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第三十八話  これって、凜と初デート?

 どっちが助手席に座るのかな…などと考えていたら、柚希と凜はふたりで後部座席に乗り込んだ。べつに、いいけどさ。

 シートベルトを装着する音を訊いてから、発進させる。

「柚希さん、そんなに嬉しいの?」

 玄関先で、俺と柚希のやりとりを見ていた凜が、不思議そうに尋ねている。小学生に指摘されるほど、柚希の態度はあからさまなんだろうか。前を向いて運転している俺にはわからなかったけど。

「凄く嬉しい」

「その中に、惣介くんの写真が入ってるんでしょ?」

「そうだよ。松浦さん、写真上手いから勉強になるし、出会う前の大好きなひとが写ってるから」

 そうか。俺が二年のときに写した碧は、当たり前だけど、一年だった。柚希が知らない碧なんだ。それは確かに、見たいよな。

「ふうん……」

「凜ちゃんも、松浦さんに写してもらったらいいのに」

 柚希の言葉に、俺は心臓が飛び出すかと思った。ずっと言いたくて言えなかったことをあっさり提案されて、脱力しそうだ。

 行き場もなく、伝えることもできなかった思いは、そんなに簡単に言いだせることだったのか?

「凜も惣介くんに撮ってもらったことあるよ」

「え?」

 俺は驚いて声を上げた。

「凜ちゃん、それ本当?」

 思わずバックミラーで凜を映し見た。ミラーの中で目が合った。鏡越しに微笑み合うのが照れくさくて、運転を言い訳に、視線を逸らした。

「うん。惣介くん、覚えてないの?」

「覚えてない。いつ?」

「むかし、むかし、あるとき、ある場所で」

「なにそれ? 凜ちゃん、それじゃ全然わからないよ」

「だって、忘れてるなんてひどいんだもん」

「本当に撮ったことあるの?」

 凜の記憶違いじゃないのかな? 俺が覚えてないのだから、最近ではないはずだし。大学二年以降に撮った写真は、柚希にデータを渡すために一昨日と昨日で、ざっと見返した。そんな写真があったら、気がついているはずだ。

 ならば、凜を撮ったのはそれ以前なわけで、凜の年齢を考えると、間違っている可能性が高い。

「あるもん。リビングにその写真、飾ってあるもん。お母さんが『惣介くんに撮ってもらってよかったね』って言ってたもん」

 なら間違いなく撮ったのか。……おかしい。全然、思い出せない。

 凜の写真を撮ったのなら、覚えてそうなものなのに。だけど、凜を明確に意識したのは、つい最近だ。以前だったら撮っても印象に残らなかったかもしれない。

 俺は運転しながら、なんとか記憶をたどってみようと試みたが、無理だった。

 後部座席から、柚希と凜の愉しそうな会話が聞こえてきたが、その内容はまるで耳に入ってこなかった。


 柚希と別れて、俺と凜は駅前のスーパーに来た。

「文房具売り場はどこかな」

「惣介くん、百円ショップにあるんだよ」

 やっぱり女の子だな。こんなに小さくても、スーパーの売り場に詳しいんだ。

 分度器だけを買うつもりだったけど、いまならもれなく、三角定規がついてくるようだ。なんか、もの凄く安いけど、角度とか正確に測れるんだろうか。

 支払いを済ませて凜に渡すと「ありがとう」と嬉しそうに笑いかけてくれた。

 こんなもので、こんなに喜ばれたことなんてないから、かえって戸惑う。

 今日の凜は髪をほどいていた。おさげのときより少し大人っぽい。それに、視線が以前より高い気がする。

「凜ちゃん、背、伸びた?」

「うん。二学期の身体測定より二センチ伸びたの。一学期からだと五センチ伸びたんだよ」

「へえ、凄いね」

 そういえば、女の子はこの時期、一番身長が伸びるはずだ。

「でもまだ、前から四番目なんだ」

「小さいのも可愛いよ」

 凜は照れくさそうに、はにかんだ。

「大人になったら、柚希さんみたいになれるかなあ」

「ならなくていいよ」

「なんで?」

「柚希ちゃん、男だし」

「あ、そっか」

 凜は愉しそうに笑った。

「凜ちゃん、おなか空いてない? なにか食べる?」

 なんとなくこのまま帰りたくなくて、フードコートの前に差しかかったとき、誘ってみた。

 ハンバーガーやドーナツ、ラーメンなどが同じテーブルで食べられるスペースだ。高校時代は部活の帰りによく利用した。懐かしい場所だった。

「晩ごはんの前に食べて、太らないかな?」

 まだ十一歳でこんなに痩せているのに、女の子は太ることを気にするものなのか。

「じゃあ、なにか飲む?」

「うん。アイスクリームでもいい?」

「いいよ」

 この寒い季節にアイスクリームを食べるんだ。やっぱり小学生だな。

 アイスクリームは太る食べ物だと思ったけど、言えなかった。じゃあやっぱり帰ると、言われたくなかったのだ。

「太らないようにしてるの?」

 ラズベリーのアイスクリームを美味しそうに嘗める姿が可愛かった。こうしていると、髪をほどいていても、まだ小さな子どもって感じだ。

「あんまり気にしてないよ」

「でもさっき、そんなこと言ってただろ? 友達になにか言われた?」

「友達はそんなこと言わないよ。でも、バレエの先生が……」

「太るなって言うの?」

「凜じゃなくて、中学生のお姉さんに、痩せなさいって……」

 凜は中学生が注意されているのを目の当たりにして、気にしているようだ。

「来月の舞台衣装が、入らなくなるよって……」

「来月も発表会あるの?」

「発表会じゃなくて、文化…文化…なんとか会」

「え?」

「なんかよくわからないけど、なんかあるの」

 凜の説明ではさっぱり意味がわからない。とにかく、舞台衣装を着用するなにかが、その中学生にはあるらしい。

 そのあと凜は、小学校のことや友達のことを、夢中で話した。今日、日直だったこと、一緒の当番だった翔太くんがちゃんと仕事をしなくて憤慨したこと。それから、好きな給食や苦手な教科を教えてくれた。凜の話はどういうわけか、すべてが興味深い。

 凜と一緒にいるこの時間が、とても居心地がよくてほっとした。この気持ちが、異常なものとは思えなかった。

「惣介くん、大学生のデートってどんなの?」

「うーん、ひと、それぞれかな。映画に行ったり喫茶店に行ったり食事に行ったり」

「じゃあ、もしあたしが大学生だったら、いまのこれもデート?」

 そうだね、と頷くことができずに、俺は一瞬押し黙った。

「…もし、恋人同士だったらね……」

 逡巡のあとに絞り出した言葉は、まるで凜に、恋愛を意識しろと強要しているようで、後悔した。

「凜と惣介くんは許嫁なんだから、これってデートだよね」

「…………」

「初デートだね」

 無邪気な笑顔には、意味なんかなにも含まれていない。デートという言葉を、面白がって使っているに過ぎない。だけど俺は、笑って聞き流すことができなかった。

「あ、そうだ。惣介くん、これ、ちょっと持ってて」

 食べかけのアイスクリームコーンを手渡された。凜は自分の鞄から携帯を取り出した。

「初デートの記念に、写真、撮っておくの。どこを押したら撮れるんだっけ?」

「貸してごらん」

 俺は凜の携帯を操作して、カメラモードを起動して返した。

「これで撮れるよ」

「ありがとう。えっと…アイスクリーム撮ろうかな」

 アイスクリームを左手に持ち、凜は四苦八苦しながら撮影している。

「惣介くん、どう? 撮れてる?」

 携帯を預かって再生する。ブレてるし、右に片寄ってるけど、写ってはいた。

「写ってるよ。凜ちゃんが食べてるとこ撮ってあげようか?」

「うん。あ、ねえ、惣介くんも一緒に入って」

「え?」

 向かい側に座っていた凜が、隣の席に移動してきた。

「ほら、よく腕を伸ばして、自分たちで撮ってるひといるじゃない」

「あれ、するの?」

「うん。だって、デートだもん。ふたりが写ってる写真じゃないと意味ないよ」

 凜に請われるまま、慣れない携帯で、顔を寄せ合った写真を撮った。冷や汗が出そうだった。柚希とモデルをしていたときとは、比べ物にならないくらい緊張した。

「見せて。どんなの?」

 液晶に表示させると、凜は「やったあ」とはしゃいだ。

「ねえ、惣介くんの携帯でも同じ写真、撮って」

「え?」

「だって、デートだよ。お揃いの写真を持つのがデートなんだから。さっきと同じポーズだよ。顔も同じ顔にして。早く写さないと、アイスクリームが溶けちゃう」

「じゃ、さっき、凜ちゃんの携帯で撮った写真を、俺の携帯に送信すればいいよ」

「そんなの、できない」

 凜はやはり、携帯に不慣れのようだ。訊けば思った通り、普段持ち歩くことはせず、習い事のときに、連絡用として使うだけらしい。

 今日は母親が休みで、俺の家に来るときに、携帯を持って行けと言われたそうだ。その携帯に、電話がかかってこないということは、お袋から事の経緯を伝えられているのだろう。

 決まった相手と電話をしたり、メールの送受信はできるけど、それ以外の機能は使いこなせていないようだ。

 俺は凜の携帯のボタンを押して、さっき撮った写真を添付メールにする手順をたどった。アイスクリームを食べながら、凜が顔を寄せてくる。携帯の操作を覗き込むためだ。

 肩口に凜の髪を感じた。俺はその髪に触れたくなった。だけど、触れてしまったら、歯止めが利かなくなりそうで、触れる指に明確な熱を帯びそうで、やめた。前に会ったときは、なにも考えずに頭をなでられたのに……。

「このボタンを押したら、俺の携帯に送信できるよ。自分で押す?」

「うん」

 しばらくして、俺の携帯から着信音が鳴った。

「これで全部できたよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……惣介くん、ときどき、メールしてもいい?」

 携帯を見つめていた凜が、遠慮がちに呟いた。

「したいの?」

「うん。駄目? 雄介くんとも、たまにしてるし……」

「…いいよ。ちゃんと返信するかどうか、わからないけど……」

「いいの」

 凜はどうして、俺とメールをしたいんだろう。考えれば、都合のいい憶測が浮かびそうで、俺は残っていたコーラを一気に吸い込んだ。

 この日の出来事が、これからの俺の心境に、どんな影響を及ぼすのか、想像すると怖かった。


最初は全然予定になかったのですが、急遽、思いついて惣介と凛をふたりにしてみました。

5年生という年齢がどうにも難しくて、凛をどう表現していくか、終盤になっても試行錯誤です。

ふたりを特にどうこうする予定もなかったので(笑)

ちょっと幼すぎる気もするんですが、小説なので誇張してます。

でもそうすると、惣介がより変質者に……(爆)

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