてやる。

 さて……。私もそろそろ眠るとしよう。

 明日こそが、正念場だ。

そうなんです、正念場なんです。

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