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番外編1   恋を感じるクリスマスイブ

番外編はややR15です。お気を付け下さい。

 カフェバー、ジュルックをあとにした柚希は、足早に歩きながら、さっき見た携帯をもう一度開いた。

『ちょっと体調がマシになったので外に出ました。瀬戸さんのマンションの近くにある珈琲ショップにいるから、帰るとき通りかかったら覗いてみて』

 碧からのメールだ。三十分前に送信されていた。

 マナーモードのままにしていたことが悔やまれる。いや、もっと早く携帯をチェックしておけばよかった。

 いまから急いでも、珈琲ショップに着くのは三十分後だ。

 柚希は携帯の時計を見た。九時十五分。碧の入っている寮は、外出届を出しても門限が十時だと訊いている。もう会えるはずがない。

 せめて声だけでも聴きたくて、間に合うように行けないことを謝りたくて、碧に電話をした。すると、電波が届かないか、電源を切っていると音声が告げてくる。

 嘆いていても事態は変わらない。とにかく急ぐしかなかった。

 駅のホームに立っていても、なかなか来ない電車に、気持ちが焦るばかりだた。

「あ…碧さん……」

 珈琲ショップのガラス越しに、文庫本を読む碧の姿を見つけて、柚希は驚いた。

 行き違いになるとばかり思っていたから嬉しくて、たったこれだけのことで、胸に温かいものが込み上げる。

 店に入って碧に近寄った。

 碧が気配に気づいて顔を上げた。くせ毛の髪がふわりと揺れる。思わず触りたくなって困った。

「瀬戸さん、早かったね。もしかして、無理に切り上げさせちゃった?」

「いえ、もうほとんど終わっていましたから……」

 急いで歩いてきたせいで、店の暖房が暑い。柚希は着ていたコートを脱いだ。

「なに飲む? おなかはいっぱいなんでしょ?」

「えっと、じゃあ、珈琲を……」

「注文してくる」

 店はセルフのカフェだから、注文して自分が席まで持ってこなければならない。柚希は会えた途端、碧が離れていくのを寂しく思った。

「碧さん、大丈夫なんですか? 映画を観て気持ち悪くなったって訊いたんですけど」

 向かいの席に腰を下ろして、珈琲に口をつける。

「うん、もう死ぬかと思った。ここよりハンバーガーショップの方が近いの、わかってたんだけど、当分、挽肉には近づけないよ。3Dって凄いんだね」

 3Dが凄いのではなくて、観た映画の内容が、猟奇的だったのだ。3Dはそれをさらにパワーアップさせたのだろう。

「そんなに凄い映画だったんですか?」

「うん。あ…なんか、思い出したら……」

 胸を抑えて俯く碧の顔色は、見ている間にも青ざめていくので、柚希は慌てて首を振った。

「す、すいませんっ! 話題を変えましょう。えっと、えっと……」

「瀬戸さんは亜衣ちゃんとご飯、食べてたの?」

「は、はい。松浦さんと美大の林原さんも一緒に」

「美大の林原さん? ああ、色気のない副部長のヌードをモデルにした物好きなひとか」

 なんか色々変更されている気がする。色気がないではなく、頼りない…いや、主張し過ぎない背中ではなかっただろうか。

 まあ、どっちでもたいして変わらない。柚希は笑って頷いた。

「ねえ瀬戸さん、一度、家に帰ったの?」

「いえ。どうしてですか?」

「だって、大学で見るのと同じような服装だし」

「? 服装?」

「バレエ鑑賞でしょ?」

「碧さん、バレエでどんな想像してるんですか?」

「どんなって、普通だよ。ベルサイユ宮殿とか、舞踏会みたいな感じ?」

「は?」

 ベルサイユ宮殿や舞踏会を普通と称するひとに、柚希は生まれて初めて会った。

「違うの?」

「松浦さんや林原さんはジーンズでしたよ」

「ええ~、ノーネクタイどころか、ジーンズでバレエ観るの? 追い出されない?」

 ホテルのレストランと混同してるのだろうか。

「みんな大抵、普段着ですよ」

「そうなんだ。最低でも結婚式に参列するような恰好じゃないと駄目なんだと思ってた」

 踊るのは出演者だけなのに、碧がどうしてそんな勘違いをしたのか不思議だ。

「もしかして、服装の心配から、一緒に行かないって言ったんですか?」

「それもあるけど、本当にわかんないし、寝ちゃうだろうなあって。あたし、オーケストラでも寝たことあるし」

「松浦さん、正々堂々と寝てましたよ」

「本当?」

「許嫁が出る二つ前になったら起こしてくれって」

「うわあ、心臓に毛が生えてる」

「でもみんなそんなものですから」

「そうなの? なんか格式高いイメージだったのに」

「バレエ教室の発表会ですから」

「ふうん、そっかあ」

「やっぱり、無理にでも連れて行けばよかったです」

 そしたら、スプラッタ映画で碧が気持ち悪くなることもなかったし、クリスマスイブを一緒に過ごすこともできたのに。

「でも、わかっていても行けなかったと思うよ」

 柚希が首を傾げていると、碧が苦笑した。

「瀬戸さんの友達が主役で踊ってるのに、寝ちゃったら悪いもん」

「そんなこと、気にしなくていいのに」

 碧が文庫本を鞄にしまい込んだ。いつも持ち歩いているより大きなカバンだった。少し違和感を覚えたけど、目の前にいる碧の姿に疑問も霧散する。

「でも、嬉しいです」

「え?」

「今日はもう、碧さんに会えないと思ってたから」

「会いたかった?」

「凄く」

「一昨日も大学で会ったのに?」

 毎日会っていても、別れた瞬間、寂しくなる。いますぐにでも抱きしめたくなる。碧はこんな風にならないのだろうか。

 なんだか自分の想いだけが、空回りしているような気がする。

「それでも…、あ、碧さん、もう十時ですよ。寮に帰らなくて、大丈夫なんですか?」

「うん。ちゃんと外泊許可、取ってきたよ。土曜日は取りやすいの」

「外泊って……」

「泊めてくれる?」

「は、はい、もちろん……」

 柚希は思わず息を飲んだ。学祭最終日に、碧が泊まりに来たことを思い出したのだ。

 あの夜の出来事が、脳裏をよぎる。

 すがりつくように背中に廻された細い腕。

 口づけと共に伝わった緊張感。

 柔らかで温かかった乳房の感触。

 思い出すだけで、瞼が震えそうになって落ち着かない。

「瀬戸さん、どうしたの?」

 幼い表情で碧が首を傾げていた。このひとは、見あげるような角度のときに、普段より子どもっぽく見える。

 伺うような目が、不安げに揺れていた。

「迷惑だった?」

「いえ、そんなこと、ありません」

 馬鹿なことを考えていた。碧は食事もできないほど体調が悪いのに。

 申し訳なさと恥ずかしさで赤面しそうだ。

「寮って、外泊許可を取るとき、理由とか場所とか訊かれるんですか?」

「友達の家に行きます、で通るよ。運動部の寮はもっと厳しいらしいけど、あたしが入ってるところはアパート代わりだし、規則とかはあんまり厳しくないんだ」

「そうなんですか」

「男子禁制だけどね」

「それはそうでしょうね」

 女子寮は男子禁制。だから柚希は入れない。碧とふたりきりになるには、碧が柚希のマンションに来るしかない。柚希が来てくれとは言えないから、毎日のように会っていても、ふたりでゆっくり話すのは久しぶりだった。

「外泊のときも携帯で連絡取れるようにしておけば、うるさく言われないよ」

「携帯と言えば、さっき碧さんに電話したら、繋がらなかったですよ」

「え? 本当?」

 碧は慌てて携帯を開いた。

「あー、充電、切れてる。寮長さんにばれたら怒られるかな。どうしよう」

「携帯会社同じだし、私の充電器がたぶん使えますよ」

「そうなの?」

「急いで帰りましょう」

「うん」

 ふたりで慌ただしくトレーにカップを乗せて、コートに袖を通した。


松浦たちと別れたあとの、柚希の話です。

恋を感じるときは三人称だったので、三人称で書いてます。


M大写真部…は、主役が松浦では弱いなあ、と思っていたので、さくらや佐々木の一人称の話も書く予定だったのですが、不器用なせいか、書けませんでした。

それで、気が付けばこんなことに(笑)




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