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 良くは分からないが、覚悟、のようなものが出来ている気がする。

 普通ならば、こんな躊躇いは男にはないものなのかもしれない。ただ、京子を自分のものにしてしまおう、という決心がようやくついた気がするのだ。あれだけ、めちゃくちゃにしてやりたいと思っていたくせに、その実、ゴウの言うように汚すことを怖れていた。


「来たよ」

 頬をふくらませた京子が、玄関に立って言う。

「これお土産」

 乱暴に差し出された箱を受け取って、とにかく彼女を中に入れた。ご機嫌斜めなその理由が分からず、自分の横をすりぬけた彼女にキスもできない。

「・・・えーと、なんで怒ってんだ?」

 ぽす、と軽い音を立ててソファに座った京子を見下ろす。今日はワンピースか、と思えば、素足ではなく、膝下までの中途半端な丈のパンツを合わせていた。この辺りが、まだ警戒されているラインなのだろう、と思う。

「本気でわかんないの?」

「わからん」

 こちらを見上げる目には、甘い雰囲気はなく。口調はどこか呆れている様子。

「即答だよ・・・私、命令されるの嫌い。勝手に決定されるのも嫌い」

「あー、俺が家に来いって言ったから?」

 いつになく、強気だ。こんな調子で学校でも発言したりするのだろうか、と思うと些かやりこめられる相手が気の毒になった。

「それは悪かったな。そんなに、ここに来るのが嫌とは思わなかった」

「っ、嫌じゃない、けど・・・」

 反省の色を見せると、彼女は簡単に言葉を和らげた。

 京子の隣に腰を下ろして、下からその顔をのぞきこむ。腕をつかむと小さく震えたので、やはり、と確信を得た。

「・・・ん、っ」

「・・・俺は早くこうしたかったけど?」

 背中を撫でて、簡単に大人しくなったその体を更に引き寄せる。

「っずるいよ! なんでそういう事するの!?」

「こういう事したいから。嫌ならやめる」

 なるべく焦りを見せないように、ゆっくりと口付けたら。離れたわずかな空間で、京子が涙目で訴えた。何かを悲しんでそうなっている訳ではないのだと分かっていたから、それが愛しい。

「早く馴らしたいと思ってやってんだよ。嫌なのか?」

 同じ種類の言葉を吐く。

 追い詰めるようにそれをやることで、彼女の中の罪悪感を引き出した。京子の腰に回していた腕を引き抜いて、ソファの端まで体を移動する。少しも彼女に触れない距離を空けて。


 確かに、自分はずるい。


「・・・嫌、じゃ、ない」

 空いた空間、ほんの三十センチ程のそこに視線を落としていた京子が呟く。待っていた言葉が聞けたところで笑みがこぼれた。

「ほら」

 腕を広げて、自分は動かず彼女の移動を更に待つ。

 京子の意思に任せれば、こんなにも上手くいく。決して無理強いせず、彼女が自分で考えるのを待つが、それを誘導するのは自分だ。

「・・・うん。嫌じゃない」

「だろ。じゃあ、これは?」

 ゆっくりと近付いてきた京子の背に再び手を置いて。満足そうな吐息を落として笑うそこに、触れる一歩前の位置まで顔を寄せる。

「嫌じゃない」

 朱に染まる目元と、誘いをかける小さな笑み。

「上出来」

 柔らかな唇は、確かに自分のものだった。





「・・・ねえねえ、今欲しいものって何?」

 意図的に彼に作り出された甘い空間に、随分と長いこと浸った末。

 手土産に持参したケーキを頬張りながら問う。

「まーた、唐突にそういうことを・・・」

「や、ほら、佐山さん誕生日に何欲しいのかなぁと。彼女的リサーチ」

 もう冬に向かう季節。クリスマスは彼の誕生日でもある。

 自分は携帯電話とその毎月の支払い、という名目で遅い誕生日プレゼントをもらっているので、やはりここは聞いておくべきなのだろうと思った。

「彼女的リサーチね・・・んじゃ、分かるだろうが。つーか、なんで呼び方戻ってんだよ」

 甘いケーキを口に運ぶその姿が似合わないな、と思ったが口に出すのはやめた。にやりと笑った後、憮然としながらフォークをこちらに向けるのはやめてほしい。

「ん、なんだろ、癖かな。バイト中に呼ぶのが怖い。だめ?」

「駄目。やり直し。もう一回聞いて」

「うわ、意外と細かいね。・・・んー、亮祐さんは誕生日に何が欲しいデスか?」

 可愛く見えると思われる笑顔を作り、緋天の真似をして首を傾げてみせた。その効果は絶大のようで、彼の顔がほんの少し照れたように見えた。

「・・・真面目に言ってほしい?」


 低めの声が、何を示唆しているのか分かった。

 今日、彼の仕掛けてきた攻撃は、見事な罠で。こちらの気持ちとは裏腹に、勝手に体が何かを求めて動く。ただ、それを嫌だとは思わなかった。彼に申告した通りに、嫌ではない。


 触れたい、とか。もう少しキスをしていたい、とか。

 そういう風に思い始めた先日の夜の公園で。確実に自分の中の何かが変わっている。亮祐にとっての自分の位置が、望んでいた通りになっているから。それが分かるから。


「決めた」


 甘いケーキの。

 最後のひとかけら。それを口に放り込んで。


「何を?」


 不思議そうにする亮祐に身を寄せる。

 反射的になのか、すかさず腰に手を回されて。

 彼が女性に慣れている様を見せ付けられているよう。


 それが悔しい。

 悔しいから。彼の全てを自分のものにしてしまおう。


「・・・誕生日プレゼントは、私ね」

「っ、・・・おま、」

「でも、まだあげない。女の子には心の準備とか色々あるんです。だから」


 誘導したくせに、狼狽した様子で何かを言おうとする彼を遮った。


「だから、それまでおあずけ。了解?」


 腕を、亮祐の首に回して微笑んでみる。

 本当は、恥ずかしくて目を瞑りたいところだけれど。


「わかったら、キスして」

「・・・っこの、小悪魔・・・!!」


 悪態をつきながらも、落とされた唇は優しく動く。

 そんなところが、好きだ。

 濃密になっていく口付け。飲み込まれてしまう前に、そう思った。


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