第四十一話 さくら、部室で暴走する
翌日、写真部の部室には、写真部応援企画のカップル写真を選ぶため、主要メンバーが集合していた。
これまでに、何度か撮影会を重ねてきた。俺が参加したのは半分ちょっと。モデル兼カメラマンの役割に反して、あまり参加できなかった。
「集めてみると、結構あるね」
さくらがテーブルの上に広げられた写真を眺めて、感心したように頷いた。
確かに、ざっと見た感じ、百枚近くある。実際に撮った数は、その何倍にもなるが、撮影者が選んだものをプリントして持ってきているので、すでにふるいに掛けられているのだ。俺自身も、写した枚数は二百枚近くあったが、ここに持って来たのは二十枚ほどだ。
「いっぱいありすぎて、選ぶの難しいね。写した場所ごとに分けてみる?」
碧の言葉で、柚希と亜衣が加わって、写真をより分けだした。
写真を持参してきたのは、俺と碧、それから意外なことに佐々木だ。
俺は今回の撮影会で、佐々木が撮っているのを見たことがない。俺が参加しなかったときに、写していたそうだ。
モデルをクビになって、カメラマンくらいしなさいよ、とさくらに責められて無理やりやらされたのかと思って尋ねたら、佐々木自ら志願したという。電車しか撮ろうとしなかった男が、どういう心境の変化なんだろう。
部員の中で最も性能のいいカメラの持ち主は柚希なんだが、モデルばかりで撮影には回れなかった。よく考えたら宝の持ち腐れだ。
そして、花見の野望に燃えるさくらは、撮影会フル参加にもかかわらず、持参した写真は一枚もない。さくらのカメラは、一眼レフではないからだ。
出版社には、画像データをメールで送信するので、カメラ的に減点になるのを考慮したのだ。データ送信だと、カメラの機種や撮影時の設定がすべて筒抜けになってしまう。
さくらは合理的なところがあって、細かい操作を覚えなければならない一眼レフを嫌がり、簡単に扱えるカメラを選んだのだ。結果が同じならば、軽くて楽な方がいいと機種を選んだのだが、今回はそれが裏目に出た形だ。
「あーあ、つまんないなあ。わたしも一眼レフ、買おうかな」
さくらが溜め息交じりに呟いた。
「買えるなら買おうよ。写せる幅、広がるよ」
誘っているのは、碧だ。
「うーん…、瀬戸さん、もしわたしがカメラ買ったら、手取り足取り教えてくれる?」
本気か冗談かわからないが、佐々木ではなく柚希を指名したということは、メーカーをキャノンに絞っているのかな。佐々木はニコンだし。
「そんな恐ろしいこと、できません」
「恐ろしいってなによ。なんか、失礼しちゃうなあ。じゃあ、碧、教えてくれる?」
「別にいいけど、教えるとか、できるかな」
……頼りない。あれほど熱心に教えてやったのに、もう忘れたなんて言わないでくれよ。
「教えてくれたら、お礼するよ」
「お礼ってなに?」
「コンパに連れて行ってあげる」
「小畑さんッ!」
柚希がさくらを呪い殺しそうな勢いで睨みつけた。
「そんな怖い顔しないでよ、友達コンパだから。恋人がいる子も来るし、男女の比率もバラバラなんだよ」
「……小畑さん、前から思っていたんですけど、碧さんにばかり構ってないで、さっさと彼氏、作ってください」
「だから、コンパに行きたいんじゃない。わかってないなあ。最近、碧がコンパに行ってくれないから、出会いがないの」
「じゃあ、佐々木さんなんかどうですか?」
柚希がバナナの叩き売りみたいなノリで、佐々木を売り込んでいる。
「ええ~」
さくらが嫌そうに眉をひそめたが、佐々木はもっと迷惑そうな顔をしている。
「一緒にホラー映画観たら、最高に愉しいですよ」
「柚希ちゃん、やめてくれ~。思い出しただけで、人間の挽肉がよみがえる~」
佐々木が悲愴な声でうめいた。
「あ、柚希ちゃん、本当に佐々木と行ったんだ。人肉饅頭屋の一週間」
俺は、柚希が家に来たときに話していたことを思い出した。
「行きました。映画の内容はともかく、佐々木さんの反応が、終始、愉しかったです」
「オレは全然愉しくなかった。女って怖え……」
「佐々木くん、瀬戸さんは男だってば」
碧が唇を尖らせて、恋人の性別を訴えたが、もうこの際、そんなことはどうでもいいよ、と言いたそうな佐々木だった。
「だいたい、なんでオレがあんな映画、見なきゃいけなかったんだ?」
「それはもちろん、碧さんの不幸を分かち合うためです」
「瀬戸さん、優しい~」
傍迷惑って言うと思うぞ。そういう優しさは……。
「どう考えても、オレは関係ねーじゃん」
佐々木の嘆きは、もっともだ。
「あのね、瀬戸さん、佐々木くんを彼氏にできるわけないでしょ。わたしは電車じゃないんだから。人間に興味を持てるひとがいいの。コンパで出会いが必要なの」
「ひとりで行けないんですか?」
「こんなか弱い乙女が、ひとりでコンパとか行ったら、どんなひどい目に遭うと思う?」
「………………」
柚希の冷ややかな視線を通訳すると、できることなら、どんな目にでも遭ってくれればいいのに、てなところかな。
「それに、碧と一緒だと愉しいし」
「私は、小畑さんが碧さんと一緒だと愉しくありません」
「あんまり可愛くないことばっかり言うと、お風呂で碧の胸、揉むよ」
「!」
どんな脅迫のしかただよ。なにを食べて生きてきたら、こんな若者に育つわけ?
「ほーっ、ほっほ、悔しかったら、女子寮にいらっしゃ~い」
芝居がかったさくらの高笑いに、俺は頭痛がしてきた。
「瀬戸さん、さくらは冗談で言ってるだけだから」
肩を震わせる柚希に、碧はのんびりと笑顔を向けた。
「わたしはいつだって、超本気」
この場合、さくらが正しい。碧はまだ、さくらの恐怖がわかってないな。
しかし、最近のさくらは、柚希をからかって遊ぶのがよほど愉しいらしい。碧という玩具を取られた腹いせもあるのかな。どっちにしても、困ったもんだ。その柚希のストレスが、佐々木に向かってる感があるので、写真部としては深刻な事態だ。
「まあでも、彼氏としては心配だよね。こんな、どこに飛んでいくかわからない彼女がコンパに行ったら。だから、瀬戸さんも一緒に行かない?」
「え?」
「友コン。べつに、いいでしょ?」
「……わかりました。行きます」
「ええ? 瀬戸さん本当に行くの?」
碧が驚いている。頷く柚希に、碧ならずとも、俺だって驚いた。柚希が参加すると、どんなコンパになるのか、想像しただけで面白かった。
「私が一緒に行ったら、なにか、まずいんですか?」
柚希が珍しく嫉妬むき出しで、碧に疑いの目を向けている。こんな言い方をされたら、大概の女の子は機嫌を損ねるが、碧はどうもこうしたやりとりに疎いのか、ピンと来ていないようだ。
「まずいってわけじゃないけど……。行くなら、完璧な女装して」
「どうしてですか?」
柚希が、不思議そうに碧に尋ねる。
「男だってバレたら、女の子に狙われるもん」
碧は、上目遣いに柚希の顔色を伺う。柚希は途端に破顔した。
「女装して行ったら、男に狙われるんじゃねーの?」
だよな。俺も佐々木の見解に意を同じくして頷いた。
「男はいいの。瀬戸さんはホモじゃないんだから、モテたって関係ないもん」
そういうものなのか。なんかもう、このふたりは突っ込みどころが多すぎて、よくわからない。碧がそう言うなら、そうなんだろうと、思っておこう。
私は、ほとんどプロットを書かずに行き当たりばったりで小説を書く方式なんですが(笑)、このあたりの柚希とさくらの会話は、最初から考えていました。
「碧さんにばかり構ってないで、さっさと彼氏、作ってください」のところあたり。
今回、悪役がさくらひとりなんですが、ようやく、エンジンがかかってきました。
もう、終わりかけなのが無念~。もっと邪悪にしたかった~。