番外編5 恋を感じる写真
翌日は日曜日だったから、遅くまでベッドの上でゴロゴロした。
じゃれ合うようなキスを繰り返したり、触り合って過ごした。初めてしたときは、翌朝も行為に至ったけど、今日の碧は、戯れるだけで満足のようだ。
恋人と過ごすクリスマスは、気の利いた店で食事をしたり、どちらかの部屋でケーキを食べたり、プレゼントを渡したり、柚希はそんなイメージを想像していた。
なのに、碧の夕食はコンビニのおにぎりだったし、プレゼント交換は合鍵とコンドームだった。
現実はちっともロマンチックじゃない。
だけど、本当だったら二十四日は亜衣やさくらと食事をして解散するだけだった。碧は体調が悪いのに、会いに来てくれた。
嬉しい。
本当にもう、泣きたくなるくらい、嬉しい。
いちゃつきながら感動していたら、碧が袖を引っ張ってきた。
「ね、瀬戸さん、おなか空かない?」
「そういえば、空きましたね。食べに行きましょうか?」
「うん」
「どんなものなら、食べられそうですか?」
「ハンバーグとか、ステーキでなければ大丈夫だよ」
一日近く経つのに、よほど怖い映画だったようだ。さくらはどうなんだろう。
「小畑さんは、怖がってなかったんですか?」
「うん。さくらは、めちゃくちゃ面白がってた。パート2が出たら、絶対、観に行くんだって。3Dはこういう映画でこそ価値があるって言ってた」
見た目以上にマニアな魂の持ち主だったようだ。
学祭の写真展には、可愛い写真を出品していたのに。…騙された……。
和食の店で、朝昼兼用の食事をすることになった。向かい合わせに座って、鍋焼きうどんを注文した。
「碧さん、松浦さんに何枚くらい、写真、撮られたんですか?」
「さあ、訊いたことないし、よくわかんないけど、千とか二千じゃないかな」
「ええ? どうしてそんなに?」
「副部長、撮りだしたら一気に百枚くらい撮るときあるでしょ。二十回以上はカメラ教えてもらったし、それくらいかなって」
言われてみたら、そんな計算になる。撮った写真を全部プリントして飾っているわけではないだろうが、なんとなく面白くない。
だいたい、どうしてそんなに、何回もカメラの操作を教えてもらったのだろう。自分は、三、四回だった。松浦は碧に気があったのではないかと、またぞろ勘ぐりたくなってくる。
「副部長と言えば、瀬戸さんの方が噂になってるよ」
「は?」
「キャンパスで、仲良く歩いてるのを見たってひとがいるの。知らない?」
「いえ、身に覚えもないんですが……」
「じゃあ、デマかな」
「いつ頃ですか?」
「十日か二週間くらい前? 亜衣ちゃんのブログに、書き込みされてたよ。大学の図書館から、仲、よさそうに歩いてたって。駐車場に向かってたから、もしやお持ち帰りされたのかもって」
「………………」
松浦に、区の図書館へ送ってもらったときのことだ。そういえば、歩いているとき、じろじろ見られていた気がする。
「…身に覚えはあります」
「そうなの?」
柚希は、図書館に送ってもらったときのことを話した。
「面白いね」
「面白くありません」
柚希は情けない声で反論した。
柚希は、碧と松浦の間に、なにかあるかもと不安になった。碧は、柚希と松浦の怪しい噂をブログで読んだ。
ラブラブのカップルがすることじゃない。
松浦という上級生は、地味に悪意もなく、自分たちの間を引っ掻き回す体質かもしれない。なんて傍迷惑な体質なんだ。
注文していた料理が運ばれてきた。
「この鍋焼きうどん、よく見たら面白いね。魚眼レンズで写したらどうなるのかな」
「あ、碧さん」
「ん?」
碧がうどんをちゅるちゅる吸い込んでいる。可愛い…いや、のんきに見惚れている場合ではない。
「写真部応援企画、本当に参加するんですか?」
「したい」
「カップルがテーマなんですよ」
ずっと引っかかっていた。他の男とのカップル写真を撮りたがっているなんて、あまり好かれていない証拠のようで辛かった。
「あたし、前から瀬戸さんを写したかったんだ。絶対、可愛く撮るからね」
そんな無邪気な笑顔を向けられると、なにも言えなくなる。碧が自分に寄せる好意は、異性に対する情愛と、同性に対する友情が混在している。それは、出会ってからずっと、男だと言えなかった自分のせいだ。だから、怒れないし、文句も言えない。
「…最近、あたしのせいで、おしゃれ番長が手抜きしてるって噂なんだ」
「おしゃれ番長?」
「文学部の女子は、瀬戸さんのことそう呼ぶの」
「はあ…」
自覚があるので、否定はできない。碧に気持ちを寄せるようになって、柚希はスカートを選ぶことが少なくなった。入学した当初、服装は女の子らしいものが多かったから、手抜きしているように見えるのだろう。
「だんだん瀬戸さんが、男の子になっていくんだなって思って…」
店の中が、少しずつ賑やかになってきた。碧は周囲を気にする素振りをした。まだ隣の席は、空席のままだ。
「可愛い女の子に恋しちゃった思い出に、自分で瀬戸さんを撮りたかったんだ。写真部応援企画はいいきっかけだなって」
「そうだったんですか……」
「魚眼レンズも欲しいけどね」
柚希は苦笑した。
松浦や佐々木とカップリングさせようとする碧の所業に度肝を抜かれたけど、理由を訊けば単純に嬉しい。
自分たちはお互いに、ちゃんと求め合っている。
「わかりました。もしモデルに選ばれたら、女役、引き受けます」
「ほんと?」
「ホルモン剤も止めてますし、いつ髭が生えてくるか、わかりませんから、いまのうちに」
碧は吹き出した。
こんな会話を笑ってできる日が来るなんて、去年までは考えられなかった。
本当に、碧に出会えてよかった。碧には、どんなに感謝してもしきれない。碧に出会えたことが、男に生まれたことを恨んできた自分への、最後の贈り物だったのだ。
「碧さん、お願いがあるんです」
「なに?」
「女役、引き受ける代わりに、応援企画の写真、私と碧さんの写真も撮りたいんです」
「カップルに見えないよ」
「ある程度、見えるように努力します。それに、応募写真にならなくてもいいんで」
「うん、わかった。いいよ。でも、撮影はだれに頼むの?」
「松浦さんに」
「まあ、そうだよね。人物撮るなら、実力は抜け出してるもん」
こんなことを話していても、たぶん応援企画のモデルはしなくて済むだろう。カップルは写真部でなくてもいいのだ。ほかにいくらでも見つかるに違いない。
「ねえねえ、写すとしたら、場所はどこがいいかな」
「大学のシンボルみたいな場所といったら、正門から時計塔を背景ですか?」
「うん。でも冬だし、天気に左右されるよね。風、強い日、多いし」
「いろんな場所で何枚も写して、選べば大丈夫ですよ」
「そうだね。雪、降ったら、外がいいなあ。帽子かマフラーがお揃いって可愛くない?」
「いいですね」
「ベタすぎる?」
「写真だし、少しくらい演出があった方がいいですよ」
「うん。そうだよね」
あてのない写真の話だったけど、愉しかった。
「あたしさ、彩度、下げて、ノイズ入れたいんだ……」
店にいる間、碧の笑顔は、ずっと可愛くてまぶしかった。
番外編はこれで終わりです。
次回から、本編に戻ります。