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第四十話   凜だけが、違って見えた

 俺は一年のときに撮った写真を、パソコンの画面にサムネイル表示させた。凜を写した写真が、どんな写真だったのか、気になってしかたがなかった。けれど、どんなに探しても見つからない。

 これ以前となると、高校のときになる。コンパクトカメラと、フィルムのカメラだが、それらは現像してアルバムにしていた。俺はそれも引っ張り出して探してみたが、見つけることはできなかったのだ。

 いったいどうなっているんだろう。失くしてしまったのだろうか。

 とりあえずいまは、諦めるしかない。俺は溜め息をついて窓から凜の部屋を眺めた。あれから凜の部屋を意識して見ているが、タイミングが悪いのか、凜の部屋に明かりが点ったのを見たことがない。本当にあの部屋が凜の部屋なんだろうか。

 柚希から「愛があればちょっとくらい、いいんじゃないですか」などと言われたから、というわけではないが、俺は少し、そんな気持ちになってきた。

 どうしても凜のことは可愛いと思うし、それはそれで、かまわないかも、と開き直ってきた。

 一緒にいても、多少触ってみたいとは思うけど、暴走するほどではないし、もしかしたらやはり気の迷いで、しばらくしたら俺に彼女ができるかもしれないし、凜だって何年かして彼氏ができるかもしれないけど、案外そうなっても、穏やかに受け入れられる気もするんだ。

 そう思ったら、急に気が楽になってきた。

 そんな心境でバレエの送迎を引き受けた日を迎えたのだが、俺の、根拠のない気楽な考えは、バレエの練習室に入ったとき、完全に打ち砕かれた。


「すいません、わざわざ来ていただいて」

 凜に促されて練習室に入れば、以前、迎えに来たとき挨拶をした先生が、にこやかに近寄ってきた。年は四十代前半ってとこかな。黒っぽい薄手のパンツ姿で足元はバレエシューズ。

「いえ、大丈夫です」

「凜ちゃんから、お話を訊いてます。大学の写真部で副部長をされてるんですよね」

「はい」

 練習室の奥が更衣室になっているようだ。来た生徒はみんなそこに入っていって、レオタード姿で戻ってくる。見慣れない俺が珍しいのか、じろじろ見られている。

「お兄さん、バレエするの?」

 凜より少し小さな女の子が、近づいてきて、俺に尋ねた。

「え?」

「夕実ちゃん、違うのよ。このお兄さんは文化交流会でカメラマンをしてくれるかもしれないお兄さんなの。夕実ちゃんからも、お願いして」

「よろしくお願いします」

「あの……」

「ごめんなさいね。詳しい話もまだなのに。でも、なんとか引き受けてもらえると、助かるんです」

「はあ……」

 なんかのっけから断りにくい雰囲気になった。ここに来たのは失敗だったかな。

 そう思って首を傾げていたら、凜が更衣室から出てきた。当たり前だけど、レオタード姿だ。俺と目が合って、少し笑みを頬に乗せたが、近づいてくることはなく、同じ年頃の女の子のところに向かった。なにか訊かれている様子だ。なにかって俺のことだよな。一緒に来たのを見られているんだし。

 身体のラインがすべてわかる。俺は見るのが怖いような、いつまでも見ていたいような、複雑な気持ちになった。

 凜だけが、違って見えた。

 同じような体型や年頃の子もいるし、高校生や中学生も何人かいる。その子たちの方が成熟した肢体で、魅力的なはずなのに、凜はひとり、輝いて見えた。

 欲情とか、そんな下品な衝動ではなく、とてもおごそかな気持ちになった。女の子の身体でこんな感情が湧き起るなんて、初めて知った。

 大人とは違うけど、完全な子供でもない。曖昧で神秘的な少女に…凜に、俺は、はっきりと、ときめいた。

 俺は、ここにきて、やっと認めた。凜が好きなんだということを。そして、自分に失望した。どうしてもっと、理性的な人間でいられないんだろうと。

 先生に一枚のプリントと、パンフレットを渡されて我に返った。

「これが文化交流会の日程表で、こっちのパンフレットが演目と出演者です。ほかのダンスや舞踊も一緒のパンフレットだけど」

 まずい。とりあえず、集中しよう。ここに来た目的をはき違えたら、来た意味がない。

 文化交流会は三月半ばの土曜日と日曜日の二日間、行われる。凜たちのバレエは日曜日、午後からの一番目だ。

 そろそろレッスンが始まるそうなので、先生に促されて、二階の見学室に移動した。小さな部屋だが、窓から練習室の様子が見えるようになっている。先生は若い助手のひとに指導を託して、見学室に少し遅れてきた。

「少し寒いですね。すぐ、暖房を入れますから。小さい子のクラスの保護者の方は、ここで見学しているんです。でもこのクラスは四年生以上だから、お母さんたちも建物の前で子どもを降ろしたら、買い物に行ったりするんですよ」

「…あの、文化交流会には、どうして、写真屋さんが入らないんですか?」

「実は、金銭的な問題なんです」

 説明によると、この文化交流会は、出演者が二十人だそうだ。二十人では写真屋としてのもうけが少ない。機材を運んだり、一日費やすのは、三十分の舞台でも、三時間の舞台でも変わらないのだ。出演者が八十人の舞台ならいいが、二十人なら割が合わないらしい。

「今年はうちの教室から、文化センターにスタッフとして大人を何人か出さないといけない順番なんです。でもそれは、保護者のお母さんたちにお願いするしかなくて……」

「スタッフというと?」

「文化交流会の受付係とか、案内係とか、舞台裏に待機する係りとかです」

「じゃあ、自分の子どもが舞台に出ているときに、観られないひともいるんですか?」

「そうなんです。それに、小さな子どもは、舞台そでにお母さんがついてるんですよ」

「どうしてですか?」

「暗さにおびえたり、ギリギリでトイレに行きたがる子がいて、私と助手の女の子だけでは無理なんです」

 なるほど。観客から見えない舞台裏は、大変なんだな。

「そんな状態なんで、できれば写真をちゃんと写してくれる人に来てもらいたいんです。忙しい時期とは訊いてますけど、他の方でもいいので、お願いできませんか? 保護者の方からしたら、せっかくの舞台なのに、観られない、残らないでは気の毒なので……」

「それが、写真部員のカメラはあくまで素人のカメラなんです。舞台を写せるかどうか、わからないんですよ。少なくとも、発表会のカメラマンにはとても及びませんので……」

「でも、小さなカメラではないんですよね?」

「それはそうですけど……」

「じゃあ、もしかして意外に写るかもしれないんでしょう? 写してみてもらえませんか? 少なくても、保護者よりちゃんと写ると思いますし」

「……なにか、舞台をためし撮りできる機会があればいいんですが」

 結果の予想もできないのに、引き受けるなんて、とてもできない。期待させてがっかりさせるのも嫌だし、写せないもののために、時間と労力を費やすのもうんざりだ。

「舞台は、ほとんど毎週、なにかしてますよ。平日もあるけど、平日は講演会がほとんどだったような……」

「今週、どんな舞台があるかわかりますか?」

「事務局で訊けばわかるはずです」

「では、いまから訊いてきます。もし、ためし撮りができる舞台があれば、その結果でお返事させてください。もし、舞台がなければ、申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

 俺は椅子から立ち上がった。ふとガラス越しに下の凜を見下ろす。驚くほど、足が高く上がっていた。バランスを崩して悔しそうに顔を歪ませる。俺は思わず、言葉をかけたくなった。頑張れ…と。


 事務局でわけを話すと、事務員のおじいさんが、今週の予定を快く教えてくれた。土曜日にピアノの発表会があって、日曜日にはピップポップダンスの発表イベントがあるそうだ。どちらも撮影が自由だという。

 ピアノの演奏ではためし撮りにはならない。ダンスなら、動きはだいぶ違うけど、まだ近い。ブレやアングルの参考にはなりそうだ。

 俺が見学室に戻りかけると、途中で助手の女の子が待っていた。俺とほとんど一緒か、少し年下くらいかな。

「どうでした?」

 先生は指導に戻ったようだ。それでも助手の子が交代で様子を伺いに来ているのだから、切望してるんだろうな。

「日曜日にダンスがあるそうなので、それでためし撮りをさせてもらいます。どうにか撮れそうだったら、後輩と相談してみますので」

「わかりました。よろしくお願いします」

「あまり、期待しないでください」

「いえ、M大写真部ですから、期待してます」

「は……?」

「私、学祭の名画に参加したんですよ」

「え? 本当ですか?」

「はい。青いターバンの、右上の方の一枚が私です」

「そうだったんですか。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。いい思い出になりました。あれって今年もまた、あるんですか?」

「毎年ありますよ。ぜひまた、お願いします」

「はい、喜んで。あ、そうだ。もし、バレエのためし撮りが必要なら、練習室にいつでも来てくださいって、先生が言ってました」

「…………はあ、いえ、いまのところ、大丈夫です」

 カメラを持ってあの場所に入ったら、俺はきっと凜ばかりレンズで追いかけるんだろな。しかし、学祭の名画に参加してくれたひとと、こんなところで会うなんて。ますます断りにくくなってしまった。


 練習が終わって、凜を家に送り届けた。すぐに母親が出てきて、挨拶を受ける。

「ありがとう、惣介くん。話はどうだった?」

 俺は、日曜日のためし撮りの結果次第だと、正直に話した。

「バレエの写真というのが、どういうものなのか、想像できないから余計に難しいですね」

「あら、それなら、見せるわよ、うちにあるんだから。あ、でも、いますぐには出てこないわ。奥にしまい込んでるから。ちょっと待ってて」

 そう言って、家の中に引き返すと、しばらくしてDVDを手に戻ってきた。

「これ、この間の発表会のDVDなの。よかったら、見てみて。今日中に写真も出しておくわ。私の車があるときは、たいてい家にいるから、呼び鈴、鳴らして。いま、大学休みで時間も不規則なんでしょ? 午前中でも昼でも、惣介くんが空いてる時間でいいからね。夜勤明けの日は、昼でもいてるから」

 DVDを借りて、頭を下げた。

 家の中に入っていく凜に、どうにか作り笑顔で手を振った。

 俺は絶対、凜を諦めようと、心に誓った。


四十話までやってきました。

思えば、長く書いたもんです。

昨日今日と、私生活でトラブルに見舞われてしまい、書き進めることができませんでした。次の話はまだ書いてませんので、今まで通りの更新ができないかと思います。

3月3日までには更新したいのですが、できなかったら、ごめんなさい。

一応、45話が最終話の予定です。

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