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第四十五話  同じ命のかたち

 最近、家族そろって夕飯を食べることがなかった。親父はもともと不規則だし、雄介もバイトやデートで忙しいらしい。

 だから、お袋と雄介との三人で同じ時間に夕飯にありつくのは久しぶりだったんだけど、食卓を見て、俺は首を傾げた。

「母さん、俺のおかずだけなんで違うの?」

 俺の皿には、なんか見慣れない唐揚げみたいなのが乗っている。お袋と雄介の皿はホッケの干物だから違和感がありすぎる。

 俺よりむしろ、雄介の方がサッカーで走り回っているから、肉食であるべきだろうに……。

「それは、レバーの唐揚げよ。前に一度出したとき、結構おいしいって言って食べてたわよ」

「そうじゃなくて、なんで俺だけ違うわけ?」

「ホッケもあるわよ。唐揚げ食べて足りなかったら出すから」

「…………」

 この母と会話が噛み合わないことは少なからずあるので、珍しいことではないのだが……。

 俺は腕を組んで考え込んだ。

 昨日の夕食はうなぎだった。一昨日はステーキだった。

 やけに豪勢な夕食が続くと思ったけど、あれって俺だけだったのか?

 ふと壁のカレンダーが目に留まった。明日の日付に赤いペンで丸く囲ってある。

「母さん、明日、絶対空けとけって言ってたけど、なにかあるわけ?」

 地域の奉仕作業かなにかで、男手が必要なのかなと思っていたけど、考えてみたら平日にそんな行事があるわけがない。

「実は明日、凜ちゃんの手術なの」

「手術って、凜ちゃん、どこか悪かったの?」

「先天性の横隔膜ヘルニアらしいのよ。いまは大丈夫だけど、将来、悪化して困らないように、春休みのうちに手術しておくんだって」

「……じゃあ、そんなに悪い病気とかじゃないんだ」

 訊き慣れない病名だけど、お袋の口調は深刻なものではなかった。

「ああ、それは大丈夫よ。わりとよくある病気みたいだし。日帰り手術もできるらしいけど、凜ちゃんは子どもだから一泊だけ入院するんですって」

 心配するようなことではないなら、安心していていいのかな。

 食卓に視線を落として、俺はようやく気がついた。俺の皿にだけ、レバーが乗っている理由に。

「……母さん、凜ちゃんって、俺と同じ血液型なの?」

「大当たり。鋭いわね」

 これでわからなかったら、鈍すぎるだろう。

「輸血が必要なほど、危険な手術じゃないんだろ?」

 三日連続の増血メニュー(たぶんお袋なりの)が気になった。軽く言ってるけど、本当は輸血もあり得るほど難しい手術ではないのかと、疑問を抱いた。

「もちろんよ。でも、絶対大丈夫とか、万が一にもない、なんてだれにも言えないじゃない。それに、なにもなくても、あんたが行くだけで庄野さんと凜ちゃんは安心するから」

 ……そうだったのか。

 いままでずっとわからなかったことが、ようやくわかった。許嫁が雄介ではなく、俺でなければならないわけ。カレンダーに予定を書く意味。すべて、明日の手術につながっていたんだ。

 珍しい血液型だから、婚約なんて話になったんだ。凜の母親は看護師だ。稀血の不安を、お袋に話したのかもしれない。

 気休めみたいなものだから……と、お袋は言っていたけど、あれは、親にとっての気休めだったんだ。

 俺はいま、がっかりしているのか?

 こんな理由で許嫁にされて、落ち込んでいるのか?

 もしこの血液型が雄介だったら、婚約相手は雄介だった。だから憤っているのか?

 なら、どんな理由だったら、俺は納得したんだ?

 ……そんなこと、わかってる。凜が俺と婚約したいと望んだから……そんな答えを、本当は期待していたんだ。

 俺は目の前の唐揚げを食べ始めた。以前食べたときは、こんなに苦いと思わなかった。今日のレバーは、やけに苦く感じた。


 病院に着いて、訊いていた病室の扉にたどり着いたとき、凜の母親がちょうど部屋から出てきた。

「惣介くん、ありがとう。忙しい時期なのに、ごめんね。でも正直、心強いわ」

「手術は何時からですか?」

「十時半の予定なの。まだ時間があるから、先生と話してきたいんだけど、ここ、お願いしていい?」

「はい」

 俺は病室に入った。小児病棟らしいけど、この部屋は個室みたいだ。

 手術着に身を包んだ凜は、不安そうに肩をすぼめていた。

「凜ちゃん……」

「惣介くん、なんかちょっと怖いよ」

 唇が震えそうになっているのが、痛々しかった。頬を指の腹でなでると、少し安心したように、ぎこちなく微笑んだ。

「怖いのが当たり前だよ。でも、大丈夫だから。ここは、凜ちゃんのお母さんの病院だから心配ないよ」

 怖がらせないように、できるだけ明るく話しかけた。だけど、本当は俺だって怖い。怖くてしかたがない。

 俺自身、手術なんて一度も経験がないし、こんな小さな子がどれほど不安になっているかと思うと、胸が苦しい。

 いま、どこも悪くなくて、痛くないなら、手術なんてしなくていいじゃないかと、言いたくなる。手術である以上、絶対安全なんてあり得ない。もしなにかあったら、どうしたらいいんだ。できることなら、代わってあげたい。

「…ここにいるから。もし、手術中に輸血が必要になったら、俺の血をいっぱいあげるから、だから、心配しないで……」

「うん。惣介くん、ありがとう……」

「凜ちゃん、俺と同じ血液型だって、いつから知ってたの?」

「よくわからない。たぶん、幼稚園くらい。車に気をつけてとか、大怪我しないでって、お母さん、ずっとうるさかったの。でも凜は、惣介くんと、同じ命のかたちなんだよって教えられたの」

 まだ幼かった凜に、母親は、血液型ではなく、同じ命のかたちという言葉で伝えたんだ。

「惣介くん、ぎゅうってして」

「駄目だよ、手術前なのに」

「手術前だからして。怖くなくなるから」

 俺は少し悩んだけど、凜をそっと抱きしめた。凜は俺の背中に腕を廻して、肩口に顔を埋めた。抱きしめると、驚くほど幼い身体だった。この小さな身体が凜なんだと、初めて知った。

 甘い匂いがして、込み上げた愛しさに、手術への不安を一瞬忘れられた。抱きしめたはずなのに、俺の方が甘えて抱きしめてもらったような気持ちになった。

「やっぱり、怖くなくなったよ」

 凜に笑いかけられて、俺はゆっくり手を離した。

「幼稚園のとき、二回くらい、惣介くん、あたしのこと抱っこしてくれたんだよ。覚えてる?」

「覚えてない」

「雄介くんに抱っこしてもらうときは、落ちそうで怖かったのに、惣介くんに抱っこしてもらうと、なんだかほっとして、気持ちよかったの」

「よくそんな昔のこと、覚えてるね」

 俺は苦笑して肩を竦めた。

 でも、言われて少し思い出した。雄介は妹を欲しがっていたから、凜を構いたがった。

 凜が五歳のときなら、俺が十五歳で、雄介は十三歳か。その当時は体格に差があっただろうし、抱っこしたときの安定感は違っただろう。

 とりとめのないことを話しているうちに、凜はどうにか落ち着いた。

 しばらくして、凜の母親と医師と看護師が病室に来た。いよいよ、手術の時間が、近づいてきたようだ。


活動報告でも書きましたが、48話が最終話になります。

凛ちゃんが出てくる話は、ちょっと緊張します。

私的に、保健室とか病院のベッドって、超・王道なんですが、皆様はいかがですか?

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