第五話 婚約解消を申告するぞ
「母さん」
翌日、俺はお袋の顔を見るなり、眉を吊り上げた。
昨夜遅く帰ったときには、家族はみんな寝静まっていたし、朝、遅く起きたら親父と雄介はすでに出かけていた。
そんなわけで、俺の憤りの矛先はひたすらお袋だ。
「昨日の変な話は、冗談なんだろうね」
朝飯か昼飯かわからないような食事をかきこみながら、俺はお袋に抗議する。食べながらでは迫力はないが。
どうでもいいけど、この味噌汁、熱すぎるって。
「冗談なわけないじゃない。本当よ」
「そんなあっさり言われても……」
「母さんだって、あんたと凜ちゃんが本当に結婚できるなんて思ってないわよ。でも、向こうの気持ちもわかるしねえ」
「ちょっと待って。じゃあ、許嫁の話を持って来たのは、向こうの親なの?」
「そうよ」
「なんでまた?」
「事情があるのよ。うちも、老い先短い身の上なんだから、安心したいのは一緒だし」
そこまで年寄りじゃねーだろーが。
都合がいい時だけ老け込んだ芝居するよな、このひと。
それにしても、凜の親は、なんだって近所の大学生と自分の娘を婚約させようなんて思ったのかな?
凜が俺と結婚したい、とでも言ったのかな。いや、絶対違うな。会うことも少ないし、昨日だって普通だったぞ。
俺より雄介の方がまだ……あ、そうか。雄介がいるじゃないか。
「母さん、俺じゃなくて雄介の方がいいじゃん。年も少しは近くなるし、勉強みてあげたりしてるんだろ? 俺よりよっぽど、凜ちゃんだって懐いてるんじゃないの?」
「雄介じゃ、意味ないわよ。あんたじゃないと」
なんで?
このあとなんどかその疑問をぶつけてみたが、お袋ははぐらかすばかりで、答えようとしなかった。
「とにかく、結婚相手は自分で探すから、ちゃんと断ってよ。凜ちゃんだって可哀想だろ」
「彼女、いないんでしょ」
「彼女はいなくても、好きな相手は……」
「いるの?」
いないけど、ここでいないと言えば、話は戻ってしまうよなあ。
「いるいる」
「信じられないわ。家に連れて来たら信じるかもしれないけど」
適当に言ったと、薄々気づいたらしい。やはり鋭い。
「まあ、いいじゃない。凜ちゃんまだ若いんだし、いますぐどうこうなんて話じゃないんだから。気休めみたいなもんだと思いなさいよ」
気休めというより、気苦労でしかないんだけど……。だいたい、若いと言える年齢にすら達してないんだぞ、凜は。
変な婚約話は、どう転がしても暗礁に乗り上げてしまったようだ。
「ご馳走様」
俺は溜め息をつくと、お袋に話をするのを諦めて、自分の部屋へ戻った。