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第二十八話  写真部の、写真部による、写真部のための写真

 翌日、写真部の部室にはいつものメンバーに数人加えた人数が集まっていた。

 今日、こうした集まりだと知らずに来た亜衣が帰ろうとして、さくらと碧に引き止められた。学祭の名画制作にしか参加してない部員より、よほど部員らしい亜衣だった。

 今日は部長の姿もある。この間の説明だけではすべて理解できなかったのか、マグカップのコーヒーを片手に、くだんの雑誌を熱心に読んでいた。送ってもらった雑誌は俺の手元にある。部員のだれかが書店で購入したようだ。

「じゃあまず副部長、出版社の話を訊いていいですか?」

「ああ。と言っても、たいした話は訊いてないんだ。沢波さんの話だと、最初はキャンパスクイーンの写真を募集する案が出たらしい。でも、それじゃありきたりだから、カップルの写真にしようってなったんだって」

「上位入選作品は、雑誌に載るんですよね?」

「そうなんだ。出版社からしたら、客はあくまで読者なんだよ。高校生や大学生が見て愉しめる写真が欲しいんだろうな」

「カップルの魅力と大学の雰囲気を入れる必要があるってことですか?」

「まあ、そうだね」

「背景も大事にしないと駄目ってことですか?」

「そうなるな」

「難しいですね」

「そうかな…?」

 首を傾げているのは碧だ。

 碧は普段、街の風景を撮ることが多いから、背景をぼかす考えに向かないのかもしれない。人物撮るのに慣れてしまうと、安易にぼかして人物を浮き立たせようとするんだよな。

「どこでどう撮るかを考えるのが先か、だれとだれを撮るかを決めるのが先か、だな」

 たまに来た部長が、鋭い指摘をした。

「やっぱりモデルですよ。被写体が決まらないとイメージが固まらないし」

 碧が訴える。方向としてはもっともだ。

「いま、つきあってて、協力してくれそうで、優勝狙えそうなカップル、だれか心当たりある?」

 さくらの言葉で、あらためて人選の難しさがわかる。無理難題だよ。

「テニス部に美男美女のカップルいたよね?」

「あのふたり、学祭のあと、別れましたよ」

 一年のひとりが告げた。

「頼んでも駄目かな?」

 別れたふたりにか? 俺だったら絶対断るぞ。

「彼氏の浮気が原因で別れたから、無理じゃないですか?」

「そりゃ、やめた方がいいだろ」

 部長が苦笑する。

 まったくだ。写真どころか、顔を見るのも嫌だろうな。

「そうですね。あ、でもその浮気相手、どうなの? いま、つきあってるの?」

「はい」

「その子、可愛い?」

 さくらが執拗に食い下がっている。

「よく知らないんですけど、たしか薬学部のはずですよ」

「薬学部じゃキャンパス違うし、駄目じゃん。使えないなあ~」

 さくらが頬を膨らませて文句を垂れる。写真部の都合に合わせて、つきあったり別れたりするひとはいないって。

 そのあと、何組かの候補を上げては消していった。ひとりだけなら簡単なのに、ふたりとなると、本当に難しい。

 モデルというのは、やりたくないやつは絶対、嫌だろうし、頼む前から断りそうなやつはなんとなく予想できる。目立つのが嫌だとか、おとなしいとか。

 彼女はよくても彼氏の方が拒否反応しそうとかさ。なにしろ、雑誌に載る可能性があるから余計に難しい。

「はいっ!」

 突然、さくらが手を挙げて立ち上がった。

「さくらちゃん?」

「締切が二月十日でしょ。大学の後期試験が一月末。つまり、撮影に使える時間は、実質、一週間ちょっとしかないんです」

「うん、確かに」

「その一週間、わたしたちが選んだカップルが暇にしているとは限りません」

 そうか。言われてみれば…。

 試験が終われば、運動部は合宿だ、試合だ、遠征だと忙しくなるし、バイトや留学する学生も多い。

「だいたい、大学の雰囲気を写すなら、学生が少ない春休みより、一月中が勝負ですよ」

 部員は、顔を見合わせて頷いた。

「そう、そう。あたし、学食で写したいんだ」

「あ、なんかいいかも」

 亜衣が碧に同調した。

「あたし、高校のとき学食なかったから、結構、感動したんだ。大学来て」

 学食を背景に? 正直、思いも寄らなかった発想だ。特別大規模でもなければ、世間から高評価を受けているわけでもない。どこにでもある小汚い学食で撮影か。うーん……。

 でも、写し方次第では、面白いかもしれない。碧の凄いところは、こういう着眼点だ。

 さすがに普段、街並みを撮ってるだけのことはある。

「でも、そんなに親しくもないひとに、試験前に撮影させてくれとか、言えないじゃないですか」

 確かに。しかしさくらは成長したなあ。少なからず感動していたら、

「だから、やっぱりカップルは写真部から捻出しましょう」

 …続いた台詞に突き落された。

「はあ?」

 俺は素っ頓狂な声を上げた。いきなり予測もできないまま飛び火してきて、呆然となった。

 いままで、興味も関心もなさげに欠伸をかみ殺していた佐々木は、びっくりして硬直してしまった。

「だって、撮るからにはいいのを撮って、優勝目指したいし、屋外で撮るなら天気を見ながらなんですよ」

「うん、まあ……」

「モデルの都合に振り回されてたら、いい写真は撮れません」

「そうかもしれませんね」

 柚希がのんびり頷いた。わかっているのかな。このままいくと、一番被害に遭うのは柚希なんだぞ。

「…というわけで、モデルの選抜に移りましょう」

 嫌だ~!

 それにしても、当たり前のように、さくらが司会進行役なんだよな。これこそが術中にハマってる、ってやつか?

「とりあえず、瀬戸さんを軸にするとして、相手をだれにするかですけど……」

「……柚希ちゃん」

「はい?」

「いいの?」

「なにがですか?」

「このままいくと、俺か部長か佐々木の彼女役で、写真、撮られることになるんだよ」

「はい。かまいません」

「え? なんで?」

「碧が口説き落としたんですよ」

 さくらが教えてくれた。

 まじで?

 いったい、どんな説得をしたら、あんなに嫌がっていた柚希をその気にさせられるんだ。碧、おそるべし。

「条件付きで引き受けました」

「条件?」

「碧さんとの写真を、松浦さんに撮ってもらいたいんです」

 なぜここで、俺の名前が出てくるんだ? いつから巻き込まれていたのか、さっぱりわからない。わからないけど……、

「…撮るのはべつにかまわないけどさ、君と碧ちゃんじゃ……」

 男女のカップルには、非常に、非常に、見えにくい。

「わかってます。応募写真にならなくていいので、他の写真のついでのときに、お願いします」

「うん、まあ、いいよ。わかった」

 わかったと言いながら、俺は首を傾げた。

 自分たちの写真を撮りたいなら、さくらにでも頼めばいい。女役を引き受ける条件になんか、なるのかな。

「彼女役が瀬戸さんで決定したところで、あとは相手役をだれにするかだね」

 やれやれ、結局こうなるのか。まいった。

「瀬戸さん、希望とかある?」

 碧が真顔で柚希に訊いている。彼氏に男の希望とか訊くなよ。

「だれが相手でも、メロメロにするつもりで頑張ります」

 柚希の言葉で、佐々木が額を机にぶつけた。顔を見ると、赤面している。

 道を踏み外すなよ、佐々木。お前の進む道は、線路の上にしかないんだからな。

「柚希ちゃん、お手柔らかに頼むよ。あんまり、免疫のないやつもいるし」

「なに言ってるんですか。中途半端なことをして、男だとばれたら元も子もないんですよ。気合い入れていきます」

「はあ……」

 普段のままでも、男だとは思われてないのに、気合いまで入れなくても……。

「瀬戸さん、かっこいい~……」

 碧がうっとり呟いた。

 かっこいいって、そうか? 女役に気合いを入れてる彼氏の姿って、かっこいいのか?

 このふたり、漫才やってるわけじゃないよな?

「あのさ、どうやら俺は、被写体にならない方がよさそうだぞ」

 部長が頬杖を突いて雑誌を見ながら肩を竦めた。

「ええ? なに言ってるんですか? 逃げないでくださいよ」

 俺は部長の二の腕を掴んで引き寄せた。

「ここに書いてあるんだって。モデルはできるだけ三年生以下でって」

 部長が指差してるところを読むと、なるほど、そう明記してある。

「本当だ。なんでだろ?」

「これ、発表は四月号に掲載します、ってあるだろ。発売が三月二十日。こんなひといるのかと喜んで入学したら、卒業してましたじゃ肩すかしだろ。最初、キャンパスクイーンの写真を募集するはずだったから、そういう配慮が残ってるんじゃないか?」

 うーん、なるほど、そういうことか。雑誌である以上、提供するのは情報なんだ。読者にとって、魅力のある生きた情報が必要というわけだ。

「悪いな。せっかく柚希ちゃんに迫ってもらえるチャンスだったのに、残念だよ」

「部長~……」

 肝心なときに役に立たないなんて、恨みたくなってくる。

「となると、彼氏役は副部長と佐々木くんだね」

 他に男の部員はいないわけではないけど、今日来てるのも含めて、被写体に推奨できそうなやつはいない。柚希の相手だと、身長がいるんだよな。

 だが、先日碧が言った通り、無難な俺でも、インパクトのある佐々木でも、一長一短だ。冷静に分析できる自分が、ちょっと虚しいけど。要するに、どっちも被写体として柚希のレベルに達してないんだよ。

「とにかく、どっちも写してみようよ。出来上がってから選べばいいんだし」

「そうだね。でも、部長の戦線離脱は大きいなあ」

「レフ板でも持って手伝うよ」

「留年する予定とか、ないんですか?」

 さくらがまた、身勝手な願望を口走っている。

「あいにく、成績優秀なんだ」

「残念」

 今回ばかりは、俺もさくらに賛同したくなった。


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