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第三十九話  凜の母親から、頼まれごと

 凜の言う初デートを終えて、家の駐車場に車を停めた。

 凜が家に入ったのを見届けてから、俺も自分の家の玄関に足を向けた。そのとき、凜の母親が家から出てきた。

「惣介くん、今日はありがとう。いろいろ、お金も使わせちゃったみたいで、ごめんなさいね」

「いえ、そんなことは……」

 分度器とアイスクリームを合わせても、五百円かかってないし。こんなことで腰を折られたら困る。

 決してやましいことはしてないつもりだが、一歩間違えれば、なにか、しでかしてしまいそうな危うさも自覚している。この状況で、母親からの感謝は、居心地が悪くてしかたがない。

「惣介くん、子守りさせた直後にお願い事で恐縮なんだけど……」

 子守りって、さっきまでの時間は子守りだったわけ? 子守りとデートの間に、なにかちょうどいい日本語ないの?

「なんですか?」

「凜のバレエの先生が、来月の舞台撮影をお願いできないか、って言ってるのよ」

 母親から告げられた言葉は、思いも寄らない一言だった。

「舞台って、発表会ですか?」

「あんなに本格的なものではないんだけど……」

 話を詳しく訊くと、来月行われるのは、文化センター主催の、文化交流会だそうだ。バレエ以外にも、ダンスや舞踊、コーラスや和太鼓など、あの文化センター内の教室が、決められた持ち時間の中で、舞台に出演するという。

 凜がさっき言っていた、文化なんとか会とは、このことだったんだ。

「写真屋さんが入らないから、親が自分たちのカメラで撮るしかないんだけど、みんな携帯やコンパクトカメラだから、惨憺さんたんたる有り様なのよ」

 だろうな。十二月の舞台を見たからわかるけど、あれを携帯やコンパクトカメラで撮るなんて無謀以外のなにものでもない。そんなことをするくらいなら、目で見て記憶に留めたほうが、よほどいい。発表会ほど本格的なものではないといったって、舞台で踊る以上、照明なんかの条件は同じだろうし。

「フラッシュ禁止なんだけど、みんな、フラッシュを出さない方法も知らないし……。暗いとそのつもりがなくても、勝手に出ちゃうでしょ?」

「…はあ………」

 それはまた…凄い。碧をメカ音痴なんて言ってる場合じゃないな。コンパクトカメラをオートでしか撮らないひとって、そんなもんなのか?

「惣介くん、就活で忙しいから無理だって言ったんだけど、駄目なら他の写真部のだれかを紹介してもらえないかって……」

 うーん、難しい頼まれごとだなあ。無理だな。よし、断ろう。

「凜が先生に、惣介くんのこと、いろいろ話してるみたいなの。以前、迎えに来てもらえたのがよほど嬉しかったみたいで」

「……………」

 馬鹿みたいだけど、俺の方が嬉しくなった。あんなことを、凜は喜んでくれていたんだ。顔がにやけそうになるのを、必死で抑えた。すぐ断るつもりだったけど、つい断りの言葉を引っ込めた。

「…わかりました。引き受けるにしても、断るにしても、もう少し詳しく訊きたいんですが、先生と直接会って、話を訊くことはできますか?」

「凜のレッスンの日に文化センターに行けば、必ず会えるわ。ただ、お願いするのに、出向いてくれとは……」

 凜の母親は、俺と先生の間で、どうすればいいか判断できかねるようだ。

「じゃあ、来週月曜日、俺が凜ちゃんの送迎をします。そのとき、訊いてみますから」

「いいの?」

「はい、春休みだし、夕方以降は大丈夫なんで」

「悪いわね。じゃあ、お願いするわ。先生にはそう、言っておくから」

「あの、……凜ちゃんはその舞台に出るんですか?」

「出るわよ。出演できる人数が限られてるから、文化交流会は初出演なの」

「そうですか……」

 俺は軽く頭を下げて、家に入った。

 今日はいろんなことがあった。柚希が来てから、めまぐるしかった。

 凜の母親には、とっさに結論を先延ばしするようなことを言ったけど、舞台撮影なんてしたことないし、最終的に断る以外、選択肢はないと思う。

 あのくるみ割り人形の客席で見たカメラを思い出す。俺のカメラとは、次元が違うカメラとレンズだった。そう考えれば、俺が手を出せる被写体ではない。

 たとえば、運動会の写真を撮ってくれと言われれば撮れる。動きは速いが、屋外だし、光量が十分に確保できる。シャッタースピードを上げても、問題はない。

 暗い場所であっても…たとえば、舞台の合唱を撮るとかでも可能だ。動きが少ないから、シャッタースピードを遅くして、光量を取り込めばいい。

 だが、舞台のバレエは、カメラにとって最も過酷な状況のひとつだ。レンズも望遠になるし、手振れの心配がある。俺の手に負えるとは思えなかった。どんなに写したくても、カメラの性能と腕が追い付かなければ、不可能なことはある。

 なのに、即答で断らなかったのは、凜とかかわりたかったからかもしれない。迎えに行ったことを喜んで先生に話す凜が、愛しく思えたからかもしれない。

 それに、凜が出演すると訊いて、心が揺れた。引き受けたい気持ちが、湧き起りそうな予感がする。

 ずっと凜を撮りたいと思っていた。願いを叶えてみたい。これは、チャンスかもしれないのだ。


子守りとデートの間に、なにかちょうどいい日本語ないの? って、外出とか買い物でいいんだよ。……と、かなりの人に突っ込まれてるだろうなあ(笑)

綱渡りのような更新の日々です。再び、途中停車したらごめんなさい。

次の話までは大丈夫……のはずです。

次回更新は2月26日の予定です。

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