第二十九話 柚希と亜衣の組み合わせもアリらしい
「うーん……」
さくらが不気味な唸り声をあげて、腕を組んでいる。こういう声音のときは、邪悪なことを考えているんじゃないかと身構える程度には、俺もこの子に慣れてきた。
「さくら、どうかしたの?」
碧がさくらの顔を覗き込んでいる。さくらから、悪行の被害を最も受けている碧だが、警戒する様子はない。学習能力が低いのか、懲りないタチなのか、どっちなんだろう。
「うん…。ねえ瀬戸さん、碧と写真撮るとき、どうすんの?」
「どうするって…?」
「いつも通りの恰好で撮るの?」
「いえ、伊達眼鏡と帽子である程度隠せば、男に見えると思うんですけど……」
「眼鏡と帽子だけで?」
「あとはカメラマンの力量に任せます」
カメラマンって俺じゃないか。ハードル、高ッ!
「要するに、少しは男装するんだ?」
「はい」
「……あのさ、そのときついでに、他の写真も写したら駄目?」
「他の写真?」
「だから、相手が碧じゃないのも有り?」
「相手って……?」
柚希が俺と佐々木を見て、わけがわからない、といった顔をした。
「あ、そっか。わかった、亜衣ちゃんだ」
碧が手を叩いた。
「正解」
「わたしが、どうかしたんですか?」
亜衣が不思議そうにまばたきをする。
「カップル、瀬戸さんと亜衣ちゃんの組み合わせはどうかなって」
柚希と亜衣は、驚いて顔を見合わせると、首を横に振った。
「無理ですよ」
「あり得ません」
「でも、瀬戸さん男装するんでしょ。本来それこそ自然じゃん。男女カップルなんだから」
「…………」
柚希は盛大に不満そうだ。
「碧も悪くはないけど、いかんせん、高校生に見えるしさ」
「困ったもんだね」
碧が他人事のようにふんふん頷いた。隣で柚希が、頬を引きつらせている。
「とにかく、頼みの綱の部長が戦力外なんだから、思い切った打開策を講じないと、お花見の優勝賞金に近づけないよ」
「魚眼レンズだってば」
さくらは賞金で花見をしたいらしい。
私利私欲の果ての積極性だったのか。やはり邪悪だ。
「あの、わたし写真部じゃないんですけど…」
「もう、事実上の写真部みたいなもんだよ。ブログのネタにもなるし、いいじゃん」
「え? ブログ……?」
亜衣が黙考している。ブログのネタになると言われて、心が動いたらしい。まさに悪魔の囁きだ。
「でも亜衣ちゃん、彼氏に怒られない?」
碧が心配そうに尋ねた。
「わたし、彼氏なんかいませんよ」
「最近、ブログにコメント残してるひといるじゃん。えっと、あ、そうだ。『運命のクリスマスイブ』ってハンドルネームのひと。彼氏じゃないの?」
「違います。あのひとはストーカーです」
「『昨日のデートは愉しかったよ。また行こう』ってあったけど?」
「デートじゃありません。柚希も副部長さんもいましたから」
「……あ、もしかしてそのストーカー、林原?」
「はい。あれから、よくブログに足跡残してくれるんですけど……」
「ごめん、ごめん。なんか迷惑かけてるみたいだな」
「いえ、副部長さんのせいじゃないですから」
「じゃあとにかく、彼氏じゃないんだ。なら、問題ないね。最近妙に色気が出てきた美少年の彼女役で写真撮っても」
「え?」
「亜衣、断ってよ」
柚希が唇を尖らせて、訴える。
「うーん…、まあでも、わたしはべつにいいよ。よく考えたら、たいして難しい話でもないし。嫌なら自分で断ればいいじゃん。男でしょ」
亜衣は悪魔の誘惑に、まんまとハマってしまったようだ。ブログの女王、ならではの事態だ。柚希は溜め息をついて、碧に尋ねる。
「…………あの、碧さん、嫌じゃないですか?」
「別に、嫌じゃないよ。魚眼レンズ目指して頑張ろう」
「……わかりました。じゃあ、やります」
とりあえず、モデルが身内なら、都合のいい時間を少しずつ作って、たくさん撮っていこうと話がまとまった。
この中でいま一番忙しいのは俺だから、予定のある日をみんなに伝えた。
結局俺は、モデル兼カメラマンじゃないか。
やる気に満ちていた部長は、たいしてやることもないのに。
あーあ、なんでこう、副部長という役柄は忙しいんだ。
その日の部会はそれで終了だった。
けれどみんなすぐに帰る様子はなく、持ち込んだお菓子を食べたり、コーヒーを入れ直して残っている。
話題はもっぱら、どこで撮る、どんなアングルで撮る、その他もろもろだ。
「副部長さん」
亜衣に声をかけられて、俺は振り返った。
「亜衣ちゃん、どうしたの?」
「携帯、赤外線通信してもらえますか?」
「ああ、いいよ」
そういえば、亜衣の携帯とは繋がっていなかった。柚希や碧とは繋がっているから、不自由なこともなかったんだ。
赤外線通信をして、亜衣から空メールが届いた。問題なく繋がったようだ。
「私のメルアド、林原さんに送ってもらえますか?」
「え? いいの?」
「はい。ブログで公開告白されるくらいなら、メールの方がずっとマシなんで」
なるほど、そういう事情か。林原も、よほどあからさまなコメントを書いてるんだろうな。今日帰ったら、見てみよう。
「あ、そうだ。碧ちゃん」
「はい?」
俺は、柚希やさくらと話し込んでいる碧に声をかけた。
「今日これから、予定ある?」
「いえ、ないです」
「そうか、よかった。これからデートしてくれない?」
「ええ~、なんでそんな面倒くさいこと……」
「じゃあ、副部長命令で」
「うわ、やな感じ」
「柚希ちゃん、碧ちゃんを借りていい?」
「碧さんがよければ」
彼氏の許可はあっさりもらえた。俺は嫉妬の対象にはならないらしい。双子じゃなくてよかった。
「じゃ、行こうか? どこがいい?」
「えーっと、じゃあ、カフェで」
学食の隣を指定するとは、愛想がない。まあ、少し話がしたいだけだから、いいんだけど。
俺は、半ば強引に碧を連れ出して、構内のカフェに向かった。
更新の予定がたてられなくて、すいません。私自身、読み手として、この続きはどれくらい待てば読めるのかな、と先が見えないのはストレスなので、できるだけ、更新ペースをお知らせしたいのですが、なかなか書き進められなくて……。
一応、一日置きか二日置きくらいかな、と思ってます。話はいま、3分の2か4分の3くらいでしょうか。まだ、書き終わってないので、あやしいですけど。