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「あ、ありがとー」

 にっこりと笑う。差し出したカップを受け取る指は細い。

 くつろいだ様子で膝上の写真集を眺める彼女は、少しも緊張を見せていない。もう少し、自分を意識してくれてもいいのではないか。

 携帯を買いに行き、自分で払うと言い張る彼女を説き伏せ、契約を済ませて、食事をした。そこで市立図書館にない、建築家の写真集の話が彼女の口から出て、それが自分の家にあるから見に来るかと誘った。頷いた京子の嬉しそうな顔は、決して自分を恐れてはいない、こちらを信頼しきったものだった。

「・・・甘っ。何これ、超甘いよ」

 隣に座ったところで、カップを口にしていた彼女が驚いた顔をする。

「甘い方がいいのかと思って」

 コーヒーにミルクと砂糖を入れる、とそう言ったので。コーヒー用の砂糖など置いていなかったので、適当に調味料入れから砂糖を入れた。どうやらボックスにいつも備え付けてある、大さじで入れたのが良くなかったらしい。

「佐山さん・・・そこまで子供じゃないよ、私」

 笑いながらそう言って、再び下に落とされた視線。

 写真集を開いた、その先から。むき出しの膝がのぞいていた。膝丈のスカートをはいているのだから、座れば当然それは上にずれる。

「きれいだね」

「ん? ああ、無駄がないな。屋根のカーブも上手く見せてるし」

 見開きで写された、この建築家の有名な建物の写真を、彼女の目が捉える。独り言のように発せられた言葉に答える。静かな空間の中で、京子の指がページをめくる音が響いた。


 ふいにその指が、頬にかかった髪を耳にかけた。

 その頬のラインの美しさに、息をのむ。


「・・・・・・っ」

 軽く口付けた。それで終わるつもりだった。

 けれども顔を離した時、その潤んだ目を見てしまったのがいけなかった。

「・・・っ、ん」

 彼女の膝から、写真集が落ちる。

 京子の口中を探り、力の抜けたその体に腕を回す。たまらなく甘い、それに夢中になる。自然の流れに任せて、首筋に唇を移動させた。

 伝わる振動。

 彼女の体がびくりと震えた。


 それが全てを伝える。

 彼女は慣れていない、経験がない、ただの高校生だ。


「・・・悪い。焦りすぎた」

 もう完全に。怯えた目で自分を見る彼女から体を引く。

 冷静になれ、と。言い聞かせて。

 こんな状況は初めてだと気付く。慣れない相手への気遣い、自分を抑える事、相手の反応がこれだけ気になった事。

「京子」

 できるだけ穏やかな声を出し、うつむくその髪に手を置く。途端に彼女の体が震えた。恐怖を植えつけてしまった。

「・・・もう何もしない。お前が嫌ならちゃんと待つよ。無理やり襲ったりしないから、安心しろ」

 ゆっくり彼女の頭を抱え込む。背中を撫でて、その体を再び引き寄せた。大人しく従ってはいるが、内心はまだ安心しきっていないのだろう。緊張しているのが痛いほど良く判った。

「京子。大丈夫だから。少しは信用してくれ」

「・・・うん」

 ようやく黙っていた彼女が声を発する。

「さっき買った携帯、メモリー入れるか」

「うん」

 腕の中で頷いて。京子が離れる素振りをみせる。仕方なくそのままにさせて、彼女が立ち上がり、そして充電させていた携帯を取りに行くのを見送った。



「佐山さんは誕生日いつ?」

 説明書を見ながらしばらくそれぞれの携帯をいじっていたら。唐突に彼女が口を開く。

「・・・何、急に」

「え、さっき私の誕生日聞いてたじゃん。だから」

「12月24日。・・・笑うな」

 しぶしぶ答えると、案の定、京子は苦笑を浮かべる。

「だって、クリスマス誕生日って絶対プレゼントまとめられちゃうよね」

 確かに子供の頃はクリスマス用と誕生日用のケーキが、ひとくくりにされ、食卓に出されて。悔しい思いをした記憶もある。プレゼントも小さな頃は二つあったが、いつのまにか1つになっていた。

「・・・。で? そっちは番号入れたか?」

「あー、うん。かけていい?」

 上目遣いで見上げてくるその顔に、一瞬ひるみながらも頷いてやると。手の中の携帯が振動する。登録しておいた彼女の名前がディスプレイに表示されていた。

「えー? 何で佐山さん、音設定してないの? つまんない」

「うるさいの嫌いなんだよ。メールのやり方も分かった?」

「うーん、ちょっと待って。今、作るから」

 たどたどしくキーを押して、小声で毒づいたり眉をしかめたりしながら。真剣に携帯を操る京子の動きをついつい目で追ってしまう。そうすれば自分が苦しむだけだと判っているのに。


 初めは恋愛対象などではないと、そう思っていた。それなのに、その気持ちをひっくり返して素直に彼女を見てみれば。かつてない、体の奥をくすぐられているような甘く愛しい気持ちがどこからか湧きだす。余裕なく先へ進みたくなるほど自分の気持ちが動かされるとは思ってもいなかった。

「できたよー。これってすぐ届くの?」

「ん、・・・ああ」

 答えた直後にいつの間にか固く握っていた携帯が振動する。メールの到着を知らせる画面から本文を呼び出す。


 ―――携帯買ってくれてありがとう。大事に使います。


「・・・届いてた?」

「ああ・・・届いてた」

 こんなに単純な事で、愛しくなる。

 危険な罠に自ら踏み込んでいるようで、そんな自分が愉快だった。


 小さなキーを押して返事を送る。


 ―――どういたしまして。次はもう少し色気のある言葉を送ってくれると有難い。


 本心を覗かせたメールに、彼女がどんな顔をするか。

 数秒後に訪れる瞬間を待って、京子の顔に視線を落とした。


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