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第四十四話  舞台撮影

 凜の母親を通して、舞台撮影を引き受けることを伝えてもらった。ずいぶん喜ばれたから、荷は重いが引き受けてよかった。

 部室に集まったときに、亜衣から動きの助言をしてもらえた。

「アラベスクとかアティチュードとか、絶対、抑えてもらいたいポーズがあるんですよ」

「はあ……」

 持ち歩いていたノートパソコンに、DVDが入ったままになっていたので、それを再生しながら、亜衣に解説してもらった。要するに、バレエの動きにはこと細かく名前があって、見ていくうちに多少は見慣れてくる。で、やはり名前がある動作は絵になるし、中高生あたりになると、その動きは素人目にもはっきりわかる。

 アラベスクなんかは一瞬止まるはずだから、そこを狙って撮って欲しいと、踊っていた経験からの助言は非常に有難かった。

「亜衣ちゃんがいてよかった~」

「本当だよな。訊かなかったら、ぜってーわかんねーよ」

 今日の部室は、講義の様相を呈している。亜衣が講師で、俺たちは講習生って感じだ。柚希に至ってはノートに書き込んでいるし。

「瀬戸さん、絵、上手いね」

 碧が感心していたので、俺も柚希のノートを覗き込んだ。

「あ、本当だ」

「普通ですよ。撮るべきポーズを覚えられそうにないんで、メモしてるだけですから」

「いや、たいしたもんだよ」

 天は柚希にいくつも与えたんだな。俺が絵なんか描いたら、余計にややこしくなるだろうし。

「あとはグラン・ジュッテですね」

 絶対写してくれと念押しされた最後のポーズは、なんと空中で脚を前後に広げた動きだった。

「これ……、撮れるの?」

 一時停止させたDVDを見て、碧は弱音を吐いた。俺も物凄く心配になってきた。ジャンプの瞬間で、しかも脚が一番伸びた瞬間だろ? シャッタースピード、200でいけるのか? しかも、その瞬間に、もし瞬きでもされたらアウトだぞ。下手に連写したら、全滅する可能性もあるような気がする。

「亜衣ちゃん、これ、どの踊りでもあるわけじゃないんだろ?」

「パンフレット、ありますか?」

 俺は頷いて、パンフレットを亜衣に渡した。

 亜衣は踊りのタイトルを確認すると、手足を小さく動かして目を泳がせながら、記憶を手繰り寄せていた。

「グラン・ジュッテがあるのは、これと、これです」

 指差された踊りのひとつは、凜だった。

「まじで…?」

 よりによって、凜の踊りとは……。

「グラン・ジュッテは、一度で終わりじゃないので、もし失敗しても諦めずに追いかけてください。たぶん、二、三度はシャッターチャンスがありますから」

 訊いておいてよかったのか、訊かなきゃよかったのか…。まあ、四人がかりで撮れば、ひとりくらいはまぐれ当たりもあるだろうと思えば、少しは気が楽だ。

 俺ひとりだったら、いまからでも断っていたかもしれない。仲間って有難い。たとえそれが、多少、個性豊かすぎる後輩であっても……。


 三月半ば、舞台撮影の当日は、幸い快晴だった。このところ、ぐずついた天気が多かった。ひと雨ごとに暖かくなって来ていたのだが、心配した天気にも恵まれて助かった。

 結果から言うと、舞台撮影はいまのM大写真部として、ベストを尽くせた。

 もちろん失敗も多かったけど、思っていたよりよく撮れたので、俺としては満足だった。後輩三人も、ためし撮りのときは悲惨きわまりない写真だったが、撮影モードなんかを事前に確認していたことや、亜衣からの助言もあって、かなりいい写真を多く撮影できたと喜んでいた。

 今回の舞台撮影は、最初、なんの得にもならないと思っていたけど、終わってみれば、すごくいい勉強になった。普段、自分たちで好きに撮っているときにはない条件での撮影は、今後の作品に幅を広げることができたと思う。

 そして俺は、ずっと撮りたかった凜をファインダー越しに見つめることができて、言葉にできないほど嬉しかった。それは、俺の部屋の一番目につく場所に飾る写真を、変えてしまうほどの満足感だった。

 佐々木が全員のデータを集めて、メディアにまとめてくれた。俺がそれを凜の母親に預けて、頼まれていた舞台撮影のすべての作業は終了した。その写真をプリントしたり配ったりするのは、凜の母親がしてくれるからだ。


 翌週の土曜日が、大学の卒業式だった。

 今日で会えなくなる上級生も多い。写真部では、卒業式のあと、部室で少しだけ乾杯をすることになっていた。

 すでに、卒業生追い出しコンパは済んでいるから、仰々しいものではないけど、最後に顔だけ合わせよう、という意味合いだ。

 普段は狭いとも感じない部室だが、今日はかなりの人数だから窮屈だ。机だけ中央に残し、椅子は端に寄せて缶ビール片手に立ち飲みだ。

「部長、ありがとうございました」

 普段見たことのないスーツ姿の篠崎部長と、缶を合わせた。

「ああ。こっちも愉しかったよ。写真部は、年々、よくなっていくよな」

「そうですね」

「で、あの企画の結果はどうだったんだ? 雑誌の写真部応援企画」

「おかげさまで、なんとか二位に入選しました」

「へえ、やったな」

「ええ。ただ、二位だと賞金が、レンズを買うには足りないんですよ。でも、花見に使うのは豪華すぎるし、四月には新歓コンパもあるのに、花見ってどうだろう、ってなって……」

「部費で足して、レンズを買えばいいんじゃないか?」

「部費も年度末でほとんど残ってないんですよ。それに、もしあったとしても、メーカーが……」

「部長として最後のアドバイスをやるよ。もし、レンズを買うなら、キャノンにしろ」

「え?」

「なにも、モデルをしたふたりと撮影者の松浦がキャノンだから、そうしろって言ってるんじゃないんだ。四月から入る新入部員は、間違いなくキャノンが多い」

「なんでそんなこと、わかるんですか?」

「麗しい柚希お姉さまに、カメラの操作を教えてもらいたいからに、決まってるだろ」

「ええ~、そうなんですか?」

「ああ、間違いない」

 うーん、もしそれが本当になったら、四月から写真部はまた、ひと騒動だ。

「それに、お前はニコンが多いって言うけど、そのニコン組は、今日でほとんど卒業だろ?」

「あ……」

 そういえば、そうだ。卒業生が抜けたら、ニコンで残っている主要メンバーは、佐々木だけになるんだ。

「そしてあの、怒らせたら怖いさくらちゃんがキャノンを買ったわけだ。決定だろ」

 うーん、俺が入部したときは、ほとんどニコンだったのに、わずかな年月で勢力は変わるんだなあ。

 篠崎部長は卒業したら、職場の近くに引っ越すんだよな。彼女とはどうするんだろう。もしかして、同棲するのかな。それとも、しばらくは一人暮らしをするんだろうか。

 訊いてみたい気がしたけど、俺は訊けなかった。なんとなく、部長の顔が沈んでいる気がしたからだ。


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