番外編4 恋を感じるバスタイム
「碧さん、お風呂、入ります?」
「うん」
「じゃ、先に入ってください。もう溜まってますから」
「ねえ、ひとりで入るの怖いから、一緒に入って」
「っ!」
「駄目? 嫌?」
「そうじゃなくて、碧さん、忘れてませんか?」
「え? なにを?」
「私は男なんですよ」
「知ってるよ。つきあってるんだから」
「小畑さんと寮のお風呂に入るのと、一緒にしてませんか?」
「んー…、あのさ、前から訊いておきたいことがあったの」
「え?」
「瀬戸さん、あたしの身体見るのと、自分の身体見られるのと、どっちが嫌なの?」
「は?」
「あたし、性同一性障害って、よくわかんない。本とかネットで読んでみたけど、瀬戸さんにはあまり、当てはまらないし……」
「…そうですね……」
当てはまるのは、性別に違和感があることと、嫌悪感があること。碧と出会って、そういう症状はずいぶん薄れたけど、まだ完全ではない。
もし、自分が性同一性障害なら、碧を好きにならないだろう。淡い好意ではなく性欲を抱くのは、どう考えてもおかしい。
けれど、ひとから男に見えないと言われて、ほっとしている自分がいる。もし、男が女装しているようにしか見えないと言われれば、落ち込むだろう。
碧とこんな関係になった今でも、性器は自分の身体の中で、最も忌まわしい部分だ。
「見る、見られるで言えば、自分の身体を見るのが嫌ですね」
「そうなの? 綺麗なのに……」
碧はよくそう言ってくれるけど、服を着れば女にしか見えないラインの身体に、男性器がついてるなんて、滑稽以外のなにものでもない。
「他の女の子の身体を見たいとか思う?」
「思いません」
「うーん…、あ、そうだ。こないだ、さくらの胸、触ったじゃない」
「はあ……」
触ったというより、触らされたと言ってほしい。一瞬のことだったけど、嫌な思い出だ。
「あのとき、なんか感じた?」
「びっくりしました」
「そうじゃなくて、興奮した?」
「しません」
「ふうん。じゃあ、やっぱり、普通の男の子とは違うのかな」
「嫌ですか?」
「ううん。瀬戸さんが普通の男の子だったら、あたしなんか相手にしてもらえなかったよ。きっと、光源氏みたいになってたよ」
「はあ」
柚希はぴんと来なくて頭を掻いた。
「で、お風呂、一緒に入ってくれる?」
「碧さん、私は男としての経験が、まだ一ヶ月くらいしかないんですよ」
「うん」
「だから、そういう上級者向けのことは、まだ無理なんです」
「お風呂に入るのは、上級者なの?」
本当に怖いだけなんだろうか? 子どもなのか大人なのか、わからない。
今日が二十歳の誕生日だから、それもまたタイムリーだけど。
「別に、お風呂で襲ったりしないのに……」
呟かれた言葉に、柚希はひっくり返りそうになった。
結局、洗面所兼脱衣所の扉の外で、碧の入浴が終わるのを待つことにした。他人が見たら、きっと間抜けな光景だと思うだろう。痴漢に間違われても、文句はいえない。
一緒に入った方が、まだ、まともだったような気がする。こんな場合、普通の男はどうするのだろう。今度、松浦に会ったら訊いてみよう。
松浦もいまひとつ頼りないが、こんなことを訊ける同性の知り合いは他にいない。
碧と交代で、お風呂に入った。手早く済ませて出たら、柚希がさっきまでいた場所で、碧が座り込んで待っていた。
「碧さん、リビングにいなかったんですか?」
「ひとりになるの、怖かったから」
「寒くなかったですか?」
いくらマンションでも。廊下は暖房が届きにくい。
「ちょっと寒かった」
「風邪ひいたら、どうするんですか?」
「じゃあ、温めて」
こんなことを言われたら、いますぐ抱きたくなる。淡々と甘える言葉を、前触れもなく投げかけられるから、予測もできなくて、胸の鼓動が跳ね上がる。
「あ、いま何時? まだクリスマスイブ?」
洗濯機の時計を見たら、十一時半を少し過ぎていた。
「まだ、二十四日です」
「ほんと? よかった。瀬戸さん、これあげる」
碧から箱を手渡された。
「あ…りがとうございます……」
突然だったから、驚いた。クリスマスプレゼントにしては、雑な渡し方だ。
大きさは新書サイズくらい。クリスマスなのに、地味な包装紙で梱包されている。リボンもステッカーもついていないその箱の大きさは、見覚えがある。
数ヶ月前、冗談半分に松浦からモデルの謝礼でもらった避妊具にそっくりだ。その軽さも、振ればカサカサする音も。
「碧さん、これ……?」
「W松浦で揃えてみました」
訊いた途端、柚希は思いっきり吹きだした。
松浦からもらった分は、まだほとんど残っている。それなのに碧が同じものを買ってきたのは、サイズが合わなかったからだ。前に碧が『今度買うとき、もうひとつ大きいサイズにしたら?』と指摘していた。凄く着けにくかったけど、そういうものかと思って使った。
「誘ってくれてるんですか?」
「うん」
「もしかして、来る途中のコンビニで買ったんですか?」
おにぎり以外にも、なにか買っている様子だったことを思い出した。
「うん。コンビニの前で、今夜、瀬戸さんに襲いかかろうと思いついて」
色気も情緒もないお誘いが、可愛くて仕方がない。
「理性が飛びそうなんですけど……」
「ほんと? 嬉しい」
腕の中に、碧が飛び込んできた。
ああもう、本当に困る。
大切に、優しくしたいのに、今夜は無理かもしれない。
つきあうまでは、大変な思いをしたこの二人ですが、現在、蜜月のバカップルです。
柚希は性別が曖昧なキャラなんですが、ボケツッコミも曖昧です。
碧やさくらが相手の時はツッコミですが、松浦や佐々木が相手になるとボケに回ります。
小説は、漫才のネタ帳じゃないんだから、こういう感覚自体がおかしいのかな…とは思いますが、関西の書き手さんに聞いてみたいですね。
書いてるキャラにボケツッコミありますか?(笑)