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第四十二話  カップル写真、決定

 とりあえず、脱線していたらキリがないので、写真選びを進めることにした。が、その作業は後輩に任せることにした。

 ここに残っているのは、問題のない写真ばかりのはずだし、どれを選んでも悪くはない。

 やや心配なのは、碧の写真だが…。碧はいい写真を写すのに、選ぶときにテンションの低い写真を選ぶことがある。まあ今回は、選ぶときにさくらと一緒に選んだらしいので、大丈夫だろう。さくらは、これほど異常な精神の持ち主なのに、なぜか、まともな感性で写真を選ぶ珍妙な生き物だ。人柄はまるで信用できないが、写真を見る目は信用できる。

 数を絞り込んだら、最終選考には参加してくれと念を押されて、俺は、別のテーブルにノートパソコンと写真を広げた。

 学祭の写真をファイルしたが、撮影者の名前とタイトルを書きこんでいく作業が残っている。

 ふと顔を上げると、亜衣が手持ち無沙汰な様子で、ぼんやりしていた。

「あ、そうだ、亜衣ちゃん、これ、書いて」

 引き出しから紙を出して、亜衣に差し出した。

「なんですか、これ?」

「入部届。もう、いいだろ?」

「でもわたし、みんなみたいに大きなカメラ、買いませんよ」

「問題ないよ。携帯で充分だから」

 亜衣は「それじゃあ」と頷いて、入部届に記入した。これで亜衣も、正式に写真部員になった。

「この写真は、なんですか?」

「ファイルに入っているのは、学祭の写真。散らばってるのは、個人的な写真。家にいると就活の資料読むのに追われるから、今日ここで整理してしまおうと思って」

「見てもいいですか?」

「いいよ」

 作業途中のファイルは俺が持っているから、亜衣は机の上の写真を拾い上げていく。

「あれ? 応援企画の写真が一枚、混ざってますよ。向こうに持って行きましょうか?」

「え?」

 亜衣に指摘された写真をみると、それは、この部室で柚希が碧の髪を編み込んでいるのを写した、あの写真だ。

「それは、違うんだ。思いつきで撮らせてもらったんだよ」

 この写真を撮っていたとき、亜衣はいなかったっけ? …そうだ、撮り終わった直後に、部室に来たんだ。

「そうなんですか。いい写真なのに……」

 そういえば、林原にもこの写真でそう言われた。なんだか、ふたりで同じようなことを言ってるのが、面白い。

「あ……」

「なに?」

「あの、副部長さん、この写真……」

「ああ、林原? それ、前に背中のモデルしたときに写したんだよ。なかなか、愉しい写真だろ?」

「た、愉しいっていうか…、なんか別人みたいで……」

「あいつ、絵を描いてるときは、いつもこんなんだよ。集中すると、妙に真面目な顔になるんだ」

「そうなんですか……。林原さん、煙草吸うんですね。以前、一緒に食事したときは、全然吸ってなかったのに…」

「そういやあいつ、滅多に吸わないけど、絵を描くときは吸ってるな。喫煙者は嫌い?」

「いえ、べつに、そんなことはないですけど…」

「気に入ったなら、その写真、持って帰る?」

「えっ、き、気に入ったとか、そんなことは……」

「撮影モードとか、露出や絞りの設定、教えようか?」

「あ…、撮影モード……。いえ、あの、カメラのことはまだ……」

「そういや、そうだね。ごめん、ごめん。よーし、学祭のファイルはできた」

 俺は、出来上がったファイルを部室の棚にしまった。これで用事がひとつ済んだ。あとは、個人写真を差し込み式のアルバムに入れてしまえば、自分の写真は終了だ。起動したパソコンから、いつもと違う音が聞こえてきた。そういえば、凜の母親から借りたDVDを見ようと思って、このパソコンに挿入したままになっていたんだ。

「これも、あったんだよな……」

 舞台撮影か。どうしよう。もし、ためし撮りで写せそうなら、だれかにこの話をしてみるか、自分で撮ることになる。文化交流会当日は、なにも予定がない。就活の説明会や面接なんかは平日だから、かぶらないのだ。

 忙しいと言ったって、要するに、気持ちの問題だ。俺の場合、適当に他のことで気が紛れている方が集中できるから、時間的には問題ない。だらだら就活に時間を割いても、結果にはつながらないみたいなんだ。

 それに、その時間が空いているのに、忙しさを理由に断る方が、よほど精神的に悪い。だから、断るなら、カメラの技術的な理由から、と決めていた。

 どっちにしても、日曜日のためし撮りが終わらなければ、なにも動かせない。

「副部長、十枚まで絞ったんで、見てください」

 碧に呼ばれて、俺は亜衣と場所を移動した。

 椅子に腰かけ、残った写真に視線を落とした。場所もカップルの組み合わせも様々だ。

「どれも悪くないよ」

「だから、ここから絞れないんです」

「そうだね。なんとか選んでみようか…」

 碧はこくこく頷いた。なんだかんだ言っても、この企画に一番気合いが入っている碧だった。

「さくらちゃんは、どう思う?」

「わたしは、撮影してないし……」

「だから訊いてるんだよ。撮影者はみんな、自分で写した写真に愛着があるし、柚希ちゃんや亜衣ちゃんはモデルになってるだろ? まずは、第三者からの意見を訊いてみたいんだ」

「はあ、そうですか。んー…と、私のイチオシは当初、瀬戸さんと亜衣ちゃんだったんです。でも写真を見ると、なんか物足りない気がして……」

「あ、やっぱり?」

「副部長もそう思ってたんですか?」

「うん、うまく言えないけど、カップルと呼ぶには違和感があるんだよね」

 俺は撮ったときから、しっくりこない感じがしていた。そのことを、さくらに『物足りない』と表現されて、納得した。

 柚希と亜衣は長年の友人だから、どうしても馴染み深さが出てしまうのかな。

「碧ちゃんは、好きな写真、ある?」

「あたしは女の子の瀬戸さんを選びたいんで、副部長と写ってるのがいいんです。でも、そうすると、撮影者はあたしだし、技術的に不安で……」

「佐々木はどう?」

「オレは、柚希ちゃんと碧ちゃんのがいいと思います。やっぱ、本物カップルの表情ってやつッスかね?」

 へえ、佐々木の意見が、なかなか的を射ていたので驚いた。人物を滅多に撮らない分、素直な見方ができるのかな。

 柚希と亜衣の写真を外して、残ったのは俺と柚希の組み合わせと、柚希と碧の組み合わせだ。柚希と碧の写真は、応募写真のつもりで撮ってなかったから、碧は焦っている。

「場所は書庫か学食がいいよね」

「どっちも捨てがたいよな~」

 さくらと佐々木が唸っている。

「あの、柚希と碧先輩の写真なら、副部長さんのあれも有りなんじゃないですか?」

「あれって?」

 さくらに尋ねられて、亜衣がさっき見ていた写真を持ってきて、机に置いた。

「タイトル、髪結いの彼氏、ってとこですよね」

「へえ~」

「なるほど……」

「ああ、あのときの……」

 みんなが溜め息をつく中、碧が首を傾げた。

「いい写真だけど、瀬戸さん、男に見えないよ」

「碧先輩、人間、気合いです」

「気合いって……」

 どんな気合いなんだ。だいたい、これを選ぶなら、撮影会のすべてがいらなかったことになるじゃないか。

 それから小一時間ほど話し合って、最終的に決まったのは、書庫で俺が写した柚希と碧の写真だった。柚希がギリ、男に見えるかもしれないのと、ふたりの表情がよかったこと、背景が夕暮れの書庫でいい感じだったことがその理由だった。

「じゃあ、今夜、これを送信しておくよ」

「よろしくお願いします」

「優勝できたらいいなあ。魚眼レンズでなに撮ろうかな」

 碧が夢見るように呟いた。

 俺は苦笑して、ノートパソコンの机に戻った。DVDの再生がスタンバイ状態になっていた。

 残る懸案は、バレエの舞台撮影か。

 俺が腕を組んで眉間にしわを寄せていると、亜衣が近寄ってきて首を傾げた。

「副部長さん、どうしたんですか?」

「うん……」

「あの、就活なんて、みんな失敗続きだし、元気出してください」

「は?」

「亜衣ちゃん、違うよ。副部長は恋に悩んでるの」

「そうだったんですか?」

「そうだよ。相手がおばさんだって、いいよね? そうでしょ?」

「はあ、まあ、そうですね……」

「碧さん、松浦さんの悩みはそうじゃないと思いますよ」

 柚希が間に入ってきた。

「そう?」

 みんな、好き勝手に俺の悩みを展開している。有難くも騒々しい後輩たちだ。

「とりあえず心配してくれて、ありがとう。就活は本命の出版社が最終まで残ったし、順調だよ。彼女もいなくて独り身だから、恋愛の悩みも抱えてないし」

 抱えてないことはないけど、彼女がいないのは事実だ。凜に対するしたわしさが、まだ恋愛とは思いたくない俺だった。

「じゃあ、どうしたんスか? そんな難しい顔をして」

 佐々木に問われて、「実はさ…」と文化交流会のことを話した。

「舞台撮影の依頼ですか。またずいぶん、でかい話ですね」

「いや、出演者はそのバレエ教室の二十人くらいだし、そんなに仰々しいものじゃないんだ。仮に引き受けたところで、ボランティアだし」

「でも、こんな機会でもないと、舞台撮影なんて経験できないですよね」

 柚希が妙に前向きな意見を言った。

「松浦さん、私もその日曜日のためし撮りに行ってもいいですか?」

「え? いや、もちろんいいけど、なんで?」

 柚希は凜に、義理も人情もないんだから、関係ないのに。

「モデルばかりで、欲求不満なんです。たまには、写す側に回りたくて」

「そっか。じゃあ、お願いするよ」

「はい」

「…あの、オレも行っていいっスか?」

「佐々木が? なんで?」

 この世で一番バレエが似合わない男…と言ったら言い過ぎかもしれないけど、本当に佐々木はそんな感じなんだ。そもそも、鉄道マニアの撮り鉄が、いったいどうしたんだ。撮影会でも撮っていたようだし、なにか悪いものでも拾って食べたんだろうか。

「ひとっての乗り物だって、最近ようやく気がついたんです。もっと、色んなものを写していきたくて。電車と人や風景を大事に組み合わせた写真を目指したいんスよ」

「へえ…、いや、こっちも頼めるなら頼みたかったし、助かるよ」

「あたしも行きます」

「碧ちゃんまで?」

「はい。頑張ります」

「じゃあ、日曜日に文化ホール集合で。詳しい時間はメールするから」

 本当に写真部の後輩はノリがいいよな。なんの得にもならないのに。

「あーあ、やっぱり、カメラ買おう」

 さくらがひとり、面白くなさそうに頬を膨らませた。


四十五話が最終話の予定でしたが、ちょっと収まらないみたいなので、四十六話か、もしかすると四十七話が最終話です。

私の一話の文字数ベストは2000から3000字なんですが、切れるところで切るしかないので、長くなったり短くなったりします。

たまに4500字とかになると、読み返しても間違いに気が付かなかったりします~。

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