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七日目・其の一

「……」

 次の日の朝。

「頑張れ一般男性! 意地見せろ意地!」

 朝の連続ドラマを見ながら従兄弟はそう声を張り上げた。

「破局しろ破局。調子乗るなよ」

「何をぅ従姉妹! 一般男性頑張ってるじゃあないか!」

「やかましい。なまじいい男だから余計腹が立つんだよ」

 今日の朝食は炊きたての白米に、焼き鮭に、味噌汁。簡素ながらも伝統的なそれだ。

 夏祭り前日。今年は屋台の手伝いもないために従兄弟共々暇――と、いうより自由時間――を持て余していた。

「分かってないなぁ。こういう男がモテるのさ」

「じゃあ従兄弟、お前はモテないな」

「何をぅ!」

「事実だろうが」

 少し塩辛い鮭をほぐしながら、私はまだ覚めきっていない脳でドラマの内容を思い返した。まぁなんのことはない、女主人公がなんやこんや恋に落ちる話である。ありがちである。これだけだと売れないのである。何がこんなに人気をつけたのであろうか。顔だろうか。女優だろうか。おっぱいだろうか。

「おのれおっぱい許すまじ」

「どうした従姉妹一旦落ち着け」

 従兄弟の一言にハッとして、それからまぁいいかと思い直し朝食を進める。

 私達が食べ終える頃ちょうど、ドラマもエンディングを流し終えていた。

「……なぁ従兄弟、今日暇なんだろ?」

「ああ」

 従兄弟は残念そうにそう言った。

 そこで私は、すかさず提案する。

「じゃあ、海を見に行かないか? 弁当でも持って、さ」

 その提案に、従兄弟はしばらく考え込んだ。

「ふーむ、弁当は承諾しかねるがいいだろう。見に行くだけなら付き合おう」

「ありがたい。早速支度するよ」

「なぁ従姉妹」

「なんだ?」

「……服装は白のワンピースで頼む」

「麦わら帽子も備えておくよ」

「ありがたい」

 手を合わせる従兄弟を見て、相変わらずだと思いながらも、私はそそくさと支度にかかった。


◆◆◆◆◆◆


 海である。まだ人は多くない。

 従兄弟の車を近くに止めて、私達は防波堤の上を歩いた。

「そういえば、あの子と最初に来たのはここだったよ」

 その途中でピタリと足を止め、私は遥か水平線を眺めた。

 今思い出しても、つい数秒前のように感じる光景は、すぐそこに広がっていた。

「着いたのが昼前でな……それはもう、混雑していたよ。私はやっちまったと思ってなぁ……」

「今でも人ごみは嫌か?」

「大嫌いさ」

 ニヒルな笑みを浮かべ、私は従兄弟の問いに答えた。

「でも、そんな景色を見て、あの子は何と言ったと思う?」

 ――でも。今思えば、私が少女のことを本当に想い始めたのは、その時からかもしれない。

「綺麗だって……あの子はそう言った。あの景色を綺麗だと。私はそう思えないのに――すごくすごく、惹かれたよ」

 私はその言葉に、強い興味を抱いた。だから彼女のことをもっと知ろうとして――

「同時に、もっと色んなものを見せたいと思った」

 ――そして結果的に、惚れてしまったわけだけど。

「きっとあの子となら、どんなものだって美しいんだろうなぁ……」

「なぁ従姉妹。つまりはここから始まったのか」

「そうなるかな……ああ、そうなるな」

 だからこの海は、私にとっても……そしてきっとあの子にとっても、特別なんだ。

「……綺麗だよ、とても」

 私は海辺を眺めて、静かにそう呟いた。


◆◆◆◆◆◆


 モールに入ると、人はほとんどいない店内にどこか悲しみを覚えた。

「買うものがあるのか従兄弟」

「ああ、いやな? スルメが切れてな……」

「こないだ買ってきてやったろう!」

「仕方ないだろ全部食ったんだから」

 コイツ、いったいいつの間に。呆れるほどのスルメスキーだな。

「して、従姉妹。お前もここにはよく立ち寄るようになったろ?」

「ああ……まぁな。それはまぁ」

 ここには何回来たかな。その度気持ちに変化があった気がする。

 最初はただ友達として、あの子とここに来て。

 その次は……いや、そうなると昨日になるのか。案外来てないな。まぁ、それだけその時間が長く、そして良き時間であったという証拠だ。

 私はすっかりあの子のことを好きになってしまっていて……。ああもう、なんでこんなことになったんだろう。今でも少し後悔しているというのに、時は無慈悲に進んでいく。

 私に感情の変化があったように、少女にとっても変化があったのだろうか? それは本人にしか分からない。

「従姉妹、何か欲しいものは?」

「育毛剤」

「冗談でもやめろ」

 私のジョークを軽く受け流す従兄弟を見つめ、私は少女のことを考えた。

「なぁ従兄弟?」

「どうした」

「……いや、やはりなんでもないよ」

 何を聞こうとしたのかは――私も知らない。なんせ声をかけてから決めるつもりでいたから。

 ああ少女なら、きっと嬉しそうに、私のことを呼ぶんだろうな。

 そう思うと愛おしくてたまらないのはなぜだろうか。

「…………恋をするのも、案外悪くないよな」

 従兄弟は私の言葉が意外だとでも言うように、大きく目を見開いた。

「驚いた。俺はてっきり……」

「自己嫌悪に陥ると思っていたのか?」

「ああ」

「悪いがね、そんな暇はないんだよ」

 言って、私は先に手に取ったスルメを従兄弟の押すカートに乗せた。

「ほれ、行くぞ。ぐずぐずするな」

 時間はまだまだあるけども。


◆◆◆◆◆◆


「まーた蕎麦か」

「いいじゃあないか蕎麦。私は蕎麦が好きなのさ」

 90年代のバラードを流しながら、従兄弟は素っ頓狂な声を上げた。

「俺と外食するときは大体蕎麦だな」

「いいだろ、別に」

 こうしていると、今年ここに来た最初の日を思い出すな、なんてことを考えた。

 あの時は――ただなんとなく都会に疲れて、今年も今年とて、戻ってきただけだったのに。今ではどうだ、こんなにあの子と一緒にいることに必死になって。今年こそは無駄にならなかった。

 それは、結果がどうあれど。決して無駄にはならないだろう。無駄にはしない、したくないから。

「しっかしまぁ……ああ、俺はいいと思うぞ、その髪。初日に言い忘れていたかもだがな、それは面倒を積もらせたものじゃあないんだし」

 運転の方に大方の集中力を割きながら、従兄弟はぎこちなくそう言った。初日にすでに言われていたような気がしたのは気のせいだ。

「今年も今年とて……元気で安心したんだぞ? お前はすぐ死にたがるからなぁ」

「うるさいな、今はいくらかマシだわい」

「本当かぁ? 昔は本当に手を焼いたよ……始めて一人で来たのは……確か中学のころだったよな?」

「ああ……懐かしいな。中一の夏だよ」

 あの頃は……うん、あの頃はまだ、無垢だったなぁ。何も知らなかった。他人のことも、自分の事も、家族のことも、何も知らなかったっけ。

「それで、中一の冬……だったか。また一人で来た時は驚いたぞ。それに出会い頭、泣かれるとはな……」

「あー、もう……いいだろその話……」

「まだ鮮明に覚えてるんだからな? もう、それはひどい泣きっぷりでなぁ……慰めるのに苦労したよ……あの時は、滞在中ずっと俺の仕事見てたよな」

 その話の真実は、従兄弟から離れるのが怖かったから、という結末を持つ。

 家にいるのがひたすらに嫌で、訳もわからず嫌で、でも一人でいるのも嫌だった。そしてたどり着いたのが従兄弟の家だったのだ。

「どうだった? 何か進歩はあったのか?」

「いいや」

「はっきり言われると傷つくな……」

 とほほと泣き真似をして、従兄弟はしばらく運転に気を向けた。

 交差点に差し掛かったところで、従兄弟はまた話し始める。

「……なぁ。あの時、本当に何があったんだ? 確か――中二の冬だ」

「あぁ、あの時か……うーむ」

 これは、話してもいいものか。

「あの時ほど頭を悩ましたことはないぞ……ただ俺の仕事を見るでもない、がむしゃらになるでもない、一日の大半は部屋にいて、しかも見る見る痩せていく。声をかけても無視ときた。あれはいったいなんだったんだ?」

「少し……な。些細なことなんだよ、今にして思えば」

 ただ偶然、嫌なことが、重なっただけで。

「なんというか……人間不信、というのかな……急に他人が恋しいくせに、そんな自分が許せなくて……その狭間で弱りきっていただけだよ」

「そして恋しさに屈して部屋から出てきたと」

「あの時の夕餉の味は今でも覚えているぞ」

「そりゃあどーも……っと、ほれ、着いたぞ」

 まぁ、一番辛かったその時期を共に乗り越えてくれた従兄弟には、特別な感情を抱いていたりして――それはまた、別の話だ。

伏線的なものが出てきましたが作中で詳しく過去が語られることはありません。

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