第二十五話 クリスマスの春
「あーあ、なんかみんな春だなあ。クリスマスなのに」
林原が頬杖をついた。柚希はともかく、俺は春じゃないぞ。
「羨ましいですね」
カクテルを傾けながら、亜衣が頷いた。
「亜衣ちゃんは? 彼氏いないの?」
いたら、クリスマスイブにこんなとこにいないよな。
「いまはいません」
「オレなんかどう?」
「芸術家の彼女になれるほど、器が大きくないんで……」
亜衣がやんわり断った。相手を立てながら断る高度なテクニックを用いるところから、断り慣れしてる感じだ。
「オレ、陶芸じゃなくて油絵だから、器なんかいらないんだけど」
わけのわからない理屈で口説いているが、まあ、無理だろうなあ。林原はいい奴だけど、軽い感じに見られるし、亜衣は……そういえば、亜衣はどんなタイプが好みなんだろう。
「林原さんって、面白いひとですね。しっかりきっちりお断りします」
やんわりお断りしても効果がないと思ったのが、亜衣は切って捨て始めた。
「嫌だなあ。そんな露骨に断られると悲しいよ。それじゃあ、亜衣ちゃんの好みってどんなひと?」
「普通のひとです」
「まさか、惣介みたいな?」
ひとを普通の代名詞みたいに言うな。
「副部長さんは成熟したひとがお好きなので、わたしみたいな年下は眼中にないみたいですよ」
「振られたな、惣介。よかった、よかった」
まったく、なに言ってんだか。
柚希が鞄から取り出した自分の携帯を開いていた。時間を確認したかったのか、俺や亜衣が携帯を触っているのを見て思い出したのだろう。
「あっ」
「メールか着信履歴でもあった?」
「うん。あの、申し訳ないんですけど、先に帰ります」
「ああ、大丈夫だよ。お疲れ様」
サークルじゃないのに、お疲れ様は変だったかな。なんか、癖になってるかも。
「あの…亜衣、女の子ひとりになるけど……」
「あのね、柚希だって男なんだから、もともと女の子ひとりだったんだよ」
どうやら柚希本人も、とっさのときは自分を女の立ち位置にしてしまうようだ。
「あ、そっか。えっと、松浦さん、林原さん、亜衣をよろしくお願いします」
「まかせといてよ。オレが責任もって家まで送っていくから」
林原が胸を叩くのを見て、柚希は複雑そうな表情になった。
「……できれば松浦さん、お願いします」
林原は信用できないと思ったらしい。まあ、妥当かな。
「わかったよ。君も気をつけてね」
「はい」
「わたしの心配より、このふたりの心配した方がいいんじゃない? この店がどういう店か忘れたの?」
俺と林原の心配ってなんだ? この店がどうかしたのか?
「…………松浦さん、林原さん、無事を祈ってます。じゃあ」
「はあ?」
なんかよくわからないことを言って柚希が出て行った。今日の食事は飲み放題のクリスマスコースだったそうで、柚希はきっちり自分の分を置いて行った。
「あれ、絶対、碧先輩からのメールですよ」
「なるほどね」
「柚希が恋を感じるひとって、碧先輩だけなんですよね」
恋を感じるひとか……。なかなか文学部らしい表現だ。
「愛情は親でも兄弟でも友達でも感じるけど、恋を感じるのは恋愛相手限定だから、すごく特別なことだと思いませんか?」
「言われてみれば、そうだね」
「亜衣ちゃん、オレに恋を感じる予感しない?」
「全然しません」
「おかしいなあ」
おかしいのはお前だ、林原。
しかし、いつになくしつこいな。わりと来るもの拒まず、去る者追わず、って感じだったから珍しい。
「それより、さっき変なこと言ってなかった?」
「変なこと?」
「俺たちの心配がどうとか、店がどうとか」
「ああ、気がついてませんでした? ここゲイのお客さん多いんですよ」
「ええ、そうだったの?」
気がつかなかった。辺りをこっそり見渡すと、来たときより男性客が多い。
「今日はクリスマスだから女の子多いけど、普段は時間が遅くなるほどゲイのお客さん増えるんですよ」
「…………」
俺と林原は顔を見合わせて唾を飲み込んだ。
こっそりと店の様子を伺う。どうなんだろう。そんなに露骨な客も見当たらないけどな。女の子同士の客もいるし、男女のカップルもいる。男同士だからって、ゲイとは限らないはずだし。
亜衣に担がれたんじゃないのかな。そう思っていたら、林原に袖を引っ張られた。
「あっち、そうじゃないか?」
耳元で囁かれて、俺は視線をカウンター席に向けた。なるほど、ちょっとそれらしい感じがする。
「亜衣ちゃん、ここってそういう店?」
「べつにゲイバーではないですよ。碧先輩とさくらさんも来ますし。店長さんがゲイなんで、そういう知人が集まってくるんですよ」
店長って最初、俺たちに声をかけてきた人だよな。服装が他のスタッフとは違う。かなりの男前なのに、女に興味ないなんて勿体ない話だ。家庭的な匂いがしなかったのはそういうわけか。
「まあでも、オレらは関係ないよな」
林原が笑い飛ばしていると、亜衣が神妙な口調で呟く。
「ふたりとも、結構いい線いってますよ。特に林原さんは狙われそうな気が……」
「ははは、よかったな、林原。モテるみたいだぞ」
「…モテてどうすんだよ……」
「………………」
「……とりあえず、飲んだし食ったし、帰ろうか?」
「そうだな」
俺たちは、乾いた笑いで顔を見合わせて、溜め息をついた。
「そうですね。じゃあ、お開きにしましょう」
「亜衣ちゃん~、帰る前にメルアド、交換してくれ~」
「お・こ・と・わ・り」
玉砕の林原は、本気か冗談かさっぱりわからないけど、あからさまに落ち込んだ。
「じゃ、じゃあさ、ブログは見てもいいだろ? ブログしてるって言ってたじゃん」
亜衣はしばらく考え込んでいたが、諦めたように苦笑した。
「『あいあいのあいある日常』で検索してください」
「わかった。ありがとう」
嬉しそうに笑う顔が、本当に幸せそうだった。
とりあえず林原には、亜衣が恋を感じるひとみたいだ。
お前が一番、春だよ。
次話から5回、番外編になります。
先に帰った柚希の話です。