第三十四話 カレンダーに予定を書く意味
『もしもし、松浦さん、瀬戸です』
柚希から携帯に電話がかかってきたのは、家の駐車場に車を停めた直後だった。
「今日は、お疲れさん」
エンジンを切って、車から降りずに通話を続ける。
『いえ、こちらこそ、ありがとうございました』
「どうしたの?」
つい一時間ほど前まで一緒に撮影していたのに、どうして電話をかけてきたかわからず、首を捻る。明日も写真部は集まるし、俺も少しは顔を出すと言ってあるからだ。
『実は、個人的にお願いがあるんです』
「なに?」
『時間に余裕が出来てからでいいので、お家に招待していただけませんか?』
「え? うちって、俺の家?」
『はい』
「別にいいけど、なんで?」
『写真を見せてもらいたいんです』
「……あ、そういうこと」
柚希は、俺の部屋にある、碧の写真を見たがっているのだ。林原が言ったことを、柚希はずっと覚えていたのだろう。
俺は吹き出しそうになるのを噛み殺した。
「いいよ。明日は撮影があるし、明後日はどう?」
『いいんですか?』
「大丈夫だよ。そうだな…、三時でいい?」
『行けます』
駅まで車で迎えに行く約束をして、電話を切った。切ったあとで、碧の写真が見たいなら、ボードに貼ってあるのを外してあげればいいじゃないかと気がついた。すぐかけ直してそう提案しようと思ったが、ボードに貼ってるのはわずかだし、ほとんどは外付けのハードディスクの中にデータとして保存している。
携帯型のコンパクトなディスクではなく、結構かさばる古いタイプだから持ち歩く気になれない。やはり、来てもらった方が俺は楽だし、柚希も多くの写真を見られる方がいいだろう。
しかし、本当に碧が好きなんだな。
恋とはかくも、情熱的なものなのか。
家に入り、荷物を自分の部屋に置く。最近、大学に行くときはカメラ一式持参だから、大荷物だ。
下に降りると、お袋が洗濯物をたたんでいた。
俺はお袋に、柚希のことを話した。
「母さん、明後日、大学の後輩が写真を見に来るから」
「何時?」
「三時過ぎ」
「いないかもしれないけどいい?」
「べつに、いいよ」
「じゃあ、もしいなかったら、お茶は自分で出してよ」
「ええ~、お茶とかべつにいいって。写真が見たくて来るだけなんだから」
「馬鹿なこと言わないで。それより、就職活動や大学に行く日を、そこのカレンダーに書いておいてほしいのよ」
「今週?」
「三月半ばから四月上旬まで」
「そんな先のこと、まだわからないよ。状況次第で変わるかもしれないし」
あまり考えたくないが、思い通りに内定をもらえなければ、受ける会社を増やす必要がある。
「わかってるだけでいいから。変更があったら、書き換えていって」
なんだろう。いままであまり、こんなことを言われたことがないから、妙な感じだ。夕飯の都合なら、二、三日以内の予定を訊くだろうし、親父や友人と旅行に行きたいのだとしても、俺や雄介の都合を訊く必要があるのかな。
食事や洗濯も、子どもじゃないから数日留守にされても問題ないのに。
それでも俺は、疑問を口にすることはしなかった。問いかけるのも、理由を訊くのも面倒だったのだ。
今日は少し、くたびれた。
撮られる方が、撮るより何倍も疲れる。柚希はよく我慢してるよな。
そういえば、夏にモデルをしてもらった礼も、ちゃんとしてなかった。後輩とはいえ、なにかしてあげたい。
だが、性別不明の後輩は、なにを喜んで、なにを好まないのかさっぱりわからない。
男なら飲みに連れて行ってもいいし、サッカーや野球の試合を観に行くのも悪くないんだけど……。かといって、花やアクセサリーをあげたら怒らせそうだしな。
「あ」
そうだ、写真だ。碧の。
わざわざ家にまで来たがるんだから、碧の写真をあげたら喜ぶだろう。
明後日、柚希が来たときに、碧の画像データをなんらかの形にして渡してやろうと、俺は思考を巡らせた。
言うまでもなく、更新が厳し~いです。
人によっては、週一回とか、月一回の更新という方もいらっしゃいますが、私の場合、あまり間隔をあけると書けなくなりそうで、ある程度のスピードというか、勢いは必要みたいです。連載を複数持つのも無理ですし。