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「じゃーん!! どう? 可愛い?」

 軽快な足取りで駆け寄ってきた彼女が、目の前でくるりと回ってみせる。楽しそうな笑顔つきのそれは、周囲の人間の目を否応無しに集めていた。

「あれ? 佐山さん? なんでシカトすんの!?」

 国道沿いの、本屋とCDショップがひとつになったチェーン店。ここに寄りたいと言い出したのは京子で、店に入るなりトイレに行くからと別行動を宣言したそれに、大人しく従っていたのだが。

「・・・化けたな」

「ひどっ!! 他に言う事あるでしょー?」

 完全に週休二日制になりきっていない公立校のおかげで。土曜日の今日、午前中きっちりと授業のあった京子を制服のまま車に乗せ、一路、海辺の水族館へと向かっていた。その途中で、この寄り道。

 黒に近い紫のキャミソールに白のカーデガン、ふわふわとした生成りのスカート、素足を晒して、膝下は柔らかい茶のブーツ。短いとは言えない時間、自分を待たせた理由はこれだ。持参した私服を身につけた彼女は、明らかに違っていた。女子高生だと一言で切り捨てられない魅力を放つ。

 とどめとばかりに、濡れた艶をのせた唇、上を向く睫毛。

「化粧までしますか、このお嬢さんは。・・・全く」

 車やらバイクやら経済やらパソコンやら。男性率90%の雑誌コーナーの一角にいた自分を密かに悔いた。

 とにかく周りに立つ男は全員京子を舐め回すように見るのだから。

「っ、行くぞ」

 女性率90%の料理雑誌のコーナーにでもいれば良かったと、今更ながらに思う。

 隠し切れない舌打ちをして、彼女が持つトートバッグごとその手を掴み、出口へと足を進めた。



「お前はー・・・学校行くカバンに何入れてんだよ。これ着替えしか入ってねーんだろ? 靴まで変えるか、普通?」

 助手席に京子を押し込めてから、荷物を後部座席に置く。重みのあるそれには、先程まで彼女が履いていたローファーが入っているのであろう。

「いーの!! 今日の為に昨日の夜、英語の予習頑張って終わらせたんだから。それにオシャレは足元から!!」

「予習終わらせてたって今日の授業分の教科書どうした? 持って帰らないのか?」

「置きベンしたからいいんだってば。佐山さん細かい、先生みたい」

「先生みたいって・・・教科書くらい持ち帰れっての。アホになんぞ」

 心持ち頬を膨らませた彼女は窓の外を見る。説教をするつもりはなかったが、自分と出かける為に彼女が親や教師の印象を悪くする行動を取ることは嫌だった。

「緋天だっていつも置きベンしてるよ。それなのに成績は学年で一桁台だよ?」

「ふーん。お前は成績いいのか? だいたい何だよ、その置きベンってのは」

「・・・聞くの遅い。教科書類、学校に置いてくこと、置きベンって言わなかった?」

「初耳。・・・で? お前の成績は?」

 そっぽを向き続ける京子は、ようやくこちらを見る。舌を出して肩をすくめた。

 そして、眉をしかめて皮肉げな視線。

「中の上です。・・・すいませんね、普通で」

 口うるさい自分にうんざりだという顔を見せているのに。

 それに対しての苛立ちなど湧く気配もなくて。

「それをどうこう言う気はないけど。でも、お前自身が困るようなことはするなよ?」

「・・・・・・」

「あと、俺のせいでお前の成績が下がるのは、何としてでも阻止する」

「分かってるよ・・・それに、成績下がったらバイトはしない、って先生と約束してるし」

 少しだけ俯いて、大人の殻を脱いだ表情。

 それでも、自分にとっては絶大な効果を持つ。

「っ、・・・っん! ・・・リップ取れた・・・」

「いいんだよ、それで」

 艶を放っていた唇を塞いで、ずっと触れたくて仕方なかったそれを味わった。

 赤い頬をしながらも、不満げな声を出す京子を横目にキーを回す。

「・・・俺に合わせようとしたんだろ? 嬉しいけど、まだ早い」

「なにそれ? わけわかんない」

「そのままでいいって事。無理して大人になるなよ」


 走り始めた車の中で、京子の表情は見えないけれど。

「だって。制服のままデートしたら、佐山さん、援交してると思われるよ」

「・・・そこまで俺は歳か?」

「ロリコンとか、・・・後ろ指さされるんでしょ?」

 急にスローになった彼女の言葉、弱い声音。

「犯罪者、って思われたくないじゃん・・・」


 ぽつり、ぽつりと。走行音に融けていく声。

 不安混じりの。

 その、言い方、内容。


「・・・だから、ちょっと大人に見える方がいいよ。大学生くらいに見える?」


 そう、言わせているのは。

 そう、思わせて、彼女を着替えさせてしまったのは。


「京子」


 他ならぬ、自分で。


「ごめん。俺のせいだな」


 彼女が、自分に全力でぶつかってきた時に。

 きつい言葉で、拒否をして傷つけたのは、消すことのできない事実。

 京子が今口に出したものは、全て。

 この自分が出所だった。


「今はそんな風に思ってない。ロリコンだって指差されたら、笑って肯定してやる」


 運転などしていていいはずがない。

 急に止まれない車の流れを忌々しく思いながらも、精一杯の謝罪と、心からの言葉を。


「だから、無理しなくてもいい。そのままでいい・・・返事は?」

「・・・うん。ありがと」


 にこり、と。

 音を立てて、彼女が笑った気がした。


「ねえ、これ、おかしくないよね? 可愛い?」


 傷を掘り返した、と焦り、彼女の笑顔の気配に安心したのも束の間。

 唐突な反撃が左から飛んでくる。


「可愛いっつーか・・・鎖骨がエロい。俺以外の前でそれ着るなよ」

「えろ・・・!? 何それ、誉めてないよ!!」

「無闇に色気出すな。変態が寄ってくる」

「・・・せめて、一言くらい可愛いって言ってくれたっていいのに・・・」


 ぶつぶつと呟く京子を横目に、心内で嘆息する。

 白っぽい色が全体を覆っているのに。

 中心の濃い紫が大人の色を醸し出しているのだ。きれいな首周りと、無条件で口付けたくなる白い肌。

 先日自分の部屋に彼女を招いた時のように、手を出したくなるから。それならいっそ、女子高生だと主張する制服姿でいて欲しかった。それが本音。


 ようやく赤信号に巡りあって、彼女に目線を向けた。

 我慢ができずに、首筋に触れる。びくりと震えて頬を染めるその姿。


「ああ・・・そういう素直な反応は可愛い」


 ひとしきり撫でて、すべらかな感触を楽しんで。

 青に変わったサインを確認して、アクセルを踏み込みながら口を開く。


「っ、変っ態!!」

「・・・。ま、否定はしない。どうやらロリコンだしな、俺」



 更に赤く染まる京子を堪能できないのを残念に思いながら。

 自制した我が身を誉めて、健全なデート、その目的地である水族館を目指した。


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