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第三話    学祭打ち上げコンパ

「お疲れ様~」

「無事終わってよかったね」

「かんぱ~い」

 M大から一駅のこの居酒屋は、写真部がコンパでよく利用するチェーン店だ。

 新入生歓迎コンパ、学祭打ち上げコンパ、卒業生追い出しコンパ、この三つをここで行うのが慣例になっている。二階を貸し切ることができるので、気兼ねなく騒げるのだ。

 今日参加しているのは、全部で十五人ほど。

 四年は内定をもらっているか、大学院に残ることが決まっている者しか来ていないので、他のコンパに比べると出席率は低い。

「今年は本当に良かったよな。去年とは比べ物にならないくらいデキも日程も立派なものだったぞ」

 自嘲気味に頭を掻いて苦笑するのは、隣に座っている篠崎しのざき部長だ。学祭は二、三年が中心になって運営するから、四年の部長は、去年メインで動いていた。

 学祭で、写真部は個人写真の展示会とは別に、小さな写真をモザイク状に貼り合わせて巨大な名画を制作するのがここ数年、恒例になっているのだが、その名画が特に好評だった。

「佐々木が頑張ってくれたんで」

 俺が名画の責任者をねぎらうと、向かいに座る佐々木は照れくさそうに首を振った。

「いや、写真が早い段階で集まったからできたんすよ。亜衣ちゃんのおかげです」

 がっしりした体格で、色も黒いから熊みたいなやつなんだが、こいつは写真部の有望株だ。カメラの腕もさることながら、フォトショップをデザイナー並みに使いこなす必殺技を持っている。全然似合わないのに……。

 どう見ても、ラグビーか柔道でもやらせた方が、向いてそうに見えるんだけどな。

「訊いたよ。ブログの女王が、モデル集めに協力してくれたそうだな」

 ブログの女王、外村亜衣とのむらあいは、今日のコンパに来ている。写真部ではないが、学祭で多大な協力をしてくれたので、感謝の意を表して招待したというわけだ。

「ほんと。亜衣ちゃんには超感謝だよね。写真部は、足向けて寝られないよ」

 亜衣に手を合わせて拝んでいるのは、小畑こばたさくらだ。文学部二年。飲み会好きのお祭り娘。明るく元気で、性格は少々辛辣ってとこかな。

 どうでもいいけど、いつまで拝んでいるんだか。あれじゃ亜衣は仏像扱いだ。

 案の定、拝まれている本人は、盛大に嫌そうな顔をしている。

「さくらさん、拝まないでください。まだ生きてますから」

 亜衣も似たような感想を抱いたのか、迷惑そうに頬を引きつらせていた。さくらは念仏でも唱えそうな勢いだったもんな。

 でも、なんだかんだ言っても仲は良いよ。亜衣も学年は一年だけど、さくらと同じ文学部だし。文学部の女子は、しょっちゅうつるんでるよな。よほど、気が合うんだろう。

「とにかく、今年は亜衣ちゃんのおかげで、写真部も勉強になったよ」

「え? そうなんですか?」

 意外そうに首を傾げる亜衣の顔は、正統派の美人だ。ちょっと欠点が見当たらない。陽気で人当たりもいいから写真部の中にも、ひそかに想いを寄せてる奴がいるんじゃないのかな。

「ブログで告知すれば、写真部の活動も周知できるし、賛同もしてもらえるんだってわかったからね」

「確かに去年までは思いつかなかったよな。学外のひとに、大々的に名画のモデルになってもらおうなんて」

 腕を組んだ部長が、感心しきりで何度も頷いている。

 名画を制作するのに、千枚近くの写真を貼り合わせるのだが、その一枚一枚にひとを入れる。言わば証明写真を繋ぎ合せるような作業だ。

 去年までは、ほとんどが学内の学生に頼み込んで撮影していたから、数を揃えるのが大変だった。搬入ぎりぎりまで部長や俺ら数人が大学に泊まり込んで、最後は自分たちで撮り合いながら穴を埋めていく、地獄のような修羅場だったのだ。

 ネットをいかに活用するか、この辺のことは、また来年の課題だな。けれど、布石を置けたのは大きな収穫だった。俺は感謝の気持ちで、亜衣のグラスにビールを注いだ。

「ところで部長、就活は終わったんでしょ?」

「おかげさんで」

「おめでとうございます……って二回目なんですよね、お祝い言うの。春に内定もらったのに、就活続けてたってことは、納得してなかったんですか?」

 部長がジョッキを傾けるのを、俺は久しぶりに見た気がした。実際、長い間、一緒に飲む機会がなかったんだよな。

「まあな。やっぱり、ちょっとでも理想に近いとこを目指したかったし」

「耳が痛いですよ。俺もカウントダウンが始まってますから」

「松浦、お前は話が来てんだろ? 学祭の写真にどっかの出版社が興味を持ったって訊いてるぞ」

「ええ、ありがたい話なんですけど、あれはモデルの力ですからね……」

 学祭で好評だった名画の取材に来ていた雑誌社が、ついでに見ていった写真展で、俺の写真に興味を持ってくれたというわけだ。で、その写真のモデルが……、

瀬戸柚希せとゆずきか。そういや、あの子の正体訊いたときは、正直、腰が抜けるほど驚いたぞ」

 部長は、少し離れた場所に座る柚希を眺めて、大きく唸ると首を傾げた。

「いまだに信じられん。あの絶世の美女が男とは……」

「同感です」

 俺の部屋にある写真は、夏休みに写真部の後輩を写したものなんだが、その後輩が柚希だ。凜が「このお姉さん、凄く綺麗」と言った、あの写真である。

 柚希が抱える問題は極めて複雑怪奇で、説明すると長くなるが、ひとことで言うとしたら、現在の柚希は女装の達人ってとこかな。

 現に今日も、読者モデル並みに可愛らしくセンスのある着こなしを披露している……らしい。ここに着いた途端、女の子に囲まれて、そう騒がれていた。俺にはイマイチよくわからないが。

 法学部の一年。亜衣とは中学からの同級生だ。

 柚希は一時いちじ、悩みを抱え込んでいた時期があって、相談に乗ったりしていたから、俺にとっては妹みたいな存在である。男だけど……。

「男にしとくの、勿体なさすぎだろ、あれは」

「部長には、長年連れ添った彼女がいるでしょうが」

「長年過ぎて、空気みたいだけどな」

 確か、半同棲状態と訊いたような、訊いてないような……。

「そんなに長いんですか?」

「小中高、一緒だよ」

「それじゃ、幼なじみの域ですね」

「まあな。つきあい始めたのは中学に入ってからだけど」

 お互い、成長過程を見届けた者同士の恋愛とは、いかなるものなんだろう。正直、想像できない。空気みたいと言われても、それも考えられないよ。

「結婚とか、考えるんですか?」

「考えないと言ったら、嘘になるな。他のだれかと……とは到底思えないし、いずれ時期が来れば、あいつと一緒になるだろ」

「小学校のときから、意識してました?」

「いや、からかって遊んでたな」

 だよな。小学生で恋愛とか結婚なんて、考えないよな、普通。結果として小学校からの同級生が結婚相手になることがあってもさ。

 俺だって、小学生の時に、それなりに好きな女の子くらいはいたはずだけど、いまは顔も思い出せないし。

 凜に「許嫁って、あたしだから」と言われたあと、我に返った俺は、お袋に怒鳴り込もうとして、かろうじてやめた。韓流ドラマに相対しているお袋の邪魔をしたら、どんな祟りがあるかわかったもんじゃない。

 あのひとは我が親ながら、正気の沙汰とは思えないようなところがあるからな。俺の忍耐力は、あの母親の所業が育んだものかもしれない。

 俺はビールのジョッキを傾けながら、肩を落とした。

 まさかあの婚約話が真剣なものじゃないだろうけど、凜の耳にも入ってるのが気になる。凜が知ってるってことは、向こうの親も絡んでるってことだよな。うーん、どうなってんだろ。

「どうかしたのか? 元気ないな」

 部長が肩を組んで寄りかかってきた。からんでるのか酔ってるのか、どっちなんだろう。しかしこのひと、眼鏡がよく似合うよな。なんかこう、科学者っぽい印象だ。期待を裏切らない理学部だけど。

「部長、実は俺、婚約してるらしいんですよ」

「はあ?」

「その婚約相手っていうか、許嫁が小学生なんですよ」

「はあ~~?」

「俺、どっちかっていうと熟女の方が好きなんですけど、どうしたらいいんですかね?」

「……お前、良いとこの坊ちゃんが穏やかな人生送ってます、てな感じに見えたけど、隠れ波乱万丈タイプか?」

「なんですか、その隠れ肥満みたいなたとえは」

「いやでも、本当にそう見えるしなあ……」

 部長は、にやにやと人の悪い顔で、口の端に笑みを乗せた。面白がってるな、これは。

「でもな、別に、ややこしいことないだろ。嫌なら断ればいいだけじゃないか」

「うちの母親の恐怖を知らないから、そんなこと言えるんですよ」

「なんかよくわからんが、それなら、彼女を家に連れて帰ってみろ。一発でご破算になるって」

「今、彼女いないんです」

「あれ? 確かいたはずだろ? 美大かどっかの……」

「春先に別れて、それから独り身です」

「すぐ作れよ。ちゃっちゃと」

「無茶言わないで下さいよ。晩メシじゃあるまいし、すぐ作ったりできません」

「根性が足りないんだよ、モテないわけでもないのに。とりあえず、いないなら誰か適当な子に頼め。同伴帰宅してくれってな。写真部の後輩でもいいんじゃねえの? 綺麗どころが揃ってるじゃないか」

「うーん………」

 酔っぱらいの戯言とはいえ、なんか説得力あるなあ。しかし、同伴帰宅って正しい日本語なのか? もうちょっと適切な言葉、ないわけ? なんか響きが、いかがわしい気がするんだけど。

 まあ、お袋の話なんか全然本気にしてないし、無視しとけばいいんだろうけど、凜をすでに巻き込んでるのが気になるんだよ。俺としては、とにかく、穏便に済ませたいわけだ。

 しかし、酔ってる部長が寄りかかっていて、いいかげん重い。

「佐々木、佐々木」

 俺は佐々木を手招きして呼び寄せると、つっかえ棒係を贈呈した。

 よし、身が軽くなったぞ。

 佐々木は不服そうな顔をしていたが、お前のその有り余る筋肉を有効利用しないでどうするんだ。

 俺は佐々木の肩を叩いて、言い訳するように席を立つと、トイレに向かうことにした。





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