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第二十四話  碧の写真

「それで、柚希ちゃんの彼女って、どんな子? 気になるなあ。携帯に写真入ってないの?」

 林原が興味深げに眼を輝かせている。

「そういえば、写したことないです」

「写真部なのに?」

「はあ……」

 柚希が気の抜けた返事をした。

「他のカメラで撮ってるの?」

「いえ、一眼レフでも写したこと、ありません」

「人物は撮らないの?」

「練習で撮ることは多いんですけど……」

「だれを撮るわけ? 彼女を撮らずに」

 俺と柚希の視線は、亜衣に集まった。

「亜衣ちゃんばっかり写してんの? 彼女、拗ねない?」

「……よくわかりません」

「そういうセオリー通りの子じゃないんだよ。ちょっと変わっててさ」

 あんまりフォローにもなってないかな。でも、言われてみれば、妙な感じがする。

 柚希が碧の写真を撮らないことも、亜衣の写真は数多く撮っていることも。

「碧先輩の写真なら、わたしの携帯にありますよ」

「亜衣ちゃんの? なんで?」

 彼氏の携帯にもない碧の写真が、彼氏の親友の携帯にはあるなんて、俺は不思議に思った。

「以前、写させてもらったんです。学祭の名画に参加してくれるひとを、ブログで募集したときに」

「あ、そっか」

 学祭の名画に協力してくれたときのブログだ。俺もそのブログは見たことがある。名画のための撮影会を、亜衣が自分のブログで紹介してくれたのだ。撮影者が柚希と碧であることを、写真つきで紹介していた。

 そのとき、亜衣が自分の携帯で撮った写真を、まだデータとして残しているのだろう。

 亜衣が携帯を操作して、表示させた写真を林原に見せた。

「あれ? この子、どこかで見たことある」

「え? 本当ですか?」

 柚希が身を乗り出した。

「うん、もっと子どもっぽい感じだったけど、たぶん同じ子だ。どこだったっけ……」

「M大と美大はそんなに遠くないし、どこかで会ったことくらいあるんじゃないのか?」

 もしくは、碧の元カレが美大にいたりして。碧も柚希と出会う前は、恋多き乙女だったから、ちょっとドキドキする。碧自身が積極的ってわけじゃないんだけど、風変りな性格はともかく、可愛い外見をしてるし、さくらに振り回されて合コンに行くことが多かったんだよな。

「うーん、そうかなあ……」

 すっきりしない様子で首を捻る。俺の顔を見て、あっと声を上げた。

「思い出した。惣介の部屋だ。お前、この子の写真、壁にいっぱい貼ってただろ」

「ああ、なんだ、そっか」

 変な予感が外れてほっとした。林原は大学に来てからも、何度かうちに来たことがある。当然、俺の部屋にもあがり込んでるし。

「……松浦さん、ひとの彼女の写真を、自分の部屋に貼らないでください」

 安堵していたら、柚希は不服そうに睨んでくる。

「でも、俺が撮った写真だよ? 俺の場合、被写体のほとんどが人物だし。碧ちゃんだけじゃなくて、君の写真も飾ってるけど?」

 俺にとって、自分が撮った写真は作品だから、他のひとが恋人の写真を部屋に飾るのとは、意味合いが違う。碧の写真も柚希の写真も夕焼けの写真も、同じなんだ。

「そんなことしてるから、許嫁に誤解されるんですよ」

「許嫁? 惣介、お前、許嫁がいるの?」

「親が勝手に言ってるだけだって。困ってるんだよ」

「それにしたって、許嫁だろ? どんなひと?」

「凄く可愛い子ですよ」

 柚希がしれっと言う。

「へ? 柚希、会ったことあるの?」

 亜衣が驚いている。

「偶然ね。恋敵と勘違いされて『五年後は負けないんだから』って宣戦布告されちゃった」

「きゃー、可愛いー」

「なに? 五年後って、年下?」

「小学生なんですよね」

 今度は亜衣が暴露した。

「小学生~? つーか、写真部公認の許嫁?」

 柚希と亜衣がそろって頷く。公認って、飲み会のときに話が伝わっただけなんだけど。

「はあー。熟女好きの息子に小学生の許嫁をあてがうとは。お前の母ちゃん、下手な芸人より面白いことするな」

 おいおい、なんなんだよ、それは。

 柚希と亜衣は涙を流さんばかりに笑い転げた。俺はとてつもなく大きな溜め息を落とした。

「まあ、とりあえず、婚約おめでとう。結婚式には呼んでくれよ」

 肩をとんとん叩かれて、俺は眉をひそめた。

「だから、なに訊いてたんだよ。俺は婚約を解消したいんだよ」

「なんで?」

「小学五年生なんだよ! 生まれたときから知ってる子どもなの」

「五年も経てば、高校生になるじゃん」

「あのなあ……」

「惣介、お前なら、草食通り越して、断食男子で五年や十年、やり過ごせる。頑張れ」

「嫌だよ。修行僧じゃあるまいし…」

 そんなことしたら、下半身の使い方もわからなくなりそうだ。

 俺がブツブツ不満を口にしていると、携帯の着信音が鳴った。満席で店の中は賑やかだったから他の席のひとには気づかれなかったみたいだけど、マナーモードにしておくべきだったかな。さくらの電話のあと、解除してたんだ。

 携帯を開くとメールが届いていた。送信者の名前が表示されていない。

 訝しく思いながら、俺はメールの受信ボックスを開いた。

『そうすけ君へ 今日は来てくれてありがとうございました。お花、すごくうれしかったよ。メールアドレスは、おばさんに教えてもらったよ。りんより』

 凜からのメールだ。

 携帯のアドレスに登録したのは、携帯番号だけだった。だから、メールアドレスは未登録だったのだ。

 ところどころ無意味な絵文字で飾られた、幼いメールだった。それほど携帯を使いこなしていないのが、なんとなく伝わってくる。ありがとうございました、なんて凜らしくない。たぶん、母親から教わったり進言されながら打ったのだろう。

 写真が添付されていた。俺が買って受付で預かってもらった花束を抱えた凜だった。舞台衣装のまま、笑顔を向けていた。

「あれ? くるみ割り人形の出演者?」

 林原に横からメールを覗き見られた。

「ああ」

「そういやお前、近所の子が出演するって、花、買ってたよな」

「ああ」

「この写真の子が、花、贈った近所の子?」

「ああ」

「……もしかして、その近所の子が許嫁か?」

「…………」

 大雑把なやつなのに、なんでこんなときだけ鋭いんだ。

「大当たりですよ、林原さん」

 柚希があっさりばらしてしまった。なんの恨みがあるんだよ。

「え、本当に?」

「きゃー、わたしもどんな許嫁か見たい~」

 林原が俺の携帯を取り上げて、写真を食い入るように見ている。

「林原さん、どんな子ですか? 可愛い?」

「…可愛い……? と思うけど……???」

 歯切れの悪い言葉にじれて、亜衣が携帯を奪い取った。

「うわー、可愛い! 若いですね~」

 そりゃ、小学生だから……。

「中国に出てた子なんだ。先に聞いとけば、もっとちゃんと観たのに、残念~」

「その写真見て、亜衣ちゃんはどんな顔の子か、わかるの?」

 林原に訊かれて、亜衣は「ああ、そっか」と笑った。

「舞台化粧してますもんね。見慣れないとわかりにくいかも」

「宝塚とまではいかないけど、独特の顔に描くんだな。客席から見てるときは、全然わからなかった」

「ステージにそのまま立つと、顔がボケるんですよ」

「へえ~」

 俺も感心して返してもらった携帯の写真を見つめた。確かに、客席までは距離があるし、バレエであれ宝塚であれ、表情を伝えるにはそれなりに工夫が必要なんだろう。映画やドラマとは違うんだ。



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