第九話 碧の胸の触り心地
「色気云々でいうと、この中じゃ碧だよね」
「あ、納得です」
「あたし? なんで?」
さくらの意見に亜衣が同意するのを見て、碧自身、驚いていたが、俺もびっくりした。いまいる女の子の中では、一番、幼いイメージがあるからだ。
佐々木も腑に落ちない様子で、クッキーを齧りながら首を傾げている。
「胸がそそるんだよね、碧って」
「わかります~」
「見たことあるの?」
「泊まりに来てもらったとき、下着姿を披露してもらいました」
柚希がコーヒーを吹き出しそうになって咳き込んだ。
「瀬戸さん、大丈夫?」
碧が驚いて柚希に顔を寄せている。柚希がどうして咳き込んだのか、わかってないんだろうな、あれは。
碧はちゃんと言われないとわからないタイプだし、柚希は言いたいことも言わずに飲み込んでしまう性格だ。このふたり、冷静に考えると相性悪いんじゃないのか?
「はい、一応……」
しかし、柚希も案外余裕がないな。恋人が同性の後輩の家に泊まりに行ったり下着姿を見せるくらい、どうってことないと思うんだけど。
「触ったことある?」
「いえ、それはさすがに」
さくらと亜衣は、柚希の挙動不審な様子なんか、気にもしてないらしい。
「触ってみて、触ってみて」
「碧先輩、触ってもいいですか?」
「べつに、いいけど……」
碧の隣で、柚希が複雑きわまりない顔をしている。もし俺が碧の彼氏だったとしても、この状況に置かれたらこんな顔をするしかないんだろうな。
「うわあ、ほんとだ。なんか凄く色っぽい触り心地」
「でしょ」
さくらが自分の胸のように、自慢げに頷いている。
「ええ? なんで? みんなと違うの、あたし?」
「違いますよ。ほら」
亜衣が碧の手を取って自分の胸に触らせた。高校のときはクラスの女子がよくこんなことしてたけど、間近で見るのは初めてだ。俺も佐々木も、眼中にないか、男としてカウントされてないんだろうか。
「亜衣ちゃんの方が大きいし、色気あるよ」
「大きさじゃなくて触り心地だよ。わたしと碧の方がわかるのかな」
さくらが亜衣と交代した。碧は自分とさくらを触り比べて首を傾げている。
ふと佐々木に視線を移すと、時刻表を顔の前で握りしめて黙り込んでいた。どんな顔をしているのかは時刻表で隠れて見えないけど、耳が真っ赤になっていた。
そういえばこいつは、高校が男子校だったっけ。こんな女の子の戯れ程度でも、興奮したりするんだろうか。ゴツイ身体に似合わず純情なやつだ。
「う~ん、違うけど、単なる個人差じゃないの?」
碧はまだ首を傾げていた。
「自分じゃわかんないのかな。ね、瀬戸さん、違うよね」
さくらが柚希の両手を取って、自分と碧の胸に押し当てた。
「あ」
「あ」
「あ」
部室に一瞬、なんとも言えない沈黙が流れた。
「こ、小畑さん……なにするんですかっ!」
慌てて手を引いた柚希が、激しく動揺している。普段あまり取り乱したりしないから、こんな様子は珍しい。
「……あ、いま、ガチで忘れてた。ごめん、ごめん」
さくらが舌を出して謝罪しているけど、さほど反省しているようには見えない。
俺は思わず派手に吹き出した。
「松浦さんっ」
柚希が唇を尖らせて睨みつけてくるけど、でもちょっと笑えるよなあ。普通の男だったらラッキーって感じだけど、柚希には違うみたいだ。
「悪い、悪い。でもなんていうか…大変だな。同情するよ」
性別を忘れられるとは、面白すぎる。腹が痛いよ。
柚希は、まだなにか言いたそうにむくれた顔を向けてくる。男とわかっていても、こんな表情をすると、やっぱり可愛いと思ってしまうもんだな。
「あの…すいません、碧さん……」
柚希が碧に頭を下げている。不可抗力とはいえ、彼女の目の前で、他の女の子の胸に触ってしまったからだろうけど、真面目だ。
「大丈夫? セクハラされたんだから、ちゃんとさくらに怒った方がいいよ」
「はあ……。あの、碧さん、怒ってません?」
「なんであたしが瀬戸さんに怒るの?」
「いえ、なんでもないです……」
このふたりは恋人同士なんだよな。妙に会話がちぐはぐなんだけど、柚希が性同一性障害だったからなのか、碧の破天荒な個性に起因しているのか、どっちなんだろう。
「ほんと、ごめんって。うっかりしてた」
自分のせいとはいえ、胸に触られた女の子が触った男に謝罪するのも珍しい。
「さくらさん。しょうがないですよ。柚希のこの有り様じゃ、忘れます」
亜衣が涙を流さんばかりに笑いながら、さくらをフォローする。
「そうだよねえ」
「みんなはまだ短いからいいけど、わたしなんか六年も柚希を女として扱ってましたから、今更、性転換されても……って感じですよ」
性転換って、亜衣からしたら、柚希が手術を踏みとどまったのは、性転換になるのか? なんかややこしいな。
俺は、柚希の顔を見つめた。
存在そのものが神秘的って感じなんだけど、話してみれば、わりと普通で、むしろ地味な性格の大学生だったりする。ただ、中学の時に性同一性障害と診断されたのに、女の子と恋愛して、それでも見た目が男っぽくならないのは、どうなってるんだろう、とは思う。
女装に関しては、恋人の碧が「せっかく可愛いんだから」と推奨しているらしいのだが……。
武智もこんな外見に生まれてくれば、苦労することもなかったのかな。
う~ん、普通の俺には、普通じゃない人たちの平和がどこにあるのかなんて、わかるはずもないか。
「松浦さん?」
あんまりじろじろ見ていたら、柚希が不審そうにしていた。
「いや、俺って、まっすぐで常識的かな?」
「は?」
「昨日友人にそう言われたのを思い出したんだ」
「松浦さんは、まっすぐで常識的だと思いますよ。なにか疑問の余地でもあるんですか?」
「なんかさ、世界にもし、自分を含めて三人しかいなかったら……って過程の話なんだって」
俺は昨日、林原から訊いたことを、みんなに話した。
「そんな選択で迷うひといるの?」
さくらが首を傾げた。
「美少女だよね」
「ですよね」
さくらと亜衣が頷き合った。
「ええ? 本当に?」
「副部長、まさか醜い老女なんですか?」
「いやだって、そりゃあ…あ、碧ちゃんは?」
「美少女です」
うーん……いや待て。碧は柚希を女だと思っていたときから不穏な恋心を抱いていたから、参考にはならないんだ。
「佐々木は?」
「そうっすねー。難しいですけど、どっちかと言えば、老女……かなあ」
そんなに悩むことなのか? 佐々木でも?
「副部長、筋金入りのマザコンですね」
「老女も熟女に入るの?」
「熟女の賞味期限って、何歳までなんですか?」
さくらと碧と亜衣の追い討ちに、俺は叫び出しそうになった。
俺の方が普通じゃないのかーッ!
いかがわしいサブタイトルになってしまいましたが、コメディー度の高いお話だと思ってます。私的には。部室の話は楽しんで書いてます。恋を感じるときはシリアスだったのに、同じメンバーでコメディーを書く暴挙ですが(笑)