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第四十三話  一枚の写真

 柚希たちがためし撮りに合流してくれることになったので、俺はかなり気持ちが軽くなった。

 二月もまだ半ば。今年の冬は、やけに寒い。

 俺は、最近すっかり癖になった、部屋の窓から凜の家を眺める動作の中で、黒い軽自動車が目に留まって立ち上がった。

「そうだ…」

 うっかり忘れかけていた。凜の母親から、車があるときはいつでも来てくれと、言われていたんだ。

 今日は木曜日だ。まだ、舞台撮影を引き受けるかどうかわからないし、来週の方がいいかと思ったが、俺は行ってみることにした。

 呼び鈴を鳴らすと家の中に招き入れられた。

 まだ小学生の下校時間ではないから、凜の姿はない。そういえば、凜の家に入るのは十年ぶりくらいだ。凜が生まれて間もないころ、二、三度、来たことがある。赤ちゃんという存在がもの珍しくて、雄介と一緒に遊びに来たんだ。あの頃あったベビーベッドは、当然、姿を消している。

 リビングに通されて、ソファーに腰かけた。部屋の様子を眺めると、勉強道具がテーブルに置かれていた。

「凜ちゃん、ここで宿題してるんですか?」

「そうなの。ひとりですると、わからない問題がそのままになっちゃうみたいで。まだ自分の部屋で寝るのも嫌がるし、子ども部屋は荷物を入れてるだけなのよ。ひとりっ子は駄目ね」

「そうだったんですか」

 それで凜の部屋はいつも、明かりがついてなかったんだ。

「あ、そうだ。まだ借りたDVD、全部見てないんです。もう少し借りてて、いいですか?」

「いいわよ。いつでもいいから」

 俺はずっと、このひとに訊きたいことがあった。どうして、凜を俺と婚約させようとしたのか、なぜ年の近い雄介ではなく、俺が許嫁でなければ意味がないのか。

 でも、訊きだせなかった。自分から動かせば、終わってしまうような気がした。いつかは尋ねなければならないのだろうけど、いまはまだ、このままでいたかった。

 諦める決心をしたのに、往生際が悪くて自分でもうんざりする。

 しばらく待っていると、B5サイズの封筒を差し出された。

 中から写真を取り出す。

 写真サイズは小さいものがKG…つまりハガキサイズ。集合写真がKGの二倍サイズだ。

 俺は、写真を見て少し驚いた。

 たいしたことないな、と思ったのが第一印象だ。あれほどのカメラで撮るなら、どれほど凄い写真かと思っていたのに、ノイズもあるし、それほど綺麗な写真とは言えない。

 それになにより、すべて横向きなんだ。人間を全身写すのに、なんでカメラを回して縦にしなかったんだろうと考えて、思い出した。

「そうか、三脚に固定してたからか……」

 舞台は横長。凜はふたりで踊っていたから、写真もふたりかひとりで写っている。でも、踊りによっては六人とか多いときは十人以上舞台で踊っていた。だからカメラは横で固定して、最後までそのまま写すんだ。

 全身が入っているのに横向きだから、かなり小さい。表情なんか、よくわからない。

 しかし、たいしたことないというのが、いっそう怖い。

 あれほどのカメラで撮ってこの程度なら、俺のカメラならどんな写真になってしまうんだろう。やっぱり断った方がよさそうだと、溜め息を隠して顔を上げた。

 電話台の脇に、フォトフレームが置いてある。俺の視線に気がついて、凜の母親がそれを持ってきてくれた。

「凜が幼稚園のときの写真よ。懐かしいでしょ?」

「え? 懐かしいって……?」

 フォトフレームを持ったまま、俺は首を傾げた。

「この写真、惣介くんが撮ってくれたんじゃない。覚えてない?」

「……あっ…………」

 思い出した。

 俺はもう一度、写真を見つめた。幼稚園のお遊戯会だ。

 あの日、凜の両親はインフルエンザで参観できなかった。凜も休ませるつもりだったけど、うちのお袋が、あんなに愉しみにしていたのに可哀想だと、連れて行った。確か、土曜日だった。

 その日はサッカー部も練習が休みだったから、俺まで駆り出されたんだ。幼稚園に行くだけで、凄く嫌だった。高校生なんてひとりもいないし、居心地が悪くてしかたがなかった。

 凜の父親が用意していた、フィルム式の一眼レフを持たされて、言われるまま撮った。

 操作なんてわからなかったから、撮影はオートだったけど、触ってるうちにレンズをズームにする方法だけは見つけて、愉しくて興奮した。

 そのとき写した写真は、フィルムが入ってる状態のまま、カメラごと返したから、俺の手元には残ってないんだ。

 俺はそのことがきっかけで、カメラに興味を持ち始めた。

 俺が写真を好きになった理由も、写したはずなのに覚えていなかった凜の写真も、同じこの一枚の写真だったんだ。

 なんだか、不思議な気分だ。まるで、自分の起源に行き着いたような感じだった。

 どうしよう、困った。本当に、舞台撮影に挑戦したくなってきた。

 五年前のリベンジ、なんて馬鹿馬鹿しいけど、フレームの中のお遊戯会の写真は、本当に情けない写真だったんだ。


「いや~、難しいッスね」

 佐々木がファミレスの座席にどっと腰かけた途端、はあ~と息を吐いた。

 隣に佐々木、向かいの席には柚希と碧が座っている。ためし撮りの帰りに反省会を兼ねて、お茶を飲んで行くことになったのだ。どうせなら飲みに行きたいくらいだったけど、今日は全員がカメラと三脚持参だし、俺と佐々木は車で来ているから、そうもいかなかった。

 ドリンクバーとポテトを注文して、みんな疲労困憊の表情だ。

 正直俺も疲れた。思い通りに撮れないのは、こんなに疲れるものなのか。いままで人物を撮ったら、髪の一本まで写って当たり前だったから、舞台撮影がこれほど難しいとは思わなかった。

 先日見て、たいしたことないと思ったプロの写真が、もの凄く偉大な写真のように思えてきた。

「夜景とかイルミネーション写すのも難しいと思ってたけど、舞台を写す方がはるかに難しいね」

「マニュアルがないからね。設定を自分で探していくしかないんだよ」

「最初は簡単かと思いましたよ。すっげー明るく見えるし、ライト当たってんのに、なんで松浦さんが暗いから難しい、つってんのか、わかんなかったし」

「客席が暗いから、明るく見えるんだよ。実際は光量が足りないんだ。人間の目って結構錯覚に弱いからね」

 飲み物を取ってきて、みなそれぞれ、自分のカメラに写した写真を表示させて確認する。周りから見たら、異様な光景だろうな。それとも、怪しいオタクイベントの帰りと思われていたりして……。

「最初の方に写したのは悲惨ですね」

「あたしも。手足がぶれて、なにしてるのか、ほとんどわからないよ。これってシャッタースピードが遅すぎたってことだよね」

「オレのは真っ暗だな。途中で松浦さんにISO感度あげろって言われなかったら、気がつかなかったよ。オレ、ほとんど昼間の外ばっか写してたし……」

「撮った分でまともな写真の設定、言ってくれる?」

 メモ用紙片手に、それぞれ確認していく中で、感度やシャッタースピードを割り出していく。

「…ってことは、シャッタースピードは200より遅くできないね。あとISO感度は1600まであげないと無理だな」

「うわ~、こんな設定で撮ったことねーよ。すげー不安……」

「動くもんね。これでも指先までブレないかは、出たとこ勝負かも」

「絞りを開けば、なんとか大丈夫だと思うけど…。とにかく、動きに着いて行けるかどうかだな。柚希ちゃんはこの中で一番バレエの動きに詳しいだろ。今日のダンス見て、どうだった? もっと動きは激しい?」

「見た目はもっとゆっくりな気がするんですけど、そんなふうに意識して見たことないんで……。亜衣だったら、動きに対するアドバイスはしてくれると思います」

「じゃあ、一度、亜衣ちゃんの助言をもらおう。で、この話、どうする? サークル活動じゃないから、いまからでも抜けてくれていいよ」

「私はします」

「オレも抜けませんよ。難しい分、やりがいあるし、勉強になるし」

「あたしも」

「ありがとう。なら、正式に引き受ける。なんとかなりそうだし。ただ、今日、場所を移動しながら写して思ったのは、客席の後ろからだと俺たちのカメラじゃ無理だ。柚希ちゃんのカメラなら少し下がれるけど、それでも客席の真ん中あたりが限界だな」

「なるほど……」

「柚希ちゃん、望遠レンズ持ってる?」

「はい、あります」

「今日、持って来てる?」

 頷いた柚希が出したレンズを手にして、俺は口笛を吹きたくなった。

「凄いな。これなら問題ない。柚希ちゃんを客席中央の場所に配置で決定だな。碧ちゃんは確か、デジタルの望遠レンズを持ってなかったよね?」

「はい。持ってません」

「じゃあ、碧ちゃんは広角レンズで最前列の真ん中あたり。最前列に座ると、たぶん足元は舞台の高さで写せないから、膝から上を狙うようにして。柚希ちゃんに全体を写してもらうから、碧ちゃんは表情を拾うくらいになってもいい」

「わかりました」

「俺と佐々木は望遠で左右に分かれよう。佐々木の望遠の方が優秀だから、少し後ろの列から写してもいいし」

「了解っス!」

「それと、三脚は使わない方がいい。被写体は前後左右に動くから、よほど三脚慣れしてないと見失うと思う」

「………………」

「柚希ちゃん、どうかした?」

「いえ、松浦さん、こんなときは、カッコいいなあって。どうして派手にモテないんですか?」

「それは、副部長が熟女好きだから」

 碧の回答に、佐々木が派手に吹き出した。

 俺は思わず佐々木の頭にげんこつを落とした。


なんとか完結の目途が立ちました。

下書きを書き終わりましたので、これからは一日おきに更新できそうです。

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