第六話 美大の友人 1
部屋のベッドに腰かけて、俺は溜め息をついた。
どうもわからないことだらけだ。
だが、どうやらお袋は、なにがなんでも婚約…といった意気込みはなさそうだ。ならば、放っておいても問題はないのかな。
俺はカメラケースからカメラを取り出した。
大学に入ってから購入した一眼レフだ。デジタルカメラはどんどん性能がよくなっていくが、いまの俺にはこのカメラで充分だ。
最近、まともな写真を撮ってなかった。カメラの電源を入れて、再生モードを起動する。液晶に表示された写真はどれも、学祭を撮影した記念写真だ。気持ちが入ってない写真だから、パソコンに転送もしないでそのままにしていたのだけど……。
俺はノートパソコンを立ちあげた。とりあえずデータを転送して、メモリを空にしておくことにした。
写真を撮りたい気持ちはある。
けれどいまは、心を揺さぶられる被写体に巡り合えない。
柚希を写したときは、心地よく高揚した。そして満足できるものが撮れた。いまは潮が引いたみたいに、空虚な気分だ。
「才能、ないんだろうなあ……」
写したい被写体が絞りきれないのも、方向を見極められない原因だ。人物、風景……、なにが自分を一番惹きつけるのか、いまだにわからないのが、もどかしい。
撮っても、撮っても目標が定まらないことこそ、才能がない証拠のように思える。
佐々木や碧はちゃんと絞っているのが、少し悔しい。
写真に限らず、なにをしてもある程度のレベルには達するが、際立って才能を発揮することはない。
勉強も運動も、苦労せずに及第点は取れるが、一番にはなれなかった。
自分で自分が物足りない。
爆発力は、どうすれば身に付くんだろう。
ふいに机の上に置いていた携帯の、着信音が鳴った。
開くと表示されている名前は、高校時代の友人、林原だ。
「林原?」
『よお、元気か?』
「先週、会ったばかりだろ」
『そうだったよな。M大祭、お疲れさん』
林原と最後に会ったのは、学祭だった。林原は、M大から車で二十分くらい離れたところにある美大で、油絵を専攻している。俺たちの高校から美大に行くのは十年にひとり、いるかいないかの変わり種だ。
「いや、こちらこそ、来てくれてサンキュ」
『評判の名画は見逃せなかったからな。結構な人数引きつれて行っちまって、迷惑かけなかったかな』
「全然。佐々木はお前が美大の油彩専攻だって訊いて、恐縮してたけどな」
『ああ、あの、ゴツくて可愛い撮り鉄くんか。名画の責任者だったっけ?』
佐々木は鉄道マニアの撮り鉄だ。写真展の作品も電車の写真だったから、林原にはそう説明した。それを覚えていたらしい。
「そうだけど、佐々木って可愛いか?」
『可愛いだろ。お前の言うこと、なんでも鵜呑みにしそうじゃないか』
「そりゃ、後輩だからな」
『いまどき、サークルの後輩が、そうそう上級生の言うこと訊いたりしないぞ』
へえ、そうかな。美大生はアクが強いだけじゃないのかな。
「それより、なんか用事だった?」
『ああ。実はあの作品が行き詰ってんだよ。今夜、泊まりに来てくんない?』
なんだ、そういうことか。
林原はいま、なんとかいう展覧会に向けて、油絵を制作中なのだが、俺がその絵のモデルになっているのだ。
「いいよ」
『悪いな。何時くらいに来れる?』
「そうだな。七時でいいか?」
『オッケー、助かるよ。じゃ、待ってるから』
携帯を切って、俺はパソコンの画面に視線を戻した。たいした数でもなかった画像は、とっくに取り込み作業が終わっていた。
林原の絵は、あれからどんな変化を遂げているのだろう。
俺は、少しばかり浮足立った。