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「どれがいい?」

 目の前にはずらりと並ぶ色とりどりの携帯。

「・・・わかんない。どれがいいの?」

「こっちが聞いてるんだって」

「だってわかんないんだもん」

 先週の水曜日に約束した通り、彼は今日、家に迎えに来てくれて、そしてまっすぐにこの店へと自分を連れてきた。着くなり、好きなものを選べと言われ。その三十秒後にはどれがいいかと聞いてくる。一番端にあった機種の、細かく書かれた説明すら、全部読んでいないのに。

「新規でご契約のご予定ですか?」

 佐山との会話に、くすり、と笑みを漏らしたスタッフが。横から助け舟を出してくれた。

「ああ、ついでに俺も買い換えようかな」

「新規でしたらどの機種でも無料ですので、宜しければ最新の物をご用意致します。機種変更の方はそれぞれ買い替え価格が異なりますので、あちらの表をご参考にして下さい」

「じゃあ、お前、あれにしろ。あの新しいやつ」

「・・・。うん。何でもいいよ、緋天とメールできるなら」

「お前、目的がすり替わってるぞ。まあいいか」

 呆れ顔の佐山が店員を振り返る。すかさず彼女は嬉しそうに口を開いた。

「お決まりですか? こちらにどうぞ」

 椅子の並んだカウンターに連れていかれ、勧められるまま、そこに座る。

「ね、これってハンコとかいるの? 私、何も持ってきてないんだけど」

 座った時点で、契約するには何かいるのでは、と思いつき。隣に座る彼の袖を引っ張る。

「いいんだよ。俺が契約するんだから」

「え? どうやって?」

「そういうプラン、ありますよね? 二台目の料金が変わってくるやつ」

「ええ、ご用意しております」

 訳知り顔の彼と、店員が笑顔で言葉を交わす。訳が分からなくてしばらく黙っていると、パンフレットを見ながら二人の話がいつのまにか終わっていた。にこにこしながらスタッフが出した書類に、佐山がペンを走らせる。

「・・・佐山さん。あのさ、もしかして、お金払ってくれようとしてる?」

「ああ、そうだけど?」

 目線を手元から離さずに、彼は何でも無い事のように、あっさりと言葉を返した。

「ええ!? ちょっと、私、自分で払うつもりだけど?」

「一緒でいいだろ? ここまで書いたから面倒臭い」

「面倒、って・・・ねえ、いいよ。っていうか私が無駄遣いしたらどうすんの? 佐山さん困るじゃん」

 まだ顔を上げずに、書き忘れがないか、彼は紙面をチェックしていた。

「お前、そういう事しないだろ。いいから。子供は遠慮しない」

 言いながら、書類をスタッフに渡し、相変わらずにこにこと会話を聞いていた彼女がそれを受け取る。さっと目を通して頷いた。

「はい、ではしばらくお待ち下さい。お客様の現在の携帯からデータを移しますので、お預かりしても宜しいでしょうか?」

「ああ、はい」

「ちょ、佐山さん」

 子供と言われた事に抗議する間もなく、彼はさっさとポケットから携帯を取り出し、店員の手にのせる。彼女までが、佐山の言う通りにしなさい、という顔でにっこりこちらに笑いかけ、片手で入り口近くのベンチを示した。

「ご用意できましたら、お名前をお呼び致しますので。あちらでお待ち下さい。十五分程で出来上がると思います」

 彼女の言葉に頷いて、ようやく彼はこちらを見た。

「ほら。すぐ出来るってよ。平日に来て正解だったな」

 背中を押され、うやむやなままベンチに強制移動させられる。

「何、むくれてんの?」

 苦笑した彼は横から顔を覗き込んでくる。

「・・・だってなんか。私、自分で払うつもりだったもん。佐山さんにたかってるみたいで嫌」

 食事を奢られたり、とそういう事はいいと思うのだけれど。こんな、個人で使う道具のお金まで払ってもらおう等と、そこまで厚かましくはできない。それを、さも当たり前、という風にさっさと決められてしまっては、こちらが困る。

「・・・困ったお嬢さんだな。俺がいいって言ってんだから」

「私は良くない」

 ため息を吐かれた。

 それに体が凍りつく。呆れられて、そして嫌われてしまったのだろうか。

「京子。お前、誕生日いつ?」

「・・・四月」

 彼は完全に。自分を大人しくさせる方法を手に入れた。

 名前を呼ばれたら素直に応じるしかない。

「四月の何日?」

「・・・十九」

「じゃあ、これは大分遅れたけど誕生日プレゼントな。有難く受け取れ」

 くしゃりと笑って、彼の手が頭を撫でる。

「返事は?」

「うん。・・・ありがとう」

「どういたしまして」

 これ以上言い張るのも可愛くない、とそう思って。佐山の笑みに負けて。うなずいてお礼を口にすると、さらに彼は笑う。柔らかな笑みに眩暈を起こしそうになりながらも、そんな素振りは顔に出したくない。

 必死でこちらも笑みを返した。


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