六日目・其の二
いつものモールについてから、私達はひとまず昼食を摂ることにした。
味はお察しなるものの、値段はそこそこに優しい。サイフが苦しい我々にとっては必要不可欠なファーストフード店に足を運ぶ。
客足こそまばらだが若い男女が何人もたむろしている。私達は彼らを尻目に、店の奥に位置する禁煙席に腰掛けた。
さすがに向かい合って座ったのは言うまでもない。
「ああ、ほらほら。頬についてますよ取らないと」
「すいません、姉さん」
ハンバーガーを頬張る少女を見つめながら、私はアイスコーヒーをちまちまと飲む。
あまり食したことがないのか、ハンバーガーにさえ悪戦苦闘する少女に微笑ましさを感じていると、私に質問の矢が放たれた。
「そういえば。姉さんは普段どこに住んでいるんです?」
「……田舎ではなく?」
「はい」
「普段は長野の方に。ええ、まぁ、一人暮らしです。なんせ親が忙しいもんでね」
少女は首をかしげる。
「一人暮らしって……苦しくないんですか?」
「お金ですか?」
「はい」
「それは、その……ええ。ははは……稼いでいるのでね……ええ……まぁ……」
歯切れの悪い答え方をした私に、少女はさらに首を捻った。
しかし疑問をこれ以上口にしようとはせずに、ひたすら食べることに集中し始める。どうやら、あまり詮索されたくないことを察したのだろう。なので私も余計なことは言わないことにして、存分に視姦を楽しむことにした。
「……姉さん、私の顔に何かついてます?」
少女は自分に向けられる視線を敏感に感じるようだ。どぎまぎした様子でぎこちなく私に聞き返す。
なので私は堂々と答えた。
「二重の目と高めの鼻と少し湿った唇と形のいい耳と綺麗な髪の毛と、右の口元にほくろがついていますね。あとは……ふむ、額ににきびのあとですか」
「なんでそこまで詳しいんですか!?」
「いやいや、見ていたのでね?」
そりゃ、分かるだろ? という代わりに私は微笑みを向けた。すると少女は少し不機嫌そうに頬を膨らして、
「ずるくないですか? 姉さんは私のこといっぱい知っているのに、私は姉さんのこと何も知らないし……フェアじゃありません。アンフェアです」
そう言って、最後の一口を飲み込んだ。
「まぁ……大丈夫ですよ。滞在中いくらでも知る機会はあるでしょう。それよりも今は――」
ちょうど私もコーヒーを飲み終わった。
ふむ……頃合いだな。それでは――
「買い物を致しましょう」
行動を起こそう。
◆◆◆◆◆◆
まず第一。
「ふむ……この色は……」
「姉さん! 姉さん! このリボン可愛くないですか?」
ヘアクリップの購入。
私はうなじが好きだったりする。なのでそれを露出させるような髪型にはエロスを感じる。
まぁ下心が見えないように、自分が使うものとして買っているのだが。
あと個人的に気に入ったゴムがあったのでそれも購入しておいた。
キョロキョロと忙しなくあたりを見渡す少女をレジに連行し、そのまま店舗外へと連れていく。まだまだ買い物は終わらないのだ。
「えーっと……三階か、例の売り場は」
「あ――そういえば、先日私、姉さんの写真見せてもらったんです」
「……浴衣の写真ですか?」
「はい。藍に水仙柄の。……すごく綺麗で見とれてしまって」
少女は恍惚とした表情を浮かべ、どこか遠い宙を見つめた。
「私もあんな風になりたいなー、なんて……」
「何、すぐなれますとも。あなたの美貌は中々のものですし、第一に私なんかより似合いそうだ」
それしてもタイムリーな話題だな、なんて思いながら私はエスカレーターに乗り込んだ。
やはり動きやすいといい。比較的自由に行動できる。私に限って言えば行動を制限する重しもないし。……ちなみに自虐のつもりはない。
エスカレーターの下の方から、少女はか細い声でつぶやいた。
「でも私……浴衣なんか着たことなくって……」
その言葉に私は、
「なんともったいない!」
と、素直な感想を述べた。
「母方ならば着付けを承知していそうなものですが……いやはやもったいない。その容姿、なぜ浴衣を身に纏わぬのか? 私は理解しかねる」
「そんな……そこまで言うことないでしょう」
「いいえ!」
その時の私は自信に満ち満ちていた。
人の服を選ぶのは好きなんだ、とは言わずに私はもう一度だけ少女の裸体を思い浮かべる。
それからやはり、浴衣を着ないのはもったいないという思いを募らせた。
「そこまで言うことなのですよ……ですから! 今日はそのために付き合って頂いたと言っても過言ではないのです」
「はぁ……?」
三階にたどり着いた私達は、いったん近くに置かれた館内図を見る。
「それでは……本日のメインイベントにお付き合いいただこう」
私の目線は、しっかりとあるコーナーを見据えていた。
「浴衣を買います!!」
少女の驚いた声を聞くのは、なんだか久しぶりのような気がした。