六日目・其の四(夜)
「ぐああああああああああああああああああ!!!」
「やっっかましいぃ!! いったい何がどうなった従姉妹!」
「もういい! 殺せ! 殺してくれ! いや夏祭りまでは生かしてくれ!」
「どっちだ従姉妹! どっちなんだ!」
「ぐああああああああ!! 死にたい! すごく死にたい!」
畳の上にのたうち回りながら、今日の私を脳内で無茶苦茶に叩きのめした。
ほんとなんで、あんなことを? らしくないにも程があるだろ? 一世一代の大勝負もいいとこだ。
「いいから茶でも飲んで落ち着け。それから今日何があったか話してくれるとありがたい」
「ああ話すとも……祭りの日はお前の力が必要だしな……」
差し出された湯呑みの予想外の熱さに驚いたが落としはしない。
温かい茶を喉に通すと私の激情はいくらか収まって、どうやら話せるだけの分別がつきはじめた。それから私は話す内容の取捨選択を始めたが、途中でどうにも面倒に感じてほっぽり出した。
「今日はその……少女を祭りに誘ってきた」
「おお!」
「なんだその驚きっぷりは! まぁらしくはなかったかもな、浴衣をプレゼントするなんて……」
「らしくないな」
「はっきり言うな阿呆! まぁだから、祭りの日はお前の車に私ともう一人乗るわけだ」
「なるほどなあ……」
転げ回ろうとする私を足で制し、従兄弟は私に「飯の用意」と声をかけた。もちろん手伝わない道理はない。
寝ていても仕方ないので、私はようやく起き上がることにした。
「して……従姉妹。お前、今年も最後までいるつもりか」
「そりゃ……あーどうだろう。そのあたりは分からんな」
「気変わりがあるかも、と」
「そういうことだ。……たまには追われるような休みも悪くないかな」
従兄弟は私に箸を手渡す。
「机に。ついでに聞くが……祭り当日はどうする? 午前中は家に呼ぶか、あの子」
「いいのか!?」
「ダメと言った覚えはない」
やった、と小さくガッツポーズ。それを見た従兄弟はニヤリと笑った。私はなんとなくムカついたので背伸びして禿げ頭を叩いておいた。
「あ、悪いが明日はなしだ。用意も何もないからな……それにお前の方も用意があるだろ?」
「うむ。私にだって時間は必要だからな。……その、お金の話だが――」
「ああ、いらんいらん。お前の小遣いにとっといた金だ好きに使え」
「そ、そうか?」
「そうだとも。さ、飯にするぞ」
謝罪を口にしようとした瞬間に、従兄弟はどかりと席につく。
「謝るこたぁないだろ。まだ子供なんだ、大人を頼れよ」
「面目ない……」
「面目も何も、なんでも自分でやろうとするな。お前はそれで失敗したんだし……とにかくだ、俺にどーんと任せんしゃい」
なんというか、コイツみたいな大人になりたいなぁとつくづく思う。決して禿げたいわけではないが、従兄弟のように頼りがいのある女に……。それは果てしなく長い道だとは思う。だがそれでも目標ではあるし――
「お前はまず、目先のことを考えな」
「むぐく……」
「で、いったい何を伝えるつもりなんだ」
「それは終わってから教える」
「うむ、心得た」
たぶん従兄弟からすれば、大方予想はついているんだろう。でも追求しないところを考えると、どうやら私の口から言わせたいらしい。いじらしいやつだ、助かるけど。
「あの浴衣、ちゃんと手入れしておいた。多少乱暴しても破れたりはせんだろう」
「ありがたい」
「だから、ちゃんと遣り遂げろよ?」
「……ああ、もう。分かってるよ!」
言われなくたって、頭ではわかっている。わかっているのだ。それを行動に移せるかは別だとして、ちゃんと頭では――計画だってあるのだから。失敗するわけがない。
だから、今から不安になったところで、未来はきっと変わらない。今はただ、来る未来を座して待つ以外に選択肢はない。
「……従姉妹。俺は言ったよな? お前が本気ならそれでいいって」
「うん。言った」
「だから心配すんなって。お前が本気でやったなら、俺はどんな結果でも、無駄にはならないと思っているからな」
従兄弟の言葉に涙ぐんだのは秘密にしようと思っていた。
思っていたのだ。
「お前なぁ……今から泣いてどうすんだ……」
「泣いてないっつー……」
「ったく。変わらんなお前も」
「……ふん」
でも従兄弟はきっと何もかもお見通しで、きっと泣いていなくても、きっと私が求めていることが分かるのだろう。それこそ手に取るように理解できるのだろう。
それでも私は――あの子のことが、好きだから。
「とにかく今は英気を養え。腹が減ってはなんとやらだ」
「ああ。心得ているとも」
◆◆◆◆◆◆
「従姉妹。風呂に入れよ」
「ん……?」
部屋の扉越しに聞こえてきた声に、私はようやく時計を見た。――もうこんなに経ったのか。
机に向けていた体をあげて、首の関節を鳴らしてみると、すっかり日が落ちたことに気が付いた。
どうやらかなり長いこと、私は原稿に向かっていたらしい。
これでしばらく筆を置くことはなさそうだな、なんてことを思いながら、私はかけたままだったメガネを外す。今時手書きする作家なんてのも、珍しいかもしれない。
「こんな時間とは……いやはや」
目が疲れたな。早く風呂に入ってしまおう。
「おう、今日はのぼせるなよ」
「分かっとる分かっとる。ほっとけ」
替えのジャージを手に持って脱衣所へ。
「ああ……今日ジャージ洗濯に出すんだが」
「おう」
「変なことするなよ」
「せんわい」
「本当かぁ?」
「お前なぁ。俺が変態で嬉しいか?」
「正直困るな」
「だろ?」
そう言って、従兄弟は追い払うように手を振った。私はそれに従うことにした。
風呂に入るとその温かさに力が抜けてしまうのは私だけだろうか? どうにもこうなると、頭の中が空っぽになって天井をボゥっと眺めてしまうのだ。
「くぁぁ……」
つまり奇声が出るのは仕方のないことだ。
今年ここに来るまでは――こんな時、頭の中はずっとずっと、バラバラな文書で埋め尽くされていたはずなのに。今はどうしたことだろう、なぜだか私の頭の中は、あの子のことでいっぱいだ。
そして大抵、笑っていてほしいなぁ、なんてことを思うのだ。
同じくして何考えてんだ、と顔が火照るので、湯を顔に打ち付けるわけだけど。今日くらいは否定しないでもいいかな、なんてことを考えていた。
すると顔を出すのは、夏祭りの日を逃げ出したいという感情である。
どうにもこればっかりは、性格だから仕方ない。どんな苦難を乗り越えても、それは変わらないだろう。自分としてもかえるつもりはもうない。
一昔前は、この性格であんなに苦しんだのにな、なんて思い出してみる。あの時期を経て今があるのだと思うと――うん、悪くないかな。
そんな私を好きに、なってくれるだろうか。
その日まで、嫌になるほど不安は募って行くけれど。
座して待つには、心地よいのだ。